長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

第89回アカデミー賞予想

2017-02-23 | 賞レース


年末年始はアカデミー賞の行方を占うオスカーレース観戦が大好きな筆者です。

アカデミー賞というのはご存知の通り、映画芸術科学アカデミー会員による1年のベストワークを称える業界人気投票…というのがざっくりとした説明。従って「その年の興収ナンバーワン人気作」が選ばれるワケでもなく、「批評家に愛された大傑作」が受賞するワケでもない。時勢と感傷とモロモロによって決まる、何ともマユツバな賞である。

では、そんな賞レース観戦の何が重要なのか?
それはアカデミー賞につながる各賞の結果を見る事によってアメリカ映画、映画界のムーブメント、作家達の同時代性がわかるからだ。受賞作やノミネート作以上に、候補にも挙がらなかった映画、何も取らなかった映画の方が重要な年もある。

それに近年、アカデミー賞も多様化している。
昔は大手スタジオの大作映画、道徳的(そして保守的)な映画が愛される傾向があったが、90年代にインディーズ映画が台頭し、金にモノを言わせたキャンペーン戦略によって大手を打ち負かせるポテンシャルを得て以降、小粒でも良質な作品が陽の目を浴び、正当な評価を得るようになってきた。アカデミー賞=お涙頂戴の良質感動作、というワケでもないのだ。

さて、昨年は最後までの予想のつかない大混戦で大いに盛り上がった賞レースだが、今年は既に大勢が決しつつある。
ノミネート発表後では途端に面白くなくなるので、直前だが今のうちに主要6部門を中心に走り書きしておこう。


・・・と思ったのだけど、ここでいくつか番狂わせが予想される展開になってきたので、せっかくだから受賞予想も記しておく。
見所は最多候補、大本命の『ラ・ラ・ランド』がどれだけ受賞するか(他の作品がどれだけ阻めるか)だ。

そのキーポイントはドナルド・トランプになると思っている。
先月、発効された中東7か国の入国禁止を指示した大統領令によって多くのアメリカ人、映画人が入国できない騒ぎになった。
今年の外国語映画賞候補作『セールスマン』のアスガー・ファルハディ監督らもその対象となり、後に大統領令は停止されたが監督らは“トランプへの抗議”として授賞式への出席を見合わせる声明を発表している。

この大統領令発効後に発表された俳優組合賞やグラミー賞、ベルリン国際映画祭でも出席者からはトランプへの抗議が相次いだ。
今、世界中のアーティスト達が団結して自由と平等を謳い、受賞結果にはその時勢を反映したトランプ政権へのプロテストが伺い知れる。

アカデミー賞本番でも会員がトランプへのカウンターを意識した場合、受賞結果に番狂わせが出ても何らおかしくない。

【作品賞】
本命『ラ・ラ・ランド』
対抗『Hidden Figures』

最多14ノミネートの『ラ・ラ・ランド』はほぼ盤石の体勢だ。
前哨戦を独走、放送映画批評家協会賞、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞といった重要賞を独占し、アカデミー賞と投票母体が被る製作者組合賞も受賞した。興行収入も順調に数字を伸ばしており、弱点が見当たらない。さらにはハリウッドを舞台にしたミュージカル映画、という高齢・保守の会員層にも十分に訴えそうな作風である。

対抗馬は前哨戦で拮抗した『ムーンライト』よりも『Hidden Figures』を挙げたい。
NASAの宇宙開発計画で活躍した黒人女性数学者たちを描く実録映画で、俳優組合賞では『ムーンライト』を差し置いて作品賞にあたるキャスト賞を受賞。興行収入は『ラ・ラ・ランド』を上回り、既に1億ドルを突破している。ちなみに俳優組合賞が創設されて20数年来、キャスト賞ノミネートなしでアカデミー賞を受賞したのは95年の『ブレイブハート』ただ1本のみ。受賞作の50パーセントがアカデミー賞を受賞するという『ラ・ラ・ランド』にとっては不安なデータがある。


【監督賞】
本命 デミアン・チャゼル『ラ・ラ・ランド』
ここはどんでん返しなしと見る。


【主演男優賞】

本命 ケイシー・アフレック『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
対抗 デンゼル・ワシントン『Fences』
大穴 ライアン・ゴズリング『ラ・ラ・ランド』

今年の主演男優賞レースはケイシー・アフレックの圧勝劇と見られていたが、アカデミー賞に直結する肝心要の俳優組合賞でデンゼル・ワシントンがまさかの大逆転受賞。これで一気に風向きが変わり始めた。

