呆然と岡野さんを見送った後、夫は気を取り直して彼の会社に電話した。
岡野さんが移動中のうちに
会社の人と話して真相を確かめるという夫なりの配慮だ。
「うちの墓のことで、さっき社長に来てもらったんだけど
話にならないまま帰っちゃった」
電話に出た事務員は「やっぱり…」と言った。
「ご迷惑をおかけしました。
このところ、認知症が出始めてるみたいで…」
しかし案ずることはなかった。
家の仕事を手伝いながら、よその石材店で修行していた息子さんが
近いうちに会社を引き継ぐ予定になっているという。
「今後は二代目が対応しますので、連絡は社長の携帯へ直接かけずに
会社の方へお願いします」
そう聞いて安堵する我々であった。
30代後半の二代目は、修行中の石材店をまだ退職していないということで
週末になって家に来てくれた。
外でもまれているからか、穏やかで話しやすい子だ。
お父さんよりずっと感じがいいので、我々一同はさらに安堵する。
彼は次週、見積りを持って来ることになり
我々には墓石チェーンの方を断るのと
洋子ちゃんとの売買契約が宿題として残った。
ヨシコはさっそく墓石チェーンのイケメンセールスに断りの電話をし
その後、洋子ちゃんに電話する。
「墓石が決まったんだけど、墓地の方の契約書はできてる?」
村井さんが一区画買いたいと言った時
すぐに二軒分の契約書を作ると言っていたからだ。
「それがね…お姉さん…」
洋子ちゃんは歯切れが悪い。
「うちの旦那が入院したり、大阪の叔父が死んで葬式に行ったりで
延び延びになっているうちに、村井さんが…」
村井さんは別居している息子や娘と一緒に
改めて墓地を見に行ったという。
おそらく我々と同年代であろう村井さんの息子さんは
「うちが買う墓地の方が狭い」と言い出した。
村井さんは自分の墓地の隣を買いたい。
よって、うちの墓地は必然的にその隣ということになる。
ヨシコが買う予定の墓地は端っこになり
そのためかどうかは知らないが、幅は同じでも奥行きが30センチほど長いのだ。
村井の息子は「これで同額なら、うちが損する」と主張しているらしい。
二区画で85万とは聞いていたものの
一区画ずつ分けた場合の金額は、後回しになっていた。
家族で見に行った時、片方がちょっと広いのはわかっていたので
洋子ちゃんの言うまま、余分に支払うつもりだった。
ヨシコはそれを伝えたが、洋子ちゃんは
「それじゃ解決しないのよ」
と言う。
村井の息子が言うには
「測量し直して、そっちの奥行きが広い分、幅を狭くしてもらって
区切りの石を動かしてもらって、きっちり半分こにして欲しい」
という意見を曲げないそうだ。
「うちの墓を長細くしろってことっ?
うなぎの寝床じゃあるまいし!
思い通りにできるもんですかっ!
その測量や石を動かすお金は誰が出すっていうのっ?」
ヨシコ、いつになく冴えている。
「それはお姉さんが墓を建てる時、ついでにやってもらったら
安く済むんじゃないかって、村井さんの息子が…」
「最初に話が来たのは私よ!
後から言い出して、それは無いんじゃないのっ?」
「でも村井さんの息子が…」
洋子ちゃんの困り果てたソプラノが、電話から漏れ聞こえてくる。
「なによ!息子息子って!
息子は村井さんとこだけにいるんじゃないわよ!
うちにもいるんだからねっ!」
いいぞ!ヨシコ!
やったれ!ヨシコ!
「じゃあお姉さん、別の所にする…?」
洋子ちゃんは最後通告を出した。
彼女にとっては、常識とか、先や後の問題ではない。
田園地帯に住む洋子ちゃんにしてみれば
遠い昔に親しかった人よりも
今現在、車であちこち連れて行ってくれる友達の方が、百倍大切だ。
村井さんの言うことを聞く聞かないは、彼女にとって死活問題なのだ。
「うちだって息子に相談するっ!
