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1972年9月5日、ミュンヘンオリンピックが行われている最中、イスラエル選手団がパレスチナゲリラ“黒い9月”に襲撃された。選手村の窓から顔を出す不気味なテロリストの映像は世界中に生中継され、衝撃を与える。何度も映像化されてきたこの事件を、新鋭ティムール・フェールバウム監督は米abc現地調整室内に舞台を限定して描いた。問いかけるのは2020年代における報道倫理だ。SNSの台頭により旧来的なジャーナリズムが“オールドメディア”とも呼称される昨今、『セプテンバー5』は眼前の事件を物語と謳う全てのメディアを射程にしている。
今日的なテーマを端的に語るフェールバウムによって、ミニマルな脚本、緊迫感に満ちた演技アンサンブル、スピーディーな編集の3拍子が揃い、実に引き締まった90分である。事件の中継を行ったのはオリンピック村に出張っていたabcのスポーツ班だった。遠くにこだます銃声、錯綜する無線にテレビマン達は色めく。ピーター・サースガード、ジョン・マガロら演技巧者の中ではいつの間にかいぶし銀のバイプレーヤーに熟成していたベン・チャップリン、そして現地通訳を演じるドイツ人女優レオニー・ベネシュ(『ありふれた教室』)が光る。
報道マン達は“物語”という言葉を何度も繰り返し、特ダネをモノにしようと奮闘するが、ここには報道倫理上のジレンマがいくつも存在する。事件を中継することはテロリストの政治声明に与することにならないか?万が一、人質が殺されるようなことがあっても、世界中にそれを中継できるのか?彼らの言う“物語”とは実際に語ることもままならなければ、結末を定めることもできないのだ。事件の悲惨な顛末を知る観客であれば、『セプテンバー5』が突きつけるクライマックスと葛藤は容易に察することができるだろう。
フェールバウムは本作を調整室から外に出ることなく語り上げた。ではあの時なにが起こり、後に何が行われたのかはスティーブン・スピルバーグの『ミュンヘン』を見るべきだろう。2024年はユダヤ人の彷徨を描く作品が相次いだ。『リアル・ペイン』『セカンドステップ』『ブルータリスト』…何処から来て、何処へ行き、今何が行われているのか。物語るためにはまず過去を知らなくてはいけないのだ。
『セプテンバー5』24・独、米
監督 ティム・フェールバウム
出演 ピーター・サースガード、ジョン・マガロ、ベン・チャップリン、レオニー・ベネシュ
※2025年2月14日公開
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