長内那由多のMovie Note

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『なぜ君は総理大臣になれないのか』

2021-11-14 | 映画レビュー(な)

 欧米各国の選挙を見ていて驚かされるのが若者たちの熱狂ぶりだ。彼ら1人1人が応援するに足る人物を見極めた支持活動はまるでポップスターに対するのと近いものがある。考えてみてほしい。ここ日本で候補者の顔写真やイラストがプリントされたTシャツを着る人なんているだろうか?

 ありえない。国会にひしめくあの老人どもの顔が自分の胸に位置する服なんて。そう、この映画を見るとわかるのだが、日本の政治は立候補者も後援者もとにかく老人ばかりなのだ。そんな日本の地方選挙区"香川一区”で2003年に初立候補した小川淳也議員を17年に渡って記録し続けた本作は日本の政治、社会風土の限界を点描していく。小川の選挙区は自民党の三世議員、平井卓也元デジタル改革担当大臣のお膝元。平井は県内シェアトップの四国新聞社、そして西日本放送のオーナー一族という謂わば“上級国民”だ。方や小川は町の理髪店の息子で、勉強こそできたばかりに官僚を経たが、地元にはコネもなければ地盤もない。当然、小選挙区では太刀打ちできるワケもなく、なんとか比例当選を重ねてきたものの、民意を得ていないそれでは国会議員として三下。ろくな発言権も得られないまま只々、任期を消化してしまう。そして2017年、政治理念的にまったく相容れない小池百合子率いる希望の党に合流。民進党代表の前原誠司に対する“仁義”を捨てられないばかりに無所属を選択できず、立候補してしまうのだ。そんな小川を周囲の人々は「政治家に向いていない」と評し、彼の姿はどれだけ優秀で熱意があっても、若者が社会の先頭に立つことができない現実を映し出してしまう。小川の娘たちが「政治家にはなりたくないけど、政治家の妻にもなりたくない」と口を揃えるのは象徴的だろう。

 だが、小川には欧米の政治家同様、熱狂したくなる“エモさ”がある。純粋に国を良くしたいと思うひたむきさ、理路整然とした鋭い舌鋒、時に涙もろく、カメラの前で彼は何度も本音を吐露する。監督の大島新はたまたま出会った17年前から小川を追い続け、2017年の選挙では「無所属で出馬するべきだったのではないか」と揺さぶりをかける。報道ドキュメンタリーとは異なり、時に被写体に直接アプローチをかけるのも長編ドキュメンタリー映画の醍醐味だろう。途中、スシローこと田崎史郎が2度登場。与党ベッタリな彼も小川には一目置いており、度々意見交換している事に驚いた。腐っても政治ジャーナリストか。いや、森友問題を「火種にはならない」とタカをくくる横で、小川だけは後の政局を言い当てていたのだからやはりモウロクだろう(笑)

 そして2021年、ついに小川は香川一区で平井を破り、小選挙区での当選を果たす。それもこの日、多くの選挙区が混戦にもつれ込んだ中、開票開始と同時の当選確定である。不器用で、しかし真っ直ぐなこの男はどうやら香川の民意を動かしたようだ。続いて小川は立憲民主党の代表選に出馬する意向を発表し、にわかに注目度を増している(しかし、本編で彼の言う43歳というピークはとうに過ぎてしまった)。大島監督はこの選挙がクライマックスとなる続編『香川一区』を製作中。“小川ユニバース”はまだまだ続きそうだ。


『なぜ君は総理大臣になれないのか』20・日
監督 大島新
出演 小川淳也


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