あなたとはろくな思い出がありません。
あなたのようにはなりたくなかった。
あなたのようにだけはなるまいと生きてきた。
後姿が似ていると言われ嫌だった。
歩き方が似ていると言われ嫌だった。
笑った口の形が似ていると言われ嫌だった。
性格が似ていると言われ嫌だった。
あなた自身が言った。
お前が一番俺に似ている。
苦笑いをしながらも頭では強く否定していた。
鏡を見てあなたに似た顔を発見しひどく焦った。
あなたに似ていく自分の変化を食い止めたかった。
あなたの亡骸を前にして僕は悲しくはなかった。
あなたの痩せて細った顔は。
骨格からなにから僕にそっくりで吃驚した。
自分の死に顔を眺めているようだったが。
不思議と嫌な気持ちは欠片さえなかった。
あなたの最後の言いつけを母から聞いた。
僕の知らないあなたの話を母から聞いた。
僕の思考に。
僕の性格に。
似ていると思ったが、嫌ではなかった。
何故だろう。
あなたは死んで僕の中に入った。
あなたは自分の意思で死んだことを僕は理解する。
最後まで我がままを通したことを知っている。
自分で全部を決め周りに迷惑をかけないという我がままを。
この顔と同じ穏やかで平安な心で逝ったことを。
悔いは一つとしてなかったことを。
あなたから一番遠く、あなたに一番似ていた僕は。
あなたの気持ちをよく理解している。
だから僕は悲しくなかった。
悲しむべきときではないのだ。
ただ其処に死があるだけだ。
生きている人のほうが大事にされるべきだとあなたは言うだろう。
僕も僕が死んだときには悲しんで欲しくはない。
だから僕は悲しくない。
悲しまない。
僕が泣いたら誰が泣かないでいられるのか。
安心してください。
母をひとりにはしません。
あなたの死の報を聞いて最初に思ったのはそのことだった。
あなたと同じようには生きない。
あなたと同じようには死なないが。
あなたは確実に僕の中にいて。
僕はそれを喜びさえ持ち受け入れる。
あなたは僕の重要な一部分となった。
あなたは死んで海に行ったな。
僕は死んだら森へ行こう。
あなたと共に。