今日はお休み!ピアノの一日にしたい!と思っていたのですが、それと同じぐらいやらないといけないことが待ち構えていました。お風呂掃除です。すぐに汚れますよね、お風呂って。湿気の塊だからすぐにいらないものがやってきたりします。今回もそういう感じの汚れがあってまずいと思っていたのです。しかもお風呂って掃除しにくいですよね。すべりやすいし。実家のお風呂は床がつるつるしていたので、すべって湯船に頭をぶつけそうになったというおそろしい経験もありました。幸いそういうことはなく今に至っていますが。ごしごししていたらいやでも汗をかきます。顔から背中からどんどん汗がでてきて、水との区別がつかないような状態に。しかしおかげさまできれいになりました!
実はレッスンだったのです。今日のレッスンは、とくに「楽しき農夫」について、私を前向きにするものでした。アンサンブルの「楽しき農夫」、できていないところがある、というのは十分に分かっていたものの、練習では結構出来るようになっているような気がしてしまっていたのです。できるようになった、という明確な根拠はもちろんないのですが、少なくとも譜読みはできていますし。曲自体も本当に難しくなさそうなのです。しかしレッスンでは耳の節穴と感覚の鈍さについての指摘を受ける、という状態。レッスン内容を自らのものとして完全に吸収、フィードバックできていないまま、次のレッスンに行っているような気がしていて、まずいなと思っていたのです。
今日のレッスン内容も、やっぱり自分の耳の節穴と感覚の鈍さについての指摘と今後に向けてのアドバイスを受けたのですが、どこは気をつければすぐにできるようになるか、またどこは長期戦でいかなければならないか、というのが前よりも分かってきたような気がします。
気をつければできるようになりそうなのは譜読みの正確さ、音を聴きながら演奏すること、場面を思い浮かべること。最もどきりとした指摘は「ここの部分、音を聴いていないですね」という指摘でした。どうしてそういうことが分かるのだろう、と思いながらも、実例で示していただきました。納得。違うんです、聴いている演奏と聴いていない演奏では音が。聴いていない演奏では大切にしなければならない音もどうでもいい、という感じで無責任に冷たく突き放してしまって聴こえるのでした。
そして長期戦第一号はフォームです。その極致が「浮き雲」から悩まされてきている和音。手首の脱力とともに、内声の和音の連打の場合は指を鍵盤から離さない、上にあげ切らないということが大切だということらしいです。指を鍵盤から離さないようにしようとすると、ついつい手首に力がかかってしまうのですが。。。今日はよき例と困った例とは明らかに違う、ということが少し分かってきました。しかし分かるのとできるのとは違います。意識して練習することによって少しずつでもできるようになってくるかもしれません。
中間的な位置にあるのがフレーズかな。聴きながら丁寧に弾けば少し変わりそうなのですが、音となって現れてくれるためにはフォームも絡んできそうな気がします。(あくまでも今の私の考えですが。正確に言ったらすべての要素が別の要素に絡むのかもしれませんね)
一大収穫は「楽しき農夫」だけでもかなりの練習ができそうな気がしてきた、ということかな。もちろん他の曲もやりますが、「楽しき農夫」前よりも密度を濃くして練習しよう。
実はレッスンだったのです。今日のレッスンは、とくに「楽しき農夫」について、私を前向きにするものでした。アンサンブルの「楽しき農夫」、できていないところがある、というのは十分に分かっていたものの、練習では結構出来るようになっているような気がしてしまっていたのです。できるようになった、という明確な根拠はもちろんないのですが、少なくとも譜読みはできていますし。曲自体も本当に難しくなさそうなのです。しかしレッスンでは耳の節穴と感覚の鈍さについての指摘を受ける、という状態。レッスン内容を自らのものとして完全に吸収、フィードバックできていないまま、次のレッスンに行っているような気がしていて、まずいなと思っていたのです。
今日のレッスン内容も、やっぱり自分の耳の節穴と感覚の鈍さについての指摘と今後に向けてのアドバイスを受けたのですが、どこは気をつければすぐにできるようになるか、またどこは長期戦でいかなければならないか、というのが前よりも分かってきたような気がします。
気をつければできるようになりそうなのは譜読みの正確さ、音を聴きながら演奏すること、場面を思い浮かべること。最もどきりとした指摘は「ここの部分、音を聴いていないですね」という指摘でした。どうしてそういうことが分かるのだろう、と思いながらも、実例で示していただきました。納得。違うんです、聴いている演奏と聴いていない演奏では音が。聴いていない演奏では大切にしなければならない音もどうでもいい、という感じで無責任に冷たく突き放してしまって聴こえるのでした。
そして長期戦第一号はフォームです。その極致が「浮き雲」から悩まされてきている和音。手首の脱力とともに、内声の和音の連打の場合は指を鍵盤から離さない、上にあげ切らないということが大切だということらしいです。指を鍵盤から離さないようにしようとすると、ついつい手首に力がかかってしまうのですが。。。今日はよき例と困った例とは明らかに違う、ということが少し分かってきました。しかし分かるのとできるのとは違います。意識して練習することによって少しずつでもできるようになってくるかもしれません。
中間的な位置にあるのがフレーズかな。聴きながら丁寧に弾けば少し変わりそうなのですが、音となって現れてくれるためにはフォームも絡んできそうな気がします。(あくまでも今の私の考えですが。正確に言ったらすべての要素が別の要素に絡むのかもしれませんね)
一大収穫は「楽しき農夫」だけでもかなりの練習ができそうな気がしてきた、ということかな。もちろん他の曲もやりますが、「楽しき農夫」前よりも密度を濃くして練習しよう。
ちょうど今弾いている献呈にも出てきます。
あ、これは内声とは言わないのかな?
伴奏というのかも(汗)
ともかく・・・鍵盤から指を離さないというのもわかるのだけど、力が入りますねえ。
お手本の音を聴くとその感触が手に伝わってきてなるほどとも思うのですが、実際に鍵盤に置いてみるとそんなに簡単にはいかないです。
ここを克服すると随分良くなるだろうということもわかるのになぜ出来ない???とよく思います。頑張りましょう!
和音の連打、後半にたくさんでてきますよね。献呈の場合、曲を弾くだけでも大変なのに、このような要素がたくさん入っていて本当に大変ですよね。鍵盤から指を離さない、というだけならできるのですが、いらないところに力が入ってしまいやすいですよね。分かるところにまでもなかなかいかなかったのですが、今日ちょっとなるほど!と思えたような気がしました。しかしいざ鍵盤に手を置いてみると。。。手首に力が入っているか指がふにゃふにゃかまたは指が鍵盤から外れるか、のどれかをやっているみたいです。献呈よりもずっと弾きやすい曲でもこういう状態です。
私にとっても和音の連打、分かっているのになぜ出来ない???のトップにきているような気が(汗)意識しながら地道にやっていくのが一番かもしれませんね。