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いろはにぴあの(Ver.3)

ピアノを趣味で弾いています。なかなか進歩しませんが少しでもうまくなりたいと思っています。ときどき小さな絵を描きます。

昨日の講義ノート(前半)

2011年06月11日 | ピアノ・音楽

 昨日の岡田暁生先生の講義内容をまとめてみました。ロマン派の時代は作曲家の葛藤が見られた時代ですがまことに豊かな音楽が生まれた時代といえるでしょう。

 いわゆるクラシック音楽と言われている音楽は主に18世紀末から19世紀にかけてのヨーロッパでの芸術音楽のことをさし、音楽史ではロマン派といわれる時代に重なる。バッハはもっと前ではないか、という説もあるかもしれないが、バッハの音楽が発掘され再評価されたのは19世紀だから。その時代は歴史の中では市民革命産業革命がおこり、市民が勃興した時代である。クラシック音楽は勃興した市民のための音楽文化のはじまりとして位置づけることができそうだ。

 ロマン派の音楽にみられる特徴をあげてみる。
 まず独創性の追求とベートーヴェンコンプレックスとの闘いだ。バッハやモーツァルトの時代では、個性らしきものはみられているものの定型的なものに基づいている面が多かった。音楽家は型に収まった曲をきちんと作ることができるという職人的な技術がより求められていたようだ(この見解については異議がありそうな気がしたが、やっぱりそうなのかもしれない、と私は感じた。もっと彼らの曲をたくさん聴く必要がありそうだ)。個性をどのようにとらえるかにもよると思うが)。ところがベートーヴェンは前回自分が作った曲やほかのどの人が作った曲とも似たような曲は作らないようにし、突出した自分の個性を発揮しメッセージを伝えた。しかもベートーヴェンは自分を打ち出しながらも、ソナタ形式などのように型も作ったのだから大きな仕事を二つもしたと考えられる。彼のために彼以降の作曲家は型から解放され、自分の個性を否応なしに打ち出さなければならなくなってしまったのだ。しかしその個性というのが大変だ。どのような方向にいけばいいのか、自分で決めなければならないのにもかかわらず、その前には非常に大きなものがそびえているのだから。その後のロマン派の作曲家といわれる人たちにとっては、ベートーヴェンの作り上げた偉大な音楽文化をいかに引き継ぐか、ということが課題となった。偉大なベートーヴェンにどのように太刀打ちするか、ベートーヴェンをいかに超えるかという点において、多くの作曲家は苦闘した。そしてその結果、ロマン派の作曲家は自分の独創性を発揮した多様な方向へと向かうようになり、主に以下のように枝分かれした方向に向かった。終われない曲を作った作曲家(ワーグナー、マーラー等)、夢想空想の世界を大切にし美しき小品に向かいやすかった作曲家(シューベルト、シューマン、ショパン等)、古典的な図式を踏襲した作曲家(ブラームス等)だ。
 次に音楽の大衆化やハイテク化による、カリスマ的な存在の誕生だ。聴くと興奮状態に陥りそうな曲、演奏により高度な技術を求められる曲が作られるようになり、技術によって支えられる音楽文化が誕生した。その代表選手がリストとパガニーニだ。自分の体を機械のように鍛え上げ、その成果生じた見事な演奏で聴衆を酔わせるという世界が誕生したのがこのロマン派の時代だ。そしてリストのようなカリスマ的スーパースターが初めて登場した時代だとも言えるだろう。ちなみにリストはマイケル・ジャクソンと共通しているという見解があったが、私も賛成だ。

 ちなみに前半に述べた自由や個性の解放、というのは実は底なしのおそろしいものが含まれていた。安定から離れ、社会から疎外され、孤独と戦わなければならない。世間に対して何の役に立っているだろうと感じることが多々あった。当時の芸術家の立場はまさにそのようなものであった。そして同じような立ち位置にいると思える存在が当時の娼婦だった。ちなみに当時の娼婦は教養もあり今でいうと女優に近い存在だった(女優の社会的地位は当時は非常に低かった)。市民社会や技術が発展し、世の中からエロス的なものは排除されたように見えたが、それは表の面であり、表の面から抑圧されたように見えた人間の本質的なもの生と死、エロス的なものは裏の世界でうごめいていた。そして音楽家は娼婦と同じくそのような裏の世界を扱った人たちといえるだろう。(実際に梅毒にかかった音楽家はたくさんいる)市民社会の向こうの異界だからいかがわしいのだが、いかがわしく正統ではないがゆえに輝いてみえるのだ。だから音楽を単に美しいものだ、という一言で収めてしまってはいけないのだと感じた。そのような芸術家の話として、ホフマン物語の娼婦ジュリエッタに夢中になる詩人ホフマンの例があげられていた。あの有名なホフマンの舟歌だ。音楽は美しいがまわりの雰囲気はまことにいかがわしい。


 

 

 後半は私が疑問に感じていたことで岡田先生の講義でなるほどと感じた点から書こうと思います。