殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

当惑・4

2014年05月06日 20時12分27秒 | みりこんぐらし
川崎さんの夫への質問はなおも続く。

今度はテーブルの下からパネルが出てきた。

天国、中間、地獄と書かれ

それぞれに0から100までの目盛りがある。

「お父さんは、今どの位置にいると思ってますか?」


夫、迷わず地獄の一番下にある0の目盛りを指差す。

さっきウケたので、また調子に乗ったのだ。

しかし長時間じっと座って動けない今の苦しみは

彼にとって、まさに地獄ともいえよう。


「つらいんですね?ね?」

川崎さんは満足そうである。

「この苦しみから、抜け出したいんですよね?」

夫が心底抜け出したいのは、この部屋であろう。


「あ…いや…その…僕は…」

夫は撤回を試みたが、張り切った川崎さんの言葉に

かき消されてしまった。

「この信仰を始めると決心すれば、それだけで魂が30段階上がります。

ゲタを履かせてもらうと、天国が近づきますよ」


それを聞いて、プッと笑いそうになった私を

川崎さんは見逃さなかった。

「ゲタ、面白かったですか?」

「いやぁ…魂がたとえ30段階上がったとしても

やっぱり同じ地獄の30丁目で

地獄には変わりないと思っただけです」


川崎さんは、ちょっとムッとしたらしい。

「奥さんに、きついこと言っていいですか?」

とおたずねになる。

「どうぞ」

「夫婦というのは絶対に、同じ場所に居るものなんですよ。

ご主人が地獄に居るとおっしゃる限り、奥さんも地獄の住人なんです」

「ああ、そうですか」

「親が地獄だったら、子供も地獄なんですよ。

地獄から抜け出して、地上天国に導いてあげたいと思いませんか?

お子さんから不幸を取り除いてあげたいと思いませんか?

親御さんのことで、大変だったんですよね?

今何とかしておかないと、これ、代々続きますよ」

代々も何も、まだ嫁も孫もいないんだから

続くかどうかもわからないのだが

川崎さん、どうしても我々が不幸でないと困るらしい。


ま、不幸といえば不幸かもしれない。

よそのおばさんに不幸と決めつけられ

気の進まないことをやれと責め立てられるんだから

地上天国どころか、地上地獄だ。

その地獄を人に与えているとはみじんも思わず

正しい行いと信じていることこそ、地獄の鬼の所業であろう。


「親の失敗や介護が、不幸とは思いません。

そのおかげで○○部長(ダイちゃんのこと)とも

お会いできましたし、充分幸せと思っているんですが」

「それは本当の幸せを知らないからですよ。

絶対安心の地上天国を知れば

自分がいかに不幸で愚かだったかに気がつきます。

同じ一生なら、幸せの道を歩きたいと思いませんか?」

「さあ…なにしろ愚かなので…」


夫は脂汗も出尽くし、顔色が蒼ざめて息が荒くなっている。

彼の地獄も限界に達していた。

子供達も退屈そうなので、私は勝手にクロージングに入る。

「今日はいいお話を聞かせていただいて、ありがとうごさいました。

こちらにうかがったことで

◯◯部長(ダイちゃんのこと)のご厚情に対する義理は

はたしたつもりです。

足りないと言われれば、信仰以外の忠誠で

お返ししていきたいと思います」


「いや、僕は足りないなんて、思ってないよ」

ダイちゃん、ここで初めて口を開く。

「幸せになってもらいたいんだ」


「ぶっちゃけ、いくらかかるんです?」

私は彼らに問うた。

そこでまた長々と説明があり、結局のところ

入信するには1人数万円、家族4人で10数万円かかるという話だ。

それで永代込みではなく、やはり寄付や献金が

年がら年中必要らしい。


「お金がありません」

「大丈夫です。

思い切って出したら、どこからか必ず戻ってきます」

「戻る前に飢え死にしたら、どうするんです?」

「じゃあ1日100円ずつ貯めたら?

努力していればおチカラがはたらいて、早く貯まりますよ」

川崎さんはあわれみの目で私を見た。

今度は不幸の上に、貧乏の称号もつけてくれたようだ。


「病気の母が1人で待っていますので、これで失礼させていただきます」

この常套手段を使用して、立ち上がる我々。

「お金が貯まって、またここでお会いできるのを楽しみにしていますよ」

とりあえずここで解放され、ほうほうのていで逃げ帰った。


《続く》
コメント (4)
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