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願わくは、鳩のごとくに

2010年11月07日 | 本・雑誌・漫画
願わくは、鳩のごとくに
杉田 成道
扶桑社

内容紹介
「北の国から」「最後の忠臣蔵」演出家・杉田成道、初の著書

「北の国から」の演出家が、60歳過ぎてイクメン(・・・・)に!? ひとの繋がりが沁みる、長篇家族物語

「杉田成道さんは風情のよい男だ。風情の内情がこれほどの苦労とは思わなんだ。他人の苦労は実に面白く、おかしい。これに哀しみが降りかかっているから一級の小説だ。」 
                                        ――伊集院静
「この世に生きる者は皆、死者に見守られている。そのことの尊さを伝えてくれる物語。」
――小川洋子

<あらすじ>
「僕には、川端康成の「眠れる美女」の一場面が浮んでいた。裸の美少女が真紅のビロードに包まれ静かに眠っていて、死期を意識した老人たちが静寂の中に、それをじっと凝視している、あれである。変と言えば、まったく変であった。こんな秘密クラブのような場所で結婚披露宴をやるのも変なら、新郎五十七、新婦二十七、年齢差三十、というのはもっと変であった。」
 二〇〇一年五月。三十歳も年の離れた夫婦が誕生した。
 新郎は、国民的ドラマ「北の国から」の演出家として活躍する杉田成道。
 新婦は、銀行員から一念発起、女医の卵として医大に通う依里。
 ちょうど五十歳のとき、僕は前妻を癌で亡くした。連れ合いを亡くすことは、何よりも辛いことだった。その僕を慰めようとした食事会で、若妻となる依里と再会した……。
 その後、五十七歳で第一子、六十歳で第二子、六十三歳で第三子が誕生。
 医学生と演出家の新婚生活、子育ての、怒涛の日々が始まった。
「北の国から」をはじめとするドラマの裏側・秘話と共に、六十過ぎての子育てと、“家族”の死が、まさに「ドラマと生と死」が交錯していく。
 ――テレビドラマの現場と、乳飲み子のあいだをひとりの男が四苦八苦しながら、新たな「父親像」「家族」を作らんと奮闘する。
 しかし、そこに至るには、明治、それ以前から続く自身の家族と、亡妻の家族の「重み」があってこそのことだった。癌で急死した前妻の死、四十円だけを残して変死した従姉妹の死、義父・三木のり平の死、自ら断食を選んだ父の死、前妻の養母の死――さまざまな“家族”の想いと労苦が絡み、家族は今日も繋がっていく。

   家族とは父子の関係だけではない。人は必ず、引き継がれ繋がって形成されている。
 わたしたちは決してひとりではない。―その真実に思いを至らせる、珠玉の長篇家族物語。
内容(「BOOK」データベースより)
57歳で第一子、60歳で第二子、63歳で第三子!「北の国から」演出家の子育て家族物語。

著者について
1943年愛知県生まれ。67年フジテレビジョン入社後、主に演出家として活躍。81年より、国民ドラマ「北の国から」シリーズを手がける。98年「町」で第52回芸術祭大賞、90年「失われた時の流れを」でギャラクシー大賞受賞ほか、テレビドラマ、舞台・映画演出多数。映画監督として、2010年末に「最後の忠臣蔵」(主演・役所広司、佐藤浩市)を公開。現在、社団法人日本映画テレビプロデューサー協会会長、株式会社フジテレビジョンエグゼクティブディレクター、日本映画衛星放送株式会社代表取締役社長。

著者略歴 (「BOOK著者紹介情報」より)
杉田 成道
1943年愛知県生まれ。67年フジテレビジョン入社後、主に演出家として活躍。81年より、国民ドラマ「北の国から」シリーズを手がける。98年「町」で第52回芸術祭大賞、90年「失われた時の流れを」でギャラクシー大賞受賞ほか、テレビドラマ、舞台・映画演出多数。映画監督として、2010年末に「最後の忠臣蔵」(主演・役所広司、佐藤浩市)を公開。現在、社団法人日本映画テレビプロデューサー協会会長、株式会社フジテレビジョンエグゼクティブディレクター、日本映画衛星放送株式会社代表取締役社長(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)



子供が3人もできていたとは・・・凄い精力だ。
コメント
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