ピーター・バーグ監督といえば、日本ではカルト的人気のSFアクション映画『バトルシップ』を引き合いに出されるが、そのキャリアで注目すべきは盟友マーク・ウォルバーグとのコンビ作だろう。アフガニスタンでの米兵救出作戦を描いた『ローン・サバイバー』、メキシコ湾での重油流出事故を描く『バーニング・オーシャン』、ボストン爆破テロ事件に挑む捜査機関の群像劇『パトリオット・デイ』の3本は今やハリウッドでは作られることがない、娯楽性を兼ね備えた実録社会派作品だ。パーデュー製薬から発売された鎮痛剤オキシコンチンによる“オピオイド危機”を描く新作『ペイン・キラー』は、全6話のリミテッドシリーズとしてNetflixから登場である。
スティーヴン・ソダーバーグがアメリカの直面する“麻薬戦争”を題材に、『トラフィック』を発表したのは2000年のこと。その頃、既にアメリカは内側からドラッグによって崩壊しつつあった。パーデュー製薬のオキシコンチンは医療用麻薬でありながらいとも簡単に処方され、その入手のしやすさから社会に多くの中毒者を生む。ドラマはパーデューの責任を追求する検事、パーデュー製薬を経営するサックラー家、不慮の事故によりオキシコンチンを処方された一介の労働者、そしてパーデュー製薬から多大なバックマージンを得ていた営業担当者の姿を点描し、オキシコンチンがいかにしてアメリカに蔓延していったのかを暴いていく。多くの登場人物とロケーションが交錯する様はまさに“ピーター・バーグ版『トラフィック』”で、エグゼクティブプロデューサーにはドキュメンタリー映画の巨匠アレックス・ギブニーも名を連ね、日本人には馴染みの薄いオピオイド危機の全体像を把握するにはうってつけのテキストと言えるだろう。
俳優陣も注目に値するパフォーマンスだ。今や名優となったマシュー・ブロデリックは、オキシコンチンによって一族の栄華を取り戻したサックラーを一種のサイコパスとして演じており、社会的地位にありながら道義的責任を一切感じないその姿にはここ日本の視聴者も思うところが多いはず。『バトルシップ』で主演したばかりにその後のキャリアで苦労したテイラー・キッチュは42歳を迎え、心優しい一家の大黒柱がオピオイドによって中毒者へと身を落とす様を壮絶に演じ、堅実にキャリアを切り開きつつある。金銭目当てでオキシコンチンの営業を始め、やがて良心の呵責に揺れていくウエスト・ドゥカヴニーの名前に聞き覚えがあるなと思えば、父親はモルダー捜査官ことデヴィッド・ドゥカヴニー、母親はティア・レオーニであった。そして検事役ウゾ・アドゥーバが力強いパフォーマンスでドラマを牽引している。
しかし、これだけ揃っても『ペイン・キラー』は現実の重みに相対しきれていない。シーズン後半、ピーター・バーグはリミテッドシリーズという6時間の尺をやや持て余し気味だ。説明過剰で落ち着きのない編集、そしてサックラーが先代の亡霊と対話し続けるという演出過多が、事件の深刻さと名もなき中毒者たち、遺族の苦しみに対してあまりに存在の耐えられない軽さである。バーグの実録映画は終幕に事件当事者を登場させ、テーマを丸々語らせるという手癖があるが、今回も各エピソードの冒頭、遺族のインタビューが挿入されている。被害者とパーデュー製薬の間では多額の示談が成立したものの、先ごろアメリカの連邦最高裁判所がこれをを無効化する方向で動き出した。示談によるサックラー家の存続が道義的にも許されないことが大きな理由と思われるが、そんな作品外のエピローグも含め、やや手ぬるい口当たりの軽さが気がかりであった。
『ペイン・キラー』23・米
監督 ピーター・バーグ
出演 マシュー・ブロデリック、テイラー・キッチュ、ウゾ・アドゥーバ、ウエスト・ドゥカヴニー
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