長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『はじめから烙印を押されて』

2024-01-30 | 映画レビュー(は)
 イブラム・X・ケンディのノンフィクション『人種差別主義者たちの思考法 黒人差別の正当化とアメリカの400年』を原作とする本作は、作者自らをはじめ、識者による解説とアニメーションによってまとめられたドキュメンタリーである。そもそもの“人種”という言葉の起源から遡る本作は、ヨーロッパに始まりアメリカで完成した奴隷制度というシステムが、今なお姿形を変えて存続していることを看破する。Netflixのアルゴリズムではなかなかレコメンドされる機会も少なく、語り口に堅苦しさがあるものの、ネット記事を斜め読みするよりはよっぽど有意義な85分だ。

『はじめから烙印を押されて』23・米
監督 ロジャー・ロス・ウィリアムズ
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『バグジー』

2023-11-29 | 映画レビュー(は)

 1991年のアカデミー賞は『羊たちの沈黙』が作品賞、監督賞、脚本賞、主演男優賞、主演女優賞の“主要5部門”を独占した史上3番目の映画として歴史に名を残した年だが(4本目の映画は30数年を経た今も現れていない)、一方でアカデミー賞史上類を見ない不作の年でもあった。今でこそ作品賞候補枠が10本以内に拡大されたことでアニメーション映画のノミネートも珍しくなくなったが、この年はディズニー映画『美女と野獣』がアニメ映画として初の候補入り。その他、『JFK』『サウス・キャロライナ愛と追憶の彼方』と並び、そして最多10部門で候補に挙がったのがバリー・レヴィンソン監督の『バグジー』だった。

 前年に『グッドフェローズ』がギャング映画を大きく更新した後で、『バグジー』はまるで寝ぼけているかのような仕上がりだ。ジョー・ペシが暴れ出しかねないほどテンポは緩慢で、バイオレンス劇なのかロマンス劇なのか一向にトーンが定まらない。ウォーレン・ベイティ演じる主人公バグジーはまったく好きになれないキャラクターで、スコセッシ映画のようなアンビバレントな魅力を持っているとは到底言えないだろう。数少ない慰めと言えば、1940〜50年代のロサンゼルス一帯を支配したギャング、ミッキー・コーエンに扮したハーヴェイ・カイテルだろうか。『LAコンフィデンシャル』の原作者ジェイムズ・エルロイも度々描写したこのギャングスタは非常に小柄な元ボクサーで、歩く暴力装置のような男だったと言われている。脂の乗り切ったカイテルがド迫力で演じ、アカデミー助演男優賞にノミネート。彼の偉大なキャリアでオスカー候補がこれ1度きりというのは何かの悪い冗談としか言いようがない。

 バグジーはギャングたちの資金洗浄の場としてラスヴェガスにカジノを建設し、後のカジノ都市の礎を築く。これをアメリカンドリームと位置づける本作の批評性の無さを、「1991年だから」と時代性に求めるのは無責任だろう。バリー・レヴィンソンの息子サム・レヴィンソンは近年、HBOのTVシリーズ『ユーフォリア』などで活躍しているが、1985年生まれの彼が強く影響を受け、あからさまに引用するのは90年代のガス・ヴァン・サント、スコセッシであり、父バリーの作品ではない。時代を超えられない映画、というのも確かに存在するのだ。


『バグジー』91・米
監督 バリー・レヴィンソン
出演 ウォーレン・ベイティ、アネット・ベニング、ベン・キングズレー、ハーヴェイ・カイテル、エリオット・グールド、ジョー・マンテーニャ
 
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『バイオハザード:デスアイランド』

2023-11-07 | 映画レビュー(は)

 決して目覚ましい映像表現が行われているワケではないが、ゾンビのようにしぶとかった実写映画化より確実にファンを楽しませてくれるフルCG長編アニメシリーズの第5弾。1作目『ディジェネレーション』、2作目『ダムネーション』は傑作アニメ『攻殻機動隊 STAND ALONE COMPLEX』も手掛けた菅正太郎の参加により、巨大製薬企業と政府のマッチポンプによってテロ戦争が継続する『バイオハザード』本来の批評性が取り込まれていたものの、ホラーアクションに特化して以後は、フランチャイズの一角を手緩く担うに留まってきた感はある(Wikipediaによると菅は2015年に他界している)。

