殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

当惑・5

2014年05月07日 21時51分06秒 | みりこんぐらし
「あのおばさん、アオい」

「うん、アオい」

帰り道、子供達は言う。


「ダイちゃん、また言ってくるだろうなぁ」

「世話になってるけど、こればっかりはなぁ」

「困った困ったこまどり姉妹」


「案ずるな」

私は言う。

「100円貯金が貯まるまでに、1年ちょっとかかる計算になる。

まだ貯まりませんと言っておけばいい。

どうにもならなくなったら、パパを渡そう」

夫は運転しながら「無理!」と叫ぶ。


「無理だって」

「案ずるな」

私は再び言う。

「うちらは確かに困ってるけど

逆に言うと、うちらはダイちゃんの秘密を握っとるんじゃ。

そう無体なことはできない」


「秘密を知るオレらを何が何でも入れたがる気がするけど」

「案ずるな」

私は三たび言う。

「こういう時のために、別の道を準備中じゃ」


親会社に身をゆだねた今の安定が

未来永劫続くとは、最初から思っていない。

ダイちゃんが宗教の話を初めてした4月某日

我々夫婦は一つの潮時を感じたものであった。

一本の木に寄りかかり、傷めた羽を休める期間は終わったのだ。


自営業において、メシの種を一本に絞ることの危うさは

義父アツシの会社の廃業騒ぎで骨身に沁みていた。

20数年前、アツシは取引先を一部上場企業の一社に絞った。

つかの間の羨望と安泰を得た後

相手側の責任者交代や経営方針の変化、ライバルの出現で

見る見る先細りになったのを目の前で見てきたのだ。

他の取引先を小口と軽んじてきたため

減った売り上げを補填できるような話は訪れなかった。


アツシは、その企業に取り入って仕事を得たのではない。

郊外に万坪単位の工業用地を買って地方工場を誘致し

大家として、材料供給を一手に引き受けた。

大口の株主にもなった。

つまり最初は対等な立場であった。

それでもこうなってしまうのだ。

一本化は自分の首を締める…我々は肝に銘じていた。


とはいえ頭の悪い我々は

安易な独立や、華麗なる転身なんか狙わない。

現状維持のまま、いろんな話にちょっと絡んでおけば

あとは賢い人達がどうにかしてくれる。

そうやって日頃から、選択肢を増やす活動をしてきた。


今、メシの種の中から一つの芽が育とうとしている。

その発芽の数日後、ダイちゃんの秘密を知った。

発芽と引き換えに、家族みんなが大好きだった

あのダイちゃんから卒業する事態が起きたように思う。


メシの芽から、どんな花が咲くのかはまだわからない。

本社が喜ぶ規模に育ったら、話を振って恩を返すもよし

それほどでもなければ、家族4人のうちの誰かが行くもよし

途中で枯れてもかまわない。

元々、失うものは何も無いのだ。


「だから、ここしか生きる道が無いなんて思って

自分を追い詰めないように。

いい?明日から、おじいちゃんは危篤よ。

おばあちゃんも具合が悪くなるの。

だから私達は、ダイちゃんに呼び出されても行けない。

わかったね?」

そう言う私の顔をまじまじと見て、子供達はつぶやくのであった。

「クロい…」。

《完》
コメント (10)
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