デンゼルの対象作『Fences』は自ら監督を務めた入魂作だ。作品賞はじめ計4部門にノミネートされている。
監督としては優等生すぎる作風が評価には結びついてこなかった彼だが、オーガスト・ウィルソンによる戯曲を映画化した本作は時勢とテーマがピッタリと合致し、これまでで最高の評価を得ている。既に舞台版では共演のヴィオラ・デイヴィスと共にトニー賞を受賞しており、言ってみれば彼の十八番役でもあるのだ。

そして彼の俳優仲間の間での人気の高さも見逃せない。
例えば俳優組合賞の受賞式。受賞者の発表前に各候補が紹介されるのだが、デンゼルの名前がコールされた瞬間の歓声たるや他の候補と明らかに違う盛り上がりっぷりだった(ちなみのそのデンゼルを上回っていたのがヴィゴ・モーテンセン。批評も興行も気にせず、自分の道をひた走るアーティスティックな彼に憧れる役者が多いのはわかる)。アフレックには気の毒だが「あんまり好かれてないのかな?」と勘違いしてしまうくらいの落差があった。デンゼルは『グローリー』で助演男優賞、『トレーニング・デイ』で主演男優賞を受賞済み。3つ目はちょっと多い気もするが、どうなる?

もしこの2人で票が割れるような事があればダークホースはライアン・ゴズリングだろう。彼も負けず劣らず俳優人気が高く、何より『ラ・ラ・ランド』という大本命の作品を抱える主演男優だ。『ラ・ラ・ランド』が記録的な受賞数になった場合、彼が大番狂わせを起こす可能性もある。


【主演女優賞】
本命 エマ・ストーン『ラ・ラ・ランド』
対抗 イザベル・ユペール『Elle』

エマ・ストーンはヴェネチア映画祭での女優賞を皮切りに放送映画批評家協会賞、ゴールデングローブ賞、英国アカデミー賞、俳優組合賞とビッグタイトルを独占、文句なしの大本命だ。『ラ・ラ・ランド』の圧倒的な勢いも手伝ってほぼ受賞は間違いないだろう。

対抗は外国映画ながらここまで勝ち上がってきたイザベル・ユペールを挙げておく。言わずと知れたフランスの大女優。さすがに外様扱いとなってしまった俳優組合賞では候補落ちしたが、ゴールデングローブ賞を受賞したのは大きかった。エマ・ストーンのライバルは前哨戦前半で競い合った『ジャッキー』のナタリー・ポートマンではなく、ユペールだ。


【助演男優賞】
本命 マハーシャラ・アリ『ムーンライト』
対抗 デヴ・パテル『LION/ライオン 25年目のただいま』

この部門も当初、アリの独走で終わるかのように見られていたが、ゴールデングローブ賞も英国アカデミー賞も落とすなど、大舞台にイマイチ弱い印象だ。それでも俳優組合賞を受賞しているので本命候補である事に変わりはないと思うが、ここでは対抗にパテルを挙げておく。対象作は見た人誰もが好きになるフィールグッドムービー。パテルは2008年にアカデミーが8個もオスカーをあげた『スラムドッグ・ミリオネア』の主演男優だ。しかも対象作はオスカー受賞の請負人ワインスタインカンパニーの製作。今年は他に本命候補がないため、かつての勢いで猛烈なPR攻勢を仕掛けているとの噂。またアカデミーが“多様性”を意識するならば、黒人ばかりではなくインド系のパテルにオスカーを・・・というバランス感覚が働く事もあり得ない話ではない。


【助演女優賞】
本命 ヴィオラ・デイヴィス『Fences』
ここは盤石。番狂わせは考えにくい。


当日はこんな受賞結果になるのでは⇓

『ラ・ラ・ランド』
作品、監督、主演女優、脚本、編集、撮影、美術、衣装、作曲、主題歌、録音

主演男優賞 ケイシー・アフレック『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(ひょっとしたらデンゼル・ワシントン)

助演男優賞 マハーシャラ・アリ『ムーンライト』(ひょっとしたらデヴ・パテル)

助演女優賞 ヴィオラ・デイヴィス『Fences』

脚色賞 『メッセージ』(ひょっとしたら『ムーンライト』)

