長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『ソウルフル・ワールド』

2021-01-07 | 映画レビュー(そ)

 『ソウルフル・ワールド』はシンデレラ城をバックにディズニーのロゴが現れるおなじみのオープニングから心掴まれ、そこから1時間40分、新鮮な驚きと感動が続く奇跡のような1本だ。
 主人公ジョーは公立学校で音楽を教えながらプロを夢見るジャズピアニスト。念願かなってついに大舞台のチャンスを手に入れた彼は、足取りも軽く街へと踊りだす。コロナショック前のNYはうんざりするほど人があふれ、雑多で、愛さずにはいられない街だ。…気づくと真っ暗な空間で、光に向かって進んでいる。あれ、オレ、ひょっとして死んだ?

 『ソウルフル・ワールド』はこれまでのピクサーにはなかった魅力が満載だ。“NY映画”であり、“猫映画”でもある。デヴィッド・フィンチャー作品でおなじみのトレント・レズナー、アッティカ・ロスのアンビエントでメタリックなスコアは劇場鑑賞であればきっとトリップをもたらしてくれただろう。舞台は死後の世界…というより生まれる前の準備世界(えぇい、アストラル界とでも言っておこう)で、キャラクターは2.5次元の立体絵で動く。そしてテーマはミドルエイジクライシス。完全に大人がターゲットだ。

 ピクサーは創設メンバーの加齢により年々、テーマがシブくなっており、『トイ・ストーリー4』に至っては子育てを終えた親世代の再出発が描かれ驚かされた。
 アストラル界でこの世に生まれる準備をしていた魂22号は、歴史上の偉人たちから人生の意義について講釈を受けるも、心は一向に動かない。人生ってそんな大きな目標を持って生きなきゃダメなの?そんな彼(彼女?)がひょんなことからジョーの体に乗り移ってみれば…美味いピザを食べることの喜び、五体満足で駆け抜ける喜び…生きることはこんなにも喜びに満ちているのか!22号がこの世の美しさを見出す場面は『ソウルフル・ワールド』で最も静かで小さな瞬間だが、この映画のまさに魂だ。街の喧騒に耳を澄まし、そよと吹く風を頬に受け、手の平にはらりと葉が舞い落ちる…それはニューヨーカーがコロナショックによって失った日常でもある。ピクサーの円熟を証明する名場面だ。

 大人は子供に向かって「夢はないのか」「目標を持て」と口うるさく言ってしまいがちだが、今や日本における中高年の引きこもりは少なくなく、僕ら大人も生きるにはあまりに困難な時代である。『ソウルフル・ワールド』はそんな僕たち大人の背中こそ「人生はジャズだぜ」と押してくれる。そして新型コロナウィルスによってあまりに多くの死に直面してしまった今、本作の描く慈しみとユーモアは多くの人々の心を慰め、励ましてくれることだろう。2020年の最後を飾るに相応しい、温かな映画だった。


『ソウルフル・ワールド』20・米
監督 ピート・ドクター
出演 ジェイミー・フォックス、ティナ・フェイ、グラハム・ノートン
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『続・ボラット 栄光なる国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』

2020-11-04 | 映画レビュー(そ)

ヤグシュマシェ!
あのボラットが帰ってきた。陽気な人懐こさでアメリカ人の無知とヤバさをあぶり出したカザフスタン人レポーターが今度はトランプとコロナウィルスのアメリカに突撃する

 祖国カザフスタンの恥を晒した罪で強制労働を課せられていたボラットは大統領からの特命を受ける。トランプ陣営との友好を築くべく、貢ぎ物を持って渡米せよ。ターゲットは女好きの副大統領ペンスだ。かくしてボラットは娘トゥーターを土産に再びアメリカの地を踏む!

 14年ぶりの続編だけに予め書いておくと、これはイギリス人コメディアン、サシャ・バロン・コーエンの自作自演によるモキュメンタリーだ。多くの人が場所もロクに知らないカザフスタンの名を騙り、バカを装ってアメリカ人の本音を引き出すドッキリである。前作以後、長年続編を求められていた本作が突如、Amazonプライムから配信されたのはもちろん大統領選挙を狙ってのこと。コーエンはトランプその人はもちろん、ミソジニストやキリスト教原理主義者、Qアノンにトランピスト、さらには新型コロナウィルスまで徹底的にイジリ倒す限界突破ぶりである。さらに映画の後半ではコロナウィルスによるパンデミックが発生。おそらく感染拡大を受けて急遽、映画に取り入れたと思われるが、ソーシャルディスタンスなんてあったもんじゃない濃厚接触ぶりは自己最高の命の張り具合でかなりヤバい。そしてそのヤバさはマスクもしなければコロナも信じない、でも突拍子もない陰謀論は信じるアメリカ人の実態を炙り出すのである。コロナ禍を描いた最初の映画がまさかボラットになろうとは!

