映画〈はちどり〉の感想
やっと書くことが出来ました。
監督はキム.ボラ、女性監督でこれが初監督作品。
1994年の韓国を舞台に、自分の少女時代の体験をもとにえがいたと言う事で
とてもリアルで私には自分の少女時代、そして自分の家族を持ってからの感情も共有できた普遍的な要素を持った映画だと思いました。
(あらすじ)
驚異的な経済成長に沸く1994年の韓国、ソウル。
14歳のウニは、両親、姉、兄と集合団地で生活している。
小さな店の経営に追われる両親は子供たちと向き合う余裕がなく、兄は父に期待されている重圧から親の目を盗んでウニに暴力を振るっていた。
自分に関心のない大人に囲まれ孤独感を募らせるウニは、通っている漢文塾で不思議な雰囲気を持つ女性教師ヨンジと出会う。
映画の冒頭のシーン、外から帰ってきたウニは、自分の家である団地のチャイムを激しく鳴らしながら時に扉をたたき
「お母さん、お母さん、お母さん、開けて開けて、帰ってきたから開けて、開けてよ。」
とほとんど怒鳴るように叫ぶ。
母親は扉を開けてくれる様子もなく家の中からはただ静寂が漂うのみ。
そして一転日常の映像が始まって
冒頭の場面は、ウニの心情を表しているのだと言う事が分かる。
思春期の入り口に立つ不安と孤独を抱えるウニは、母親にこっちを向いてもらいたい自分にだけ関心を持ってもらいたい
しかし、仕事に家族5人分の家事に他様々な雑事に心を囚われている母親にはそんなウニを思いやる心の余裕はない
かと言って全くの無関心でもなく、帰宅したウニに優しくチジミを焼いてやったりする。
自分勝手な父親、男友達と遊び歩く姉、両親からの過大な期待に耐えかねてウニに暴力をふるう兄
一見壊れているように見える家庭ですが、ウニの手術を心配し号泣する父親の姿や姉を心配して号泣する兄を見ると壊れているわけでもなさそうです。
そんなところが自分の育ってきた家庭と重なります。
問題を抱えつつ沈みそうで沈まない船のような、、
家庭でそんな風に孤独感を抱えているウニですが、学校も又居心地の良い場所ではなさそう。
しかし、他校には友達やボーイフレンドがいるし孤立しているようでもない。
この絶妙な立ち位置が、私たちに感情移入させやすくしています。
さて、映画の中盤そんなウニに心の拠り所ともいえる先生との出会いがあります。
ウニが通う漢文塾の先生として赴任してきたヨンジ先生。
不思議な雰囲気を漂わせたヨンジ先生は、傷ついたウニを励ますでもなくアドバイスするわけでもなく
一緒にお茶を入れて飲むという行為でウニに寄り添います。
また、仲たがいしたウニとその友達の気まずい雰囲気を察して歌を歌う
この先生が本当に素晴らしくて、映画を観ながら観客も又ヨンジ先生に慰めらるという経験をするのです。
映画は全体的にセリフが少ないのですが、寡黙なヨンジ先生がウニにかける言葉がまた何とも素晴らしいです。
ウニが兄に殴られていると知って
「ウニ、殴られないで、そんな時は立ち向かうのよ。」
ウニがある場所を見て「可哀想、、」とつぶやくと
「むやみに可哀想なんて言ってはいけない、何も知らないんだから。」
と、さりげなく諭します。
夜の公園で二人で休んでいるときに
「先生、私が可哀想だから優しくするの?」と聞くウニに
「意味のない質問には答えないわ。」ときっぱりと否定するヨンジ先生。
書き出せばキリが無いですが、心にとめておきたい言葉がいくつも出て来ます。
そしてこのヨンジ先生を演じるキム.セビョクが秀逸
本当に実在するのだろうかと思わせる部分と確固とした存在感、言葉には出来ない素晴らしい演技にため息が出ます。
このような演技が出来る人が、またここにも居たのだ、韓国の俳優さんの層の厚さを感じます。
またこの映画は、韓国の史実サッカーのワールドカップや金日成主席死去などがテレビのニュースを通してという形で語られます。
そして最後に起きるウニに大きな衝撃を与えるソウルのソンス大橋崩落事故
急に漢文塾を辞めてしまったヨンジ先生が煙のように消えてしまった事故
ウニが先生にあてて書いた手紙
「先生、私の人生にもいつか光が当たるのでしょうか?」
それは結局先生の所には届かないのですが
くしくも先生から来た手紙に書かれた言葉
「人生とは不思議で美しいもの」
それが一つの答えとしてウニの心に響く言葉となるのではないでしょうか。
ウニと言う少女を通して語られる普遍的な人生を生きると言う事
観た後も様々な余韻で心が満たされます。
特にヨンジ先生とウニとの心の交流は、思い出すたびに美しく慰められるシーンとしてずっと心に残しておきたいです。
それにしても、再び出てくる振り返ってくれない母親のシーン
公園を歩くウニ、目線の先にはゆっくりと歩く母親の背中
「お母さん、お母さん、お母さん、お母さん、お母さん」
執拗に呼びかけるウニですが、母親は振り向く様子もなくただただ歩いて去っていく。
娘が思春期の頃きっと娘も私に対してそう感じていたのだろうと思うと胸が痛いです。
14歳のウニ
黒板には『自分が知ってる人たちの中で、本心が分かる人は何人いる?』
という意味の漢文が書かれています。
左端がヨンジ先生
ボーイフレンドとも友達とも色々ある