メイク賞 『スーサイド・スクワッド』

視覚効果賞 『ジャングル・ブック』

音響効果賞 『ハクソー・リッジ』

長編アニメ賞 『ズートピア』

外国語映画賞 『ありがとう、トニ・エルドマン』

長編ドキュメンタリー賞 『O.J.: Made in America』

短編ドキュメンタリー賞 『ホワイト・ヘルメット -シリアの民間防衛隊-』


この記事は1/24更新のノミネート予想記事に上書きしました。


【作品賞】
本命
『ラ・ラ・ランド』
『ムーンライト』
『マンチェスター・バイ・ザ・シー』


泡沫
『最後の追跡』
『メッセージ』
『Hidden Figures』
『Fences』
『Hacksaw Ridge』
『LION/ライオン 25年目のただいま』


ひょっとしたら
『沈黙』
『デッドプール』


大本命『ラ・ラ・ランド』、対抗『ムーンライト』『マンチェスター・バイ・ザ・シー』の“3強”の戦いである。
おそらく『ラ・ラ・ランド』が最多候補になり、あとはその牙城をどれだけ切り崩せるのか(どれだけ独占するのか)が見どころになってくるだろう。昨年の白人偏重ノミネート“ホワイトオスカー”問題の反動で『ムーンライト』が逆転受賞、という可能性もあるにはある。『マンチェスター・バイ・ザ・シー』の逆転はこの2作で票割れした時だ。
ちなみに『ムーンライト』のプロデューサーはブラッド・ピットである。ブラピは製作者としてほぼ毎年のようにオスカー候補を送り出しており、絶好調だ(アンジーには逃げられたが)。

アカデミー賞の指針となる各組合賞(投票母体が同じ)で完全に無視されている『沈黙』だが、決して評価が低いワケではなく、スタジオ側のPR不足が原因と言われている。近年も似たようなケースで御大イーストウッドの『アメリカン・スナイパー』が本戦に急浮上した事があったが、あちらは社会現象的な大ヒットを飛ばしていた事が追い風になった。『沈黙』には風が感じられない(もっとも、ファンとしてはスコセッシにこの映画でオスカーを獲って欲しかったのだが)。

『デッドプール』は先の製作者組合賞で候補に挙がった事から書いてみた。もし候補に上がれば近年、深刻ぶるばかりのアメコミ映画ブームに蹴りを入れる最高のサプライズとなるだろうが、果たしてアカデミー会員(老人ばかり)にそんな根性があるのか。ちなみに作品賞候補枠が10本に拡大されたのは『ダークナイト』が落選したからだと言われている。


【監督賞】

本命
デミアン・チャゼル『ラ・ラ・ランド』
バリー・ジェンキンス『ムーンライト』
ケネス・ロナガン『マンチェスター・バイ・ザ・シー』


泡沫
ドゥニ・ヴィルヌーヴ『メッセージ』
ガース・デイヴィス『LION/ライオン 25年目のただいま』


ひょっとしたら
メル・ギブソン『Hacksaw Ridge』
マーティン・スコセッシ『沈黙』
デンゼル・ワシントン『Fences』


ノミネートされたらいいな
デヴィッド・マッケンジー『最後の追跡』

必然的に作品賞有力候補の監督が並ぶ。今年の賞レース全体に言える事だが、いよいよ世代交代の感がある。寡作のロナガンはともかく皆、若い。メル・ギブソンやスコセッシも作品評価は高いが、本命ではない。

個人的にはここらでヴィルヌーヴに今後のキャリアの地ならしくらいのつもりでノミネートされてほしい。まだまだ傑作をたくさん撮る人だから、ここで獲る必要はない。


【主演男優賞】

本命
ケイシー・アフレック『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

対抗
ライアン・ゴズリング『ラ・ラ・ランド』

泡沫
デンゼル・ワシントン『Fences』
ヴィゴ・モーテンセン『はじまりへの旅』
アンドリュー・ガーフィールド『Hacksaw Ridge』


今年、一番面白味に欠ける部門。
ケイシー・アフレックが前哨戦ほぼ無敗で、このまま独占の勢いである。相当な難役らしく、誰も意義を唱えるような気配がない。

唯一の対抗馬を挙げるとすればライアン・ゴズリングか。
とにかく対象作『ラ・ラ・ランド』には勢いがある。それにゴズリングの業界人気が凄まじい。ゴールデングローブ賞の受賞式では彼の名前が呼ばれた瞬間、嬉しさのあまりキスをするライアン・レイノルズとアンドリュー・ガーフィールドの姿がカメラに映っていた(なんでオマエらがチューすんのw)。ニコラス・ウィンディング・レフンら鬼才監督と楽し気にコラボレーションしてみれば、コメディにも出るといった具合に俳優なら誰もが羨む最強のキャリア形成である。ここで獲らなくてもいい人だが、大逆転の風は吹き始めているのでは。



