エーリヒ・マリア・レマルクによる反戦小説の傑作『西部戦線異状なし』の幾度目かの映像化となる本作は、いよいよ舞台となる本国ドイツで製作された決定版とも言うべき力作だ。Netflixからリリースされた本作はすでに全米の各批評家賞を賑わせており、英国アカデミー賞では最多の14部門でノミネート。来るオスカー本番でも期待のかかる今年のダークホースだ。
ハリウッド製戦争映画にはない静謐な映像美が詩情を高め、いたずらに残酷描写をすることなく戦争の悲惨を訴える。毒ガス、戦車、航空機、火炎放射器…ありとあらゆる近代兵器が投入され、殺戮の効率化が求められた西部戦線の地獄絵図は今なお僕たちが目にする戦火と人類の愚かな残虐性そのものだ。
何より戦争が破壊したのは人間の心である。主人公ら多くの若者たちは戦争で“一旗揚げる”ことを夢見て自ら志願するが、戦地に着くや過酷な現実にすぐさま心を折られ、中にはそんな現実を直視する間もなく命を落とす者も少なくない(ピーター・ジャクソンの傑作ドキュメンタリー『彼らは生きていた』に彼らのメンタリティが詳しく収められている)。命ばかりは取り留めたものの、一生半身不随とわかった兵士が自死する場面は衝撃的だ。
映画は後方で無謀な指揮を執る司令本部の様子も並行して描いており、人間を駒のように扱う彼らの醜悪さは言うまでもなく、また一方で停戦協定締結のため奔走する使節団が豪奢な特別列車でシェフによる食事を摂る欺瞞も見逃してはならないだろう。ロシアによるウクライナ侵攻から間もなく1年を迎え、そしてこの国が“新しい戦前”に入ろうとする今、『西部戦線異状なし』は単なる古典文学の最映画化には終わらない衝撃を観る者に与え、僕たちはただただ言葉を失うのである。
『西部戦線異状なし』22・独、米
監督 エドワード・ベルガー
出演 フェリックス・カマーラー、アルブレヒト・シュッヘ、アーロン・ヒルマー、モーリッツ・クラウス、エディン・ハサノビッチ
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