 今回はクリス、レオン、クレア、レベッカというシリーズを支えてきた人気キャラ4人に加え、ゲーム版『5』以後、出番のなかったジル・ヴァレンタインが復活。歴代主人公がアッセンブルする集大成的作品となった。レオン×ジルなど、ゲームでは実現していないタッグを見られるのがファンには嬉しく、へらず口ばかり叩くレオンにジルが呆れ顔を見せる、といった遊び心あふれるシーンはもっとあっても良かっただろう。作中時間と実時間がリンクする珍しい設定によって、いつの間にかフロントラインが30〜40代ばかりになってしまったのはいささか華に欠けるが、『5』の強化手術後、加齢が抑えられたジルにはまだシリーズを牽引するキャラクターとして伸び代が残されているように見える。彼女がPTSDを乗り越え、バイオテロに対峙していく様がゾンビアクション映画に1本の筋を通していた。


『バイオハザード:デスアイランド』23・日
監督 羽住英一郎
出演 湯屋敦子、森川智之、東地宏樹、甲斐田裕子、小清水亜美、子安武人
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『パリの記憶』

2023-10-03 | 映画レビュー(は)

 2005年11月13日、朝ミアがグラスを割ったのも、ディナーを共にした夫が仕事に戻ったのも、突然の雨にあのレストランへ駆け込んだのも、全ては定められた運命だったのかもしれない。パリ同時多発テロに直面する主人公を描いた本作は、決定的な瞬間に向けて生死を分かった幾つものディテールを積み重ねていく。ミアは九死に一生を得るも、いったいどうやって生還したのか記憶が定かではない。新しい人生はまるで霞がかかったようだ。あの夜、多くの人命救助にあたった医師である夫はミアの助けになりたいと願うが、彼女の痛みは同じ傷を負った人にしか理解し得ないのである。ミアは事件現場に戻ると、毎週月曜の朝に行われている被害者遺族の会に参加する。

 出世作となった脚本作『裸足の季節』、そして世界的に活躍するフランス人スター、エヴァ・グリーンを主演に迎えた監督作『約束の宇宙』を経て、アリス・ウィンクールはその描写力に並々ならぬ凄味を持たせ、映画作家としてのスケールを増した。ミアは断片的な記憶からあの晩、倉庫で息をひそめる彼女の手を握り、共に恐怖と戦い続けた誰かがいたことを思い出す。記憶を遡上する旅は同じく事件に直面した人、近しい誰かを失った人々の想いを繋いでいく。レオス・カラックスと故カテリーナ・ゴルベワの娘ナスーチャはここでも親を失った子供フェリシアに扮して、両親の最後の瞬間を求めてパリを彷徨する。事故後も同じレストランで働き続けるウエイトレスは身を隠す最中、手を握り、口づけさえ交わしあった見知らぬ青年を忘れることができない。その青年は母国オーストラリアに戻ってもなお、誰とも知れぬ相手との哀歓に運命を感じつつ、2度と会ってはならないと恐怖にも似た想いを抱いている。ウィンクールは安易な感傷に走ることなく、観客以外の誰の耳にも届くことのない声を、時間も場所も超えてスクリーンに反響させていく。そこにはミアの夫のように、わかりあえない者の声もこだましている。ウィンクールは1つの事件を通じてパリという社会を形成する集合記憶、集合意識をダイナミックに浮かび上がらせていくのだ。

 僕はこの事件を遠く海を越えたここ日本で知った。事件の翌朝、たまたまパリを訪れていた友人がSNSで無事を知らせ、僕は驚きと共に心底、安堵したのだ。写真家である彼女は、エッフェル塔を背後に重武装で警備にあたる兵士の姿を写していた。この瞬間、僕の想いも一時ながらパリの集合意識の外殻を形成していたのかもしれない。『パリの記憶』は巨大な事象と相対しながら社会と個人の距離を見出し、サバイバーだけが持つ複雑な感情を抽出した傑作である。アリス・ウィンクール、次作でさらなる進化を見せそうだ。


『パリの記憶』22・仏
監督 アリス・ウィンクール
出演 ヴィルジニー・エフィラ、ブノワ・マジメル、グレゴワール・コラン、ナースチャ・ゴルベワ・カラックス
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『バービー』

2023-08-28 | 映画レビュー(は)

