宗教施設へ赴く日がきた。
出がけにヤエさんから電話があり
さっき、姑さんが転んで骨折したので
行けなくなったと言うではないか。
私はその報告を喜び、さっそくダイちゃんに電話をする。
「だから今日は行きません」
するとダイちゃん、こともなげにおっしゃる。
「じゃあ今日は4人だね!」
「いや…ヤエさんが行けなくなったので私達も行かないと…」
「もう準備してるから来てよ、頼むよ」
許されませんか…やっぱり。
ダイちゃんははっきり言わなかったが
誰か行かないと、顔が立たない状況らしい。
ヨシコさん…あんたも骨一本、どうですか?
しばし待ってみたが、義母ヨシコに骨折の気配は無さそうなので
仕方なく4人で出かけた。
若いという理由で、逃げようと思えば逃げられるものを
休みを棒に振って付いて来る息子達がけなげであった。
申し訳ないと言うと、彼らは真面目な顔で答えるのだった。
「今日は逃げられたとしても、また言ってくるのはわかってる。
ダイちゃんと仕事をする限り、逃げきれない。
これも営業」
営業営業と言いながら、高速で1時間、施設に到着。
我々の仏頂面とは反対に
ダイちゃんは満面の笑みで待っていた。
宗教臭のしない近代的な建物は
ものすごくお金がかかっていそう。
つまり献金や寄付金の類いが、かなりいりそう。
言われるまま、一通り儀式をこなす。
真面目くさってお経みたいなのを唱え
風変わりなお辞儀を繰り返すダイちゃんや教団の人達を見て
子供達はプッ…クスクス…と小さく笑う。
これ、とか言いながら、やはりニヤつく私であった。
儀式が終わると、ダイちゃんに案内されて個室へ移動。
そこには川崎さんと名乗る、私よりちょっと年上の
ごく普通のご婦人が待っていた。
「勉強して試験を受けて、資格を取った人しか
話はできない決まりなんだ。
家内もその資格を持っているんだよ」
事前に説明された通り、ダイちゃんは何も言わない。
川崎さん、本人的にはユーモアを交え
宗教の由来や教祖の人となりをお話してくださるが
そもそも乗り気でなく、事故に近い経緯で
ここに来た我々の反応は、今ひとつであった。
ずっと宗教活動だけしてきた女性って、社会的経験値が低い。
世間でもまれた経験は少ないのに、情報と理屈だけは日々取り込むので
知ったかぶりの頭でっかちという印象はぬぐえない。
「私はママ友に仲間はずれにされたことがあって…」
「父が早く亡くなったので、祖母に育てられて苦労しました」
なんて言われたって、それが何か?としか思えないじゃないか。
今は亡き教祖に代わって、教団を引き継いだ娘さんが
世界ナントカ平和会議に出席された時のお写真とやらを
得意そうに見せてくださるが、ナントカ会議のメンバーより
教祖のお嬢様の高そうな着物と帯のほうに着目する私。
世襲制なのはオイシイから…
うちの子や社員が必死で働くからこそ手にできる貴重な金で
この女を飾ってやらんでもええわい。
我々の無反応に困った川崎さん、今度は質問形式に切り替える。
「皆さんの一番怖いものって何ですか?
私は泥水が怖いんですよ。
前世では田んぼに埋まって死んだのかもしれません」
川崎さんはそう言う。
あんたの前世なんか知るか。
じゃあ蛾が怖い私は、モスラに襲われて死んだんだろうよ。
一番怖いもの…この質問は夫に振られた。
夫、無言で私を指差す。
爆笑する我ら一家。
しかし川崎さんは、このような反応はお初だったらしい。
しばしうろたえた後、おもむろにこう述べた。
「大丈夫です。
この信仰を始めれは、本当の幸せが手に入りますよ。
家長であるお父さんが決心すれば、家族が幸せになれるんです」
家族の幸せなんか考えたこともない男に
そんなことを言ったって無駄だ。
川崎さんの無駄球はなおも続く。
さっきの指差しで、彼女の興味をそそってしまった夫は
集中攻撃を受ける羽目となったのだ。
そのうちダラダラと脂汗をかき始める夫。
川崎さんはそれを見て「先祖が喜んでいる」と言うが
それは違う。
長時間じっとしていることが、夫には拷問なのであった。
《続く》
出がけにヤエさんから電話があり
さっき、姑さんが転んで骨折したので
行けなくなったと言うではないか。
私はその報告を喜び、さっそくダイちゃんに電話をする。
「だから今日は行きません」
するとダイちゃん、こともなげにおっしゃる。
「じゃあ今日は4人だね!」
「いや…ヤエさんが行けなくなったので私達も行かないと…」
「もう準備してるから来てよ、頼むよ」
許されませんか…やっぱり。
ダイちゃんははっきり言わなかったが
誰か行かないと、顔が立たない状況らしい。
ヨシコさん…あんたも骨一本、どうですか?