あの子も黙っちゃいないわっ!」
そう言って電話を切ったヨシコは、また遺影の前でさめざめと泣くのだった。
肝心のその息子、ヨシコに相談されて困ったご様子。
「面倒臭いから、別の墓地を探そう」
と言い、心当たりの人に問い合わせをする。
私も叫んだ。
「あーだらくされゲドウらとじいちゃん並べちゃらんでええけん!
もうよがんす言うとき!」
訳…あんなひどい人達とお義父様を並ばせなくてよろしくてよ。
もうけっこうですとお伝えくださいませ。
こんなに腹を立てたのは何年ぶりだろうか。
この数年、老人と暮らす“ちょこちょこチクチク”の刺激ばかりだったので
純粋な怒りは清々しいものだと思い出した。
ともあれ、はっきりしているのは
墓石が決まった途端、墓地が消えたことである。
(続く)
岡野さんが移動中のうちに
会社の人と話して真相を確かめるという夫なりの配慮だ。
「うちの墓のことで、さっき社長に来てもらったんだけど
話にならないまま帰っちゃった」
電話に出た事務員は「やっぱり…」と言った。
「ご迷惑をおかけしました。
このところ、認知症が出始めてるみたいで…」
しかし案ずることはなかった。
家の仕事を手伝いながら、よその石材店で修行していた息子さんが
近いうちに会社を引き継ぐ予定になっているという。
「今後は二代目が対応しますので、連絡は社長の携帯へ直接かけずに
会社の方へお願いします」
そう聞いて安堵する我々であった。
30代後半の二代目は、修行中の石材店をまだ退職していないということで
週末になって家に来てくれた。
外でもまれているからか、穏やかで話しやすい子だ。
お父さんよりずっと感じがいいので、我々一同はさらに安堵する。
彼は次週、見積りを持って来ることになり
我々には墓石チェーンの方を断るのと
洋子ちゃんとの売買契約が宿題として残った。
ヨシコはさっそく墓石チェーンのイケメンセールスに断りの電話をし
その後、洋子ちゃんに電話する。
「墓石が決まったんだけど、墓地の方の契約書はできてる?」
村井さんが一区画買いたいと言った時
すぐに二軒分の契約書を作ると言っていたからだ。
「それがね…お姉さん…」
洋子ちゃんは歯切れが悪い。
「うちの旦那が入院したり、大阪の叔父が死んで葬式に行ったりで
延び延びになっているうちに、村井さんが…」
村井さんは別居している息子や娘と一緒に
改めて墓地を見に行ったという。
おそらく我々と同年代であろう村井さんの息子さんは
「うちが買う墓地の方が狭い」と言い出した。
村井さんは自分の墓地の隣を買いたい。
よって、うちの墓地は必然的にその隣ということになる。
ヨシコが買う予定の墓地は端っこになり
そのためかどうかは知らないが、幅は同じでも奥行きが30センチほど長いのだ。
村井の息子は「これで同額なら、うちが損する」と主張しているらしい。
二区画で85万とは聞いていたものの
一区画ずつ分けた場合の金額は、後回しになっていた。
家族で見に行った時、片方がちょっと広いのはわかっていたので
洋子ちゃんの言うまま、余分に支払うつもりだった。
ヨシコはそれを伝えたが、洋子ちゃんは
「それじゃ解決しないのよ」
と言う。
村井の息子が言うには
「測量し直して、そっちの奥行きが広い分、幅を狭くしてもらって
区切りの石を動かしてもらって、きっちり半分こにして欲しい」
という意見を曲げないそうだ。
「うちの墓を長細くしろってことっ?
うなぎの寝床じゃあるまいし!
思い通りにできるもんですかっ!
その測量や石を動かすお金は誰が出すっていうのっ?」
ヨシコ、いつになく冴えている。
「それはお姉さんが墓を建てる時、ついでにやってもらったら
安く済むんじゃないかって、村井さんの息子が…」
「最初に話が来たのは私よ!
後から言い出して、それは無いんじゃないのっ?」
「でも村井さんの息子が…」
洋子ちゃんの困り果てたソプラノが、電話から漏れ聞こえてくる。
「なによ!息子息子って!
息子は村井さんとこだけにいるんじゃないわよ!
うちにもいるんだからