長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『メリー・ポピンズ』

2019-02-28 | 映画レビュー(め)

ミュージカル映画史に燦然と輝く名作。P・トラバースの原作を映画化、アカデミー賞では13部門にノミネートされ、5部門に輝いた。1964年製作ながら創意工夫の凝らされた特殊効果が魔法を演出し、今見ても頬がほころんでしまうような楽しさがある(ロンドンを俯瞰するマットペインティングの美しさも壮観だ)。主演のジュリー・アンドリュースは本作が映画初出演。翌年の『サウンド・オブ・ミュージック』との連打でミュージカルスターとしての地位を確立した。

魔法使いのメリー・ポピンズが天から舞い降りてバンクス姉弟の家庭教師となる。彼女によって姉弟は自由な心を養っていくが、お堅い銀行員であるお父さんはなかなか打ち解けられない。上司にへいこらする彼よりもその日暮らしの気ままなフリーター生活を続ける大道芸人バートに惹かれてしまうのは僕が歳を取ったせいか。自由を知る彼だからこそ、人生の本当の価値を知っている。万能であるメリー・ポピンズよりも聖なる乞食であるバートに理想の親の姿を見出してしまった。

 「スーパーカリフラジリスティックエクスピアリドーシャス」「2ペンスを鳩に」「チム・チム・チェリー」など時代を超えた名曲も満載。これも傑作ミュージカルの必須条件だ。そして54年後には続編「メリー・ポピンズ リターンズ』が公開された。


『メリー・ポピンズ』64・米
監督 ロバート・スティーヴンソン
出演 ジュリー・アンドリュース、ディック・ヴァン・ダイク、デヴィッド・トムリン、グリニス・ジョーンズ、カレン・ドートリス、マシュウ・ガーバー
 
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『女神の見えざる手』

2017-11-19 | 映画レビュー(め)

米国に遅れること1年の日本公開となったが、相次ぐ銃乱射事件によってタイムリーな作品となってしまった。銃規制法案可決に向けて暗躍する政界ロビイストを描いたポリティカルドラマだ。

乱射事件が起きる度に銃規制は叫ばれてきたがその都度、銃擁護派によって覆されてきた。自衛のために所持する銃を奪う事は憲法に記された個人の自由を侵害する事になる。この捻じれに捻じれたジレンマを打開するためにはお花畑の理想論ではダメだ。ありとあらゆる卑劣な手段を尽くして勝利を掴み取るダーティーヒロインが主人公ミス・スローンである。

ジェシカ・チャステイン演じるこのヒロインの造形だけで映画は推力を得ている。食事は近所の中華屋、恋人は持たずに風俗で済ませ、寝る間が惜しく覚醒剤が手放せない。これまで男優が演じてきた役柄に躁病的な神経質さとテンションを与えたチャステインの現代的解釈は際立っている。彼女の演技は役柄の性別を破壊しており、ハリウッドの配役における性別格差を打破せんとするその姿勢はオピニオンリーダーの面目躍如と言っていいだろう。今年、ハリウッドが揺れたセクハラ騒動を前にして非常に意義があり、現代的かつ画期的である。

 クライマックスはやや劇画調だが、あまりにもハードボイルドで渋いチャステインに『評決』のポール・ニューマンすら彷彿とした。彼女の演技によってテーマ以上の深みを持った、“ネオウーマンリヴ”を形成する1本である。


『女神の見えざる手』16・米
監督 ジョン・マッデン
出演 ジェシカ・チャステイン、ググ・バサ=ロー、マーク・ストロング、ジョン・リスゴー、マイケル・スタールバーグ
 
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『メッセージ』

2017-05-29 | 映画レビュー(め)

 ある日、何の前触れもなく地球に12隻の巨大な宇宙船が到来する。
地球の各地に舞い降りたそれらは漆黒の扉を開き、沈黙した。一体、彼らは何の目的で地球にやってきたのか?
言語学者のルイーズは軍の要請により、宇宙人とのファーストコンタクトを試みる。

プロットだけ聞けば数ある宇宙人侵略モノやスピルバーグ映画を彷彿とさせるが、テッド・チャンの独創的な原作小説は観客の知性とハートを刺激する全く未知の物語だ。
監督のドゥニ・ヴィルヌーヴは日常に宇宙人という非日常が入り込んでくる気配を濃密に描出し、僕たちを引き込む。非常サイレンが鳴り響き、ジェット機が飛び交う。世界各地のパニックを告げるニュースは延々と続き、それをぼんやりと眺めながらいつしか眠りに落ちる。
 前作『ボーダーライン』でも好投したヨハン・ヨハンソンはここでも観客に快楽的なストレスを課すスコアを鳴らし、やがてそれは宇宙人の登場によって不可思議な、現代音楽のような効果音にすり替わっていく。人間が楽器で吹けそうなこの奇妙な音との遭遇は、ぜひとも音の良い映画館で体験してほしい。独創的なプロダクションデザインもさることながら、観客を音で物語世界にひきつける耳の良さもヴィルヌーヴの持ち味だ(アカデミー賞では音響編集賞に輝いた)。

1998年に発行されたテッド・チャンの原作は世界情勢が混迷する今日に多くのことを映し出す。
言語の違う他者の言葉、文法を学ぶ事は相手の考えに近づき、理解する事である。ルイーズは宇宙人ヘプタポッドの円環象形文字を解析していく中で彼らが過去、現在、未来の時制を持たず、時間を超越した存在であることに気づいていく。ヘプタポッドを巡って緊張を高めていく各国に彼女がもたらす調和こそ、この丸い地球に欠けているものだ。相互理解と、団結。僕たちは今、ヘプタポッドの到来を必要としているのかもしれない。

だが『メッセージ』の魅力はこれに留まらない。誰もの心に訴える普遍的テーマはまさに円を描くように帰結していく。
僕は妻と、彼女との未来を想いながらこの映画を見ていた。
時たま思う。妻が何か病気や、事故でこの世からいなくなってしまったら、僕はどんなに深く悲しむだろうかと。
あるいはこれから子供が生まれた時、その子が生きるには困難なほどの障害を抱えてしまったらどうしようかと。
いや、それ以前に別離はもっと単純に、2人の人間が行き着く不和として訪れるかも知れない。
いずれにしても、人間には「死」という終わりがやってくる。それがわかっていても、人はつながる事をやめるわけにはいかないのだ。

『メッセージ』16・米
監督 ドゥニ・ヴィルヌーヴ
出演 エイミー・アダムス、ジェレミー・レナー、フォレスト・ウィテカー
 
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