【主演女優賞】
本命
イザベル・ユペール『Elle』
エマ・ストーン『ラ・ラ・ランド』
ナタリー・ポートマン『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』


泡沫
エイミー・アダムス『メッセージ』

どちらか
アネット・ベニング『20センチュリー・ウーマン』
メリル・ストリープ『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』


ノミネートされたらいいな
エミリー・ブラント『ガール・オン・ザ・トレイン』

昨年に続いて激戦部門。

注目は批評家賞で善戦しているイザベル・ユペールだろう。肝心の俳優組合賞では外様なためか候補落ちしたが、ゴールデングローブ賞をまさかの逆転受賞し、ダークホースとして存在感を増している。言わずと知れたフランスを代表する大女優。意外と(?)いい人そうなスピーチも好印象。ただし、対象作『Elle』はあの鬼才ポール・ヴァーホーヴェンの新作。外国語映画賞部門からは早くもロングリストに漏れた。批評家ウケで終わる可能性も高い。

ユペールが落ちればいよいよエマ・ストーンに風が吹く。前半戦こそナタリー・ポートマンに水を開けられたが、映画の公開と共にグングンと評価を伸ばしている。ポートマンは1度取っているし、2度目にはまだ早いのではないだろうか。

可哀そうなのは5度も候補に挙がっているのに未だ無冠のエイミー・アダムスだ。今年はトム・フォードの監督第2作『Nocturnal Animals』も好評とキャリアは絶好調であるにも関わらず、一向にオスカーチャンスは巡ってこない。長いアカデミー賞の歴史でこういう時の運に見放された人は多い。今年もノミネート記録を伸ばす所で終わってしまうだろう。同じく大ベテランのアネット・ベニングもチャンスに恵まれず、逆にオスカーに指定席を持っているかのようなメリル・ストリープに奪われる可能性が高い。

個人的にはエミリー・ブラントの名前もメンションしておきたい。
あらゆるジャンルをこなす万能女優で、対象作でもアル中演技でミステリー映画における“信用のおけない語り部”を熱演し、巧さを見せつけた。批評家賞では名前が挙がらなかったが、俳優組合賞で急浮上。これから何度もチャンスはあるだろうが、そろそろ初候補指名を受けてもいい頃合いだ。


【助演男優賞】
本命
マハーシャラ・アリ『ムーンライト』

泡沫
ジェフ・ブリッジス『最後の追跡』
ヒュー・グラント『マダム・フローレンス! 夢見るふたり』
ルーカス・ヘッジズ『マンチェスター・バイ・ザ・シー』
デヴ・パテル『LION/ライオン 25年目のただいま』


ひょっとしたら
アーロン・ジョンソン『Nocturnal Animals』

ノミネートされたらいいな
ベン・フォスター『最後の追跡』

ここも今年は退屈な部門。
前哨戦を独走した『ムーンライト』のマハーシャラ・アリで決まりだろう。昨年のホワイトオスカーの反動も追い風になるはずだ。

ゴールデングローブ賞で彼を破る番狂わせを演じたアーロン・ジョンソンは英国アカデミー賞でも候補に挙がって急上昇中。追いつけるか。


個人的メンションは『最後の追跡』のフォスター。こだわりの作品選びとアクの強い演技でメキメキと頭角を現している“ポスト・ショーン・ペン”(←筆者評)。弟と銀行強盗を繰り返す筋者のアニキ役は鮮烈だった。但し、同作からはテキサスレンジャー役のジェフ・ブリッジスが十八番芸ともいえる演技を見せていて圧倒的。票割れは避けられないだろう。


【助演女優賞】
本命
ヴィオラ・デイヴィス『Fences』

対抗
ミシェル・ウィリアムズ『マンチェスター・バイ・ザ・シー』

泡沫
ナオミ・ハリス『ムーンライト』
オクタヴィア・スペンサー『Hidden Figures』
ニコール・キッドマン『LION/ライオン 25年目のただいま』


ひょっとしたら
リリー・グラッドストーン『Certain Women』
グレタ・ガーウィグ『20センチュリー・ウーマン』


こちらもほぼ大勢が決しつつある部門。デイヴィスで決まりだろう。
本来なら『ヘルプ』で受賞すべきだった名女優である(この年、受賞したのは『マーガレット・サッチャー』のストリープだった…)。

無名の若手女優が優遇される傾向からグラッドストーンの名前も挙げておくが、未知数。
個人的にはガーウィグには当分、インディーズ映画で突っ張ってもらいたいw





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