マテル社提供でバービーを実写映画化、という報せを聞いた時は臆面もないハリウッドの企画制作にゲンナリしたものだが、その後主演がリアルバービーなマーゴット・ロビーに決まり、彼女はエグゼクティブプロデューサーも兼任。ロビーのプロデュースといえば『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』にエメラルド・フェネルのオスカー脚本賞受賞作『プロミシング・ヤング・ウーマン』、NetflixのTVシリーズ『メイドの手帖』と、ラインナップを聞くだけでも“映画作家”として一本筋が通っているのは理解できるというもの。そして監督に抜擢されたのが“インディーズ映画の女王”と呼ばれ、『レディ・バード』『若草物語』で監督としての才能も発揮したグレタ・ガーウィグだ。おまけに共同脚本にはガーウィグの実生活のパートナーでもあるノア・バームバックがアナウンスされ、いよいよどんな映画か全く見当もつかなくなった。果たして映画が公開されてみれば全米では同日公開となったクリストファー・ノーラン監督作『オッペンハイマー』との相乗効果もあって、今年ナンバーワンの大ヒットを記録。ついには配給ワーナー・ブラザースの歴代興行収入記録1位作『ダークナイト』すら抜き去る歴史的大成功となった。
マテル社がこれまで発売してきた幾種類ものバービー達が暮らす“バービーランド”は、バービー1人ひとりに役割があり、彼女らの主権で成り立つ理想郷のような場所。ここでは肉体労働者から医師、物理学研究者から大統領に至るまでありとあらゆる職種が女性で占められている。では男たちは何処に行ったのか?バービー人形のボーイフレンド、という役割で開発されたケンに職業はない。サーファーボーイという設定上、常にビーチで遊ぶばかりのホームレスで、しかも彼らには性器が造形されていないから恋人関係も性交渉も存在しない。当然、ここには死という概念もなければ老いもない。しかし子どもたちの乱暴な遊びによって破壊されてしまったバービー(ケイト・マッキノン演じる)は“へんてこバービー”と呼ばれ、街の外れに追いやられている。全てが真っピンクのバービーランドはいやこれディストピアじゃないのか!?
ガーウィグとバームバックの脚本はまるで二重三重の梱包の如く用意周到だ。ひょんなことから人間世界へ向かったバービーとケンは、そこで驚くべきカルチャーギャップに直面する。人間世界は男女の立場がバービーランドと全く逆。男性上位社会にショックを受けたケンはさっそくこの思想をバービーランドに持ち込むのだが…。認められたい、愛されたいばかりに暴走していくケンの哀れは終幕、涙すら誘うほど。いやいや、そもそも虐げられ、顧みられることのない悲哀は現実で男女逆じゃん!と気付かされるところに本作のクレバーな魅力がある。演技派であるマーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリングはサマーシーズンのコメディ映画で自身のキャリアを更新する快投ぶりで、お人形さん演技に次第に血を通わせていくロビーの巧みな演技プランはもちろんのこと、『バビロン』に引き続きスクリーンに愛された泣きの芝居を堪能する映画でもある。あらゆる場面をさらうチャーミングなゴズリングは、助演エントリーならオスカーも十分に狙えそうだ。
ガーウィグの演出はあともう1本コメディをやれば、おふざけシーンも大いに弾けそうなぎこちなさがあるものの、ギャグの志向が意外やサタデー・ナイト・ライブにある事は発見だ。マテル社社長役でウィル・フェレルが降臨。近年、“俺たちシリーズ”(注:日本で勝手に名付けている)が冴えない印象のフェレルにガーウィグは最大限のリスペクトを捧げ、フェレルも胸を貸して大いに笑わせてくれる。一部で指摘されている『バービー』と『俺たちニュースキャスター』の構造的類似は頷ける話で、『シャン・チー』の百倍は楽しそうなシム・リウとゴズリングがノリノリで大暴れするクライマックスは『俺たち〜』の大乱闘シーンとまるっきり同じノリ。そういえばあの映画にはベン・スティラーも出ていた。スティラーといえばバームバックの分身とも言うべき存在。ケンにはバームバック映画特有の“自分が思っていたよりも早く大人になってしまったことへの悪あがき”も託されている。
本当の自分らしさとは地に“踵”を着けて歩いた先にあるのではないか?自分には役割もなければマーゴット・ロビーみたいな美貌もないし、歳も取りすぎてしまったと思う人も少なくないだろう。だがバービーが人間社会で最初に美しいと感じたのはバス停に座る老婆だった。彼女こそアメリカ映画界の衣装デザインの巨匠、アン・ロスである。大地に根を張り、誰にwokeさせられるでもなく、時間と共に培った知恵を持って生きることこそ、本当の自分らしさと美しさがあるのではないだろうか。
『バービー』23・米
監督 グレタ・ガーウィグ
出演 マーゴット・ロビー、ライアン・ゴズリング、アメリカ・フェレーラ、ケイト・マッキノン、シム・リウ、マイケル・セラ、ウィル・フェレル
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