BeamanのMild-Water Mild-life & About-door !

「Bea」は「うみ」そう、琵琶湖のこと。Beaman的雑話にようこそ!Seaは海 Beaはうみ、琵琶湖です。

追いつけないままに

2010年09月12日 | ナチャラ

 訃報

 20年来の漕友の長谷川広海氏がお亡くなりになられました。慎んでご冥福を祈るとともに ナチャラにそして長谷川さんにご縁のある皆様にお知らし申し上げます。

Hh  私が訃報の知らせを受けてからすでに1ヶ月がが過ぎています。

 漕友と書きましたが 尊敬できる上司のような人で いろんなことを学び、真似をして背中を追いかけていましたが それも叶わぬこととなってしまいました。

 関西シーカヤッククラブ・KSCの事務局長のような役を自然にこなし、ツアーの企画や関係部署への交渉など引き受け、ここ数年はクラブに留まらず、シーカヤック関連イベントを手掛けられ シーカヤックの朝鮮海峡横断のイベントでは 海上保安庁や在日米海軍との交渉もされ 長谷川航路として認定されています。シーカヤックだけでなくパドルボートやOC-6の横断にも助力されました。

 今年17回目を終えた琵琶湖シーカヤックマラソンも彼なしでは開催することはできなかったでしょう。0大会では奄美大島の第1回の大会に出場するKSCメンバーの練習会として湖西の琵琶湖を漕いだ時、ゴール後不明のメンバーを捜索に再度漕ぎだした時、どんどんどんどん離され 氏の漕力に驚きました。その翌年、正式に氏の働きで第一回の琵琶湖シーカヤックマラソン大会が開催できました。

 人差し指と親指でシャフトを軽く握り、短く軽いピッチで巧みにノードカップを操る姿、その軽快なスピードは手本となるものでした。

 また、琵琶湖の環境問題にも取り組まれ、湖底のゴミ拾いなどの行事もコーディネートもされ、ダイバーや環境グーループとの連携も取られていました。

 記事を書きながらも いろんなことが思い出されて来ます。一緒に漕いだ琵琶湖縦断や横断。朝鮮海峡。沖縄慶良間。山陰海岸。焚火を囲んで・・・・・・・

 この一月 無力感が僕を包んでいました。でも、しっかりと事実を受け入れて前に進んで行こうと思います。