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“不屈”という言葉はモハマド・ラスロフにこそ相応しい。現代イラン映画の名匠は2020年『悪は存在しない』でベルリン映画祭金熊賞を受賞するも、過去作が反体制的であるという理由からイラン政府に出国を禁じられ、懲役刑を言い渡された。ラスロフは後にイランを脱出、現在はヨーロッパを拠点としている。そんな彼の新作『聖なるイチジクの種』は体制や社会規範に疑問を突きつけ、国籍を問わず観る者を揺るがす力作だ。
ラスロフの手腕は並々ならぬ緊迫感に満ちており、167分という長尺を少しも緩ませない。冒頭、1人の男が秘密裏に1丁の拳銃を受け取る。イラン政府に務めるイマンは昇進を果たし、護身用にと銃を入手したのだ。予告編ではこの銃の紛失が重要なストーリーラインとして語られているが、実際には映画が1時間を過ぎてからのプロットであり、ラスロフを最も強く突き動かしているのは2022年に起きたマフサ・アミニ殺害事件だろう。9月13日、ヒジャブの着用が正しくないという理由から道徳警察に拘束されたマフサは、後に政府筋の発表では“心臓マヒ”という理由で死亡した。これをきっかけにイラン全土で大規模な反政府デモが発生したのだ。
イマンは妻ナジメ、長女レズワン、次女サナの4人家族。夫の出世に気を良くした妻は娘たちにもこれまで以上の品行方正さを求めるが、大学生のレズワンが連れて来る友人は少なくとも伝統的イラン女性の規範から好ましくない。巷ではイラン政府への抗議活動が激化。時同じくしてイマンは日毎に憔悴の色を濃くしていく。
映画を単純化する批評家は“家父長制”という安易な単語を使って本作を評した気分になるだろう。しかしラスロフは登場人物を誰1人として一面的に描かない。宗教戒律に支配されたナジメはイラン的な“良妻賢母”であることを良しとしてきたが、娘たちが直面する理不尽な弾圧に心を痛めている。家族を愛する心優しいイマンは、国家権力が強いる暴力に瓦解していく。ラスロフの射程は宗教と権力を縦に人間を破壊する“悪”そのものだ。
ラスロフは自身も直面している理不尽を糾弾しながら、驚くべきことに映画に娯楽性すら担保している。物語は後半、キャンセルカルチャーすら内包して怒涛のサスペンス劇へと転調。カンヌ映画祭では本作のために審査員特別賞が設けられ、オスカーで国際長編映画賞の最有力候補に躍り出た。見終える頃には呆然としてしまうようなパワフルな映画だ。
『聖なるイチジクの種』24・独、仏、イラン
監督 モハマド・ラスロフ
出演 ソヘイラ・ゴレスターニ、ミシャク・ザラ、マフサ・ロスタミ、セターレ・マレキ
※2025年2月14日(金)TOHOシネマズシャンテほか全国順次公開
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