長内那由多のMovie Note

映画や海外ドラマのレビューを中心としたブログ

『パターソン』

2023-05-25 | 映画レビュー(は)

 ニュージャージー州パサイク郡パターソンに暮らすバス運転手パターソンを主人公にしたジム・ジャームッシュ監督の2016年作は、有名無名を問わず、人間が創作とは無縁でいられないことを描いた珠玉の小品である。その行為は必ずしも外に開かれている必要はない。パターソンは運転の合間に詩を書き留めていくが、他にノートを見たことがあるのは妻だけで、彼女はしきりにこれを世に出すべきだと訴え続ける。妻はと言えば部屋の模様替えや、マーケットに出すカップケーキ作りに余念がなく、これも立派な創作行為の1つだろう。ジャームッシュはそんな2人の1週間を淡々とスケッチしていく。一見すると職場と家を往復する変哲もない毎日だが、いやパターソンは耳を澄まし、日々の中に啓示的とも言えるインスピレーションを見出している。バスを利用するパターソン市民たちの何気ない会話、行きつけのバーのマスターとの雑談。時おり起こる非日常的な事件もまたパターソンを大いに刺激する。詩作をする少女との出会いはこの映画の最も美しい場面だろう。アダム・ドライバーはそんな市井のアーティストを肩肘張ることなく自然体で演じ、『スター・ウォーズ』からインディーズの代名詞ジャームッシュ映画にまで溶け込むオルタナティブである。おっとりした妻を演じるゴルシフテ・ファラハニはイランからフランスへ亡命した気骨ある才媛だ。

 永遠にだって見ていられる本作を締めくくるのは『ミステリー・トレイン』を下車して27年、永瀬正敏である。創作行為が人生を彩り、人を突き動かす。“白紙にこそ大きな可能性がある”というセリフに、ハリウッドから遠く自身の作りたい映画を撮り続けてきたジャームッシュ老境の達観が見て取れた。2010年代ジャームッシュ映画のベストと言っていいだろう。


『パターソン』16・米
監督 ジム・ジャームッシュ
出演 アダム・ドライバー、ゴルシフテ・ファラハニ、ウィリアム・ジャクソン・ハーバー、バリー・シャバカ・ヘンリー、永瀬正敏

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