しばし待ってみたが、義母ヨシコに骨折の気配は無さそうなので
仕方なく4人で出かけた。
若いという理由で、逃げようと思えば逃げられるものを
休みを棒に振って付いて来る息子達がけなげであった。
申し訳ないと言うと、彼らは真面目な顔で答えるのだった。
「今日は逃げられたとしても、また言ってくるのはわかってる。
ダイちゃんと仕事をする限り、逃げきれない。
これも営業」
営業営業と言いながら、高速で1時間、施設に到着。
我々の仏頂面とは反対に
ダイちゃんは満面の笑みで待っていた。
宗教臭のしない近代的な建物は
ものすごくお金がかかっていそう。
つまり献金や寄付金の類いが、かなりいりそう。
言われるまま、一通り儀式をこなす。
真面目くさってお経みたいなのを唱え
風変わりなお辞儀を繰り返すダイちゃんや教団の人達を見て
子供達はプッ…クスクス…と小さく笑う。
これ、とか言いながら、やはりニヤつく私であった。
儀式が終わると、ダイちゃんに案内されて個室へ移動。
そこには川崎さんと名乗る、私よりちょっと年上の
ごく普通のご婦人が待っていた。
「勉強して試験を受けて、資格を取った人しか
話はできない決まりなんだ。
家内もその資格を持っているんだよ」
事前に説明された通り、ダイちゃんは何も言わない。
川崎さん、本人的にはユーモアを交え
宗教の由来や教祖の人となりをお話してくださるが
そもそも乗り気でなく、事故に近い経緯で
ここに来た我々の反応は、今ひとつであった。
ずっと宗教活動だけしてきた女性って、社会的経験値が低い。
世間でもまれた経験は少ないのに、情報と理屈だけは日々取り込むので
知ったかぶりの頭でっかちという印象はぬぐえない。
「私はママ友に仲間はずれにされたことがあって…」
「父が早く亡くなったので、祖母に育てられて苦労しました」
なんて言われたって、それが何か?としか思えないじゃないか。
今は亡き教祖に代わって、教団を引き継いだ娘さんが
世界ナントカ平和会議に出席された時のお写真とやらを
得意そうに見せてくださるが、ナントカ会議のメンバーより
教祖のお嬢様の高そうな着物と帯のほうに着目する私。
世襲制なのはオイシイから…
うちの子や社員が必死で働くからこそ手にできる貴重な金で
この女を飾ってやらんでもええわい。
我々の無反応に困った川崎さん、今度は質問形式に切り替える。
「皆さんの一番怖いものって何ですか?
私は泥水が怖いんですよ。
前世では田んぼに埋まって死んだのかもしれません」
川崎さんはそう言う。
あんたの前世なんか知るか。
じゃあ蛾が怖い私は、モスラに襲われて死んだんだろうよ。
一番怖いもの…この質問は夫に振られた。
夫、無言で私を指差す。
爆笑する我ら一家。
しかし川崎さんは、このような反応はお初だったらしい。
しばしうろたえた後、おもむろにこう述べた。
「大丈夫です。
この信仰を始めれは、本当の幸せが手に入りますよ。
家長であるお父さんが決心すれば、家族が幸せになれるんです」
家族の幸せなんか考えたこともない男に
そんなことを言ったって無駄だ。
川崎さんの無駄球はなおも続く。
さっきの指差しで、彼女の興味をそそってしまった夫は
集中攻撃を受ける羽目となったのだ。
そのうちダラダラと脂汗をかき始める夫。
川崎さんはそれを見て「先祖が喜んでいる」と言うが
それは違う。
長時間じっとしていることが、夫には拷問なのであった。
《続く》