 だが前作の大ヒットとその後のコーエンのブレイクもあってか、さすがに面も割れてしまってなかなかドッキリが仕掛けにくい。今回は前作のような生々しさはやや控えめで、その代わりボラットの娘トゥーターに大きな見せ場が与えられている。いったいどこから見つけてきたのか、扮するマリア・バカロヴァ嬢はコーエンをも凌ぐ瞬間風速で何度も場をさらう。クライマックスはなんとトランプ陣営ジュリアーニ元NY市長にハニートラップを仕掛け、無垢でセクシーなトゥーターの腰にジュリアーニが手を伸ばし、ズボンのベルトを緩める瞬間を収めているのだ。是非はともかく、まず間違いなく訴訟モノであり、打倒トランプを掲げたコーエンの本気は尋常じゃない。

 全編、下ネタ、差別ネタのオンパレード。それでもテーマは「選挙に行けよ」と単純明快だ。コーエンは本作の前週、Netflixで配信された『シカゴ7裁判』にも出演し、そのオルタナティブな笑いと批評精神を改めて明らかにした。最後には今更な『ユージュアル・サスペクツ』パロディでコロナショックにもオチをつけているぞ(武漢ウィルスではない)。アメリカ国民以外も見ろ!


『続・ボラット 栄光なる国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』20・米
監督 ジェイソン・ウリナー
出演 サシャ・バロン・コーエン、マリア・バカロヴァ
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『ゾンビランド ダブルタップ』

2020-09-03 | 映画レビュー(そ)

 2009年にスマッシュヒットを記録したゾンビコメディ『ゾンビランド』の実に10年ぶりとなる続編だ。歴史に残るようなヒットもしなければ重要性もない映画だが、ここまで時間があいたのは主要キャストと前作『ヴェノム』を大ヒットさせた監督ルーベン・フライシャーの出世が関係しているだろう。ウディ・ハレルソン、エマ・ストーン、ジェシー・アイゼンバーグらはこの10年で度々オスカー候補に上がり、ストーンに至っては『ラ・ラ・ランド』で受賞を果たすキャリアの充実である。ハレルソンは歳を重ねる毎に豪放なデタラメさを増し、アイゼンバーグの神経症早口キャラはすっかり定番となった。

 一方、演技派として躍進目覚ましいストーンが本作のようなジャンル映画に出てくれたのは嬉しいが、彼女を添え物扱いしか出来ない所に10年前と変わらない製作サイドの怠惰さがある。本気の彼女はこんなモンじゃないくらい笑かしにくるぞ。

 ホラーとしてはもちろん、パロディとしてもやり尽くされた感のあるジャンルだが、コロナショックによって無限にも思える停滞が生まれた今、独自ルールを課してのらりくらりとゾンビ禍を生きる彼らの姿には妙にシンパシーを感じた。そういう意味では然るべきタイミングの続編だったのだ。


『ゾンビランド ダブルタップ』19・米
監督 ルーベン・フライシャー
出演 ウディ・ハレルソン、ジェシー・アイゼンバーグ、エマ・ストーン、アビゲイル・ブレスリン、ゾーイ・ドウィッチ、ロザリオ・ドーソン、ルーク・ウィルソン、ビル・マーレイ

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『ゾンビ ディレクターズカット版』

2018-10-21 | 映画レビュー(そ)

昨年7月に他界した“ゾンビ映画の父”ジョージ・A・ロメロ監督の名を一躍世界に知らしめた大ヒット作。あらゆるディテールが後のゾンビものはもちろん、ゲームや他ジャンルにまで影響を与えており、今見ても色あせない面白さが詰まっている。ショッピングモールでの籠城、対ゾンビのゲーム的な攻略、そしてキャラクターの死亡フラグとあらゆる“お約束”の元祖が本作なのである。

冒頭から並々ならぬ緊迫感に満ちており、ロメロの演出力に圧倒される。だが本当に怖いのは無法と化した時に本性を露わとする人間達だ。ひょんな事から行動を共にするカップルと警官2人組だが、ここには銃を持つ者と持たざる者、そして人種の違いという緊張が張り詰めており、そのピークが暴徒達の襲来である。豊富な食糧と資源を横取りせんとする野盗と主人公たちの暴力の応酬。ロメロは本当に怖いのは人間そのものである事を看破し、その批評精神は未だなお暴力で対立し合う現代にも哀しいかな、通用してしまうのである。まさに不死の傑作だ。

『ゾンビ ディレクターズカット版』78・米、伊
監督 ジョージ・A・ロメロ
 
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『ゾンビランド』

2017-05-03 | 映画レビュー(そ)

 エドガー・ライト監督の『ショーン・オブ・ザ・デッド』よろしく、ゾンビ映画の定型を使った新しいゾンビコメディかな?と思いきや、ゾンビはただの借景に過ぎず、これは青春ロードムービーと言っていいだろう。ゾンビウィルスの蔓延により人類が滅びた世界、ジェシー・アイゼンバーグが生き残れたのは臆病さと“ルール”を守る慎重さがあったからだ。ゾンビから生き残るためのルールを解説する前半は快調な語り口。相変わらず豪放でデタラメなウディ・ハレルソンも楽しい。エマ・ストーンはいわゆるセクシーヒロイン系では魅力を発揮せず(同年、純正コメディ『小悪魔はなぜモテる?!』で大ブレイク)、期待したほどのアンサンブルには至っていない。

 映画が終る頃にははぐれ者達が疑似家族を形成する伝統的なロードムービーのスタイルに、わざわざゾンビをマッシュアップする意味があったのかと消化不良感も湧き起こる。もはやカメオの域を超えているビル・マーレイの友情出演には腹を抱えるほど笑ったし、ルーベン・フライシャー監督のマーレイへのリスペクトも小気味いいが、後半に向かうにつれてヌルさが目立つ。


『ゾンビランド』10・米
監督 ルーベン・フライシャー
出演 ジェシー・アイゼンバーグ、ウディ・ハレルソン、エマ・ストーン、アビゲイル・プレスリン、ビル・マーレイ
 
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