実在の天才数学者の物語。 何年も前に劇場公開されていた時、「すごく興味のある題材だわ。ぜひ、観たい}と思っていたのに、その機会がないままだったので、ようやく観ることができてとても嬉しいです。
学者の栄誉として、最高峰と言えるノーベル賞にも輝いた数学者、ジョン・ナッシュ。だが、彼は統合失調症の幻覚に苦しめられ、天才と狂気は紙一重という通説をそのままの人生を生きてきました。
これだけでも、物語としての興味はますのですが、このジョン・ナッシュという人物像がかなり特異。小川洋子さんの小説「博士の愛した数式」でも、ごく短期間しか記憶を保てない元数学者と家政婦の女性との交流が描かれていますが、数学者というのは、世間とは大きなずれを抱えた人物が多いのでしようか。
ナッシュ自身、「僕は単刀直入にしか物が言えないんだ。それに他人と話すというだけで、一苦労なんだ。人が好きでないし、人も僕を嫌う」などと、平然と言ってのけたりします。
だから、若き日在籍した、プリンストン大学でももちろん、一人浮いた変わり者。そんな彼にも、温かな友情を示してくれるルームメートの友人、チャールズがいて、時にはそれが彼の救いともなります。
他の学生のように講義にも出席せず、論文も書かない。しかし、独自の論証を巡らしていきながら、「ゲーム理論」や「リーマン予想」などの輝かしい数式を打ち立てるナッシュ。だが、そんな日々の中、彼は国防省のパーチャーという男から、ロシアからの秘密の暗号を解読してくれと頼まれることになります。
これが、機縁で政府の秘密機関の一員として暗号解読に携さわることに。
その一方、極端な変わり者ナッシュにも、春(?)が訪れて愛する女性アリシアと結婚。かつての友人チャールズが、小さな姪を連れて現れたりもします。
だが、秘密の任務に携わっているという極度の緊張は、ナッシュの神経をすり減らすこととなり、ある日ついに精神病院へ措置入院させられることに。
そして、その時驚愕の事実が、アリシアに伝えられます。
何と、ナッシュが暗号解読の任務に携わっていたというのは、まったくの幻想だったということ。国防省のパーチャーという男も、友人のチャールズも架空の存在で、すべてはナッシュの妄想だったのでした。
ここで、私達観客も唖然としてしまうのですが、妻のアリシアが「そんな……ジョンは、チャールズのことをとってもいい友人だと言っていたわ」というのに、「では、実際にチャールズに会ったことはありますか?」と聞く精神科医。
「プリンストンのルームメートだったと言っていますが、ナッシュ氏は当時、一人部屋だったという記録が残っています」とも。ここまで来れば、怪奇小説とか幽霊談じみてきて、怖いですね。
そして、ナッシュが暗号を解読していたという仕事部屋に行ってみると、アリシアの前にあったのは壁じゅうに貼られた雑誌の切り抜きと、切り抜きのところどころに引かれた線、気味の悪い数学的図形のテープ。
そこから、天才ナッシュの幻覚との闘いが始まるというわけですが、驚かされるのは数学者であるはずのナッシュの、小説家顔負けの想像力。幼い姪を連れて遊びに来る友人や、国防省のパーチャーという男も血肉を備えた人間以上といえる、リアリティーがあるのです。
少年時代からの深い孤独が、こうした妄想を育み、ついにその心を食い破ったという解釈もなされるのですが、やはり救いとなったのは、ノーベル賞受賞という輝かしい栄誉よりも、彼を見放すことのなかったアリシア夫人の愛情だったはず。
実在のナッシュは、晩年に近くなって精神的病から回復したそう。高度な数学理論を構築する緻密な頭脳と、妄想という狂気――人間とは、本当に深いものだと思います。