 マテル社提供でバービーを実写映画化、という報せを聞いた時は臆面もないハリウッドの企画制作にゲンナリしたものだが、その後主演がリアルバービーなマーゴット・ロビーに決まり、彼女はエグゼクティブプロデューサーも兼任。ロビーのプロデュースといえば『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』にエメラルド・フェネルのオスカー脚本賞受賞作『プロミシング・ヤング・ウーマン』、NetflixのTVシリーズ『メイドの手帖』と、ラインナップを聞くだけでも“映画作家”として一本筋が通っているのは理解できるというもの。そして監督に抜擢されたのが“インディーズ映画の女王”と呼ばれ、『レディ・バード』『若草物語』で監督としての才能も発揮したグレタ・ガーウィグだ。おまけに共同脚本にはガーウィグの実生活のパートナーでもあるノア・バームバックがアナウンスされ、いよいよどんな映画か全く見当もつかなくなった。果たして映画が公開されてみれば全米では同日公開となったクリストファー・ノーラン監督作『オッペンハイマー』との相乗効果もあって、今年ナンバーワンの大ヒットを記録。ついには配給ワーナー・ブラザースの歴代興行収入記録1位作『ダークナイト』すら抜き去る歴史的大成功となった。

 マテル社がこれまで発売してきた幾種類ものバービー達が暮らす“バービーランド”は、バービー1人ひとりに役割があり、彼女らの主権で成り立つ理想郷のような場所。ここでは肉体労働者から医師、物理学研究者から大統領に至るまでありとあらゆる職種が女性で占められている。では男たちは何処に行ったのか?バービー人形のボーイフレンド、という役割で開発されたケンに職業はない。サーファーボーイという設定上、常にビーチで遊ぶばかりのホームレスで、しかも彼らには性器が造形されていないから恋人関係も性交渉も存在しない。当然、ここには死という概念もなければ老いもない。しかし子どもたちの乱暴な遊びによって破壊されてしまったバービー(ケイト・マッキノン演じる)は“へんてこバービー”と呼ばれ、街の外れに追いやられている。全てが真っピンクのバービーランドはいやこれディストピアじゃないのか!?

 ガーウィグとバームバックの脚本はまるで二重三重の梱包の如く用意周到だ。ひょんなことから人間世界へ向かったバービーとケンは、そこで驚くべきカルチャーギャップに直面する。人間世界は男女の立場がバービーランドと全く逆。男性上位社会にショックを受けたケンはさっそくこの思想をバービーランドに持ち込むのだが…。認められたい、愛されたいばかりに暴走していくケンの哀れは終幕、涙すら誘うほど。いやいや、そもそも虐げられ、顧みられることのない悲哀は現実で男女逆じゃん!と気付かされるところに本作のクレバーな魅力がある。演技派であるマーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリングはサマーシーズンのコメディ映画で自身のキャリアを更新する快投ぶりで、お人形さん演技に次第に血を通わせていくロビーの巧みな演技プランはもちろんのこと、『バビロン』に引き続きスクリーンに愛された泣きの芝居を堪能する映画でもある。あらゆる場面をさらうチャーミングなゴズリングは、助演エントリーならオスカーも十分に狙えそうだ。

 ガーウィグの演出はあともう1本コメディをやれば、おふざけシーンも大いに弾けそうなぎこちなさがあるものの、ギャグの志向が意外やサタデー・ナイト・ライブにある事は発見だ。マテル社社長役でウィル・フェレルが降臨。近年、“俺たちシリーズ”(注:日本で勝手に名付けている)が冴えない印象のフェレルにガーウィグは最大限のリスペクトを捧げ、フェレルも胸を貸して大いに笑わせてくれる。一部で指摘されている『バービー』と『俺たちニュースキャスター』の構造的類似は頷ける話で、『シャン・チー』の百倍は楽しそうなシム・リウとゴズリングがノリノリで大暴れするクライマックスは『俺たち〜』の大乱闘シーンとまるっきり同じノリ。そういえばあの映画にはベン・スティラーも出ていた。スティラーといえばバームバックの分身とも言うべき存在。ケンにはバームバック映画特有の“自分が思っていたよりも早く大人になってしまったことへの悪あがき”も託されている。

 本当の自分らしさとは地に“踵”を着けて歩いた先にあるのではないか?自分には役割もなければマーゴット・ロビーみたいな美貌もないし、歳も取りすぎてしまったと思う人も少なくないだろう。だがバービーが人間社会で最初に美しいと感じたのはバス停に座る老婆だった。彼女こそアメリカ映画界の衣装デザインの巨匠、アン・ロスである。大地に根を張り、誰にwokeさせられるでもなく、時間と共に培った知恵を持って生きることこそ、本当の自分らしさと美しさがあるのではないだろうか。


『バービー』23・米
監督 グレタ・ガーウィグ
出演 マーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリング、アメリカ・フェレーラ、ケイト・マッキノン、シム・リウ、マイケル・セラ、ウィル・フェレル
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