ここのところベテラン監督と新人監督の作品を交互にリリースしてきたピクサー。クオリティの高い作品を製作し続ける安定性はさすがだが、それでもジョン・ラセターやピート・ドクター、アンドリュー・スタントンにブラッド・バードらスター監督を続々と輩出した往時の勢いには及ばない、というのが正直な感想だ。
そこに現れたのが本作で長編デビューとなる新人ドミー・リーである。感情が高ぶると巨大レッサーパンダに変身してしまう少女を描いた本作で、リーはピクサーに新風を吹き込んだ。これまでのピクサータッチであった過度に劇画化されたCGキャラクターや、パペットアニメーション風の触感を捨て、絵柄も演出も昔懐かしい日本のギャグ漫画風に刷新(ドミー・リーは高橋留美子の『らんま1/2』の影響を公言している)。そしてドミー・リー以下、主要スタッフは全て女性で固められ、娘と母の絆と確執を描くピクサー初の女性ドラマとなった(2012年の『メリダとおそろしの森』を手掛けたブレンダ・チャップマンは映画の製作前に降板しているため、女性クリエイターがトップに立ったのは本作が実質上初なのだ)。
その成果は主人公メイが初めてレッサーパンダに変身してしまった朝を描くシークエンスから明らかだ。母ミン・リー(愉快なサンドラ・オー)は娘に初潮がきたのだと勘違いして慌てふためき、あらゆるケアを施そうとする。ディズニーアニメで生理が扱われる事にも驚いたが、ここには一過性のギャグに終わらせない作り手の誠実なキメ細やかさがある。そう、レッサーパンダが何のメタファーかは言うまでもないだろう。思春期である13歳の女の子が直面する心身の変化そのものであり、巨大化した体と匂いに困惑してしまう様は作り手が心底ホレ抜いているレッサーパンダのデザインも相まって、なんともキュートではないか。
そして『塔の上のラプンツェル』から随分時間がかかったが、母と娘という特別な関係にドミー・リーはいま一歩踏み込んでいる。娘を理想の自分とすべく内面化していく母と、期待に応えたい反面、その呪縛から逃れようとする娘の対立が最後にはとんでもない一大バトルに発展するのだ。親が背負ってきたものを知ることは大人への成長の一歩だろう。
そんな本作を、ディズニーはまたしても劇場公開を見送ってディズニープラスでの配信スルーに送り込んだ。かつて倒壊寸前だった屋台骨を支えたピクサーに対して、何と不誠実な仕打ちか。劇場で多くの大人、子供たちと大笑いしたかった。そのディズニープラスで配信されているメイキング映像には、多くの女性スタッフが子育てや家庭と両立しながら、楽しげに製作に携わっている姿が収められている。ドミー・リー率いるこのチームがジョン・ラセター放逐後の新生ピクサーの理想系ではないだろうか。株主の顔色ばかり見ているディズニー帝国に負けず、そのクリエイティビティを活かし続けてほしいと願ってやまない。
『私ときどきレッサーパンダ』22・米
監督 ドミー・リー
出演 ロザリー・チアン、サンドラ・オー、エイバ・モース、ヘイン・パーク、マイトレイ・ラクマリシュナン、オリオン・リー、ワイ・チン・ホー
※ディズニープラスで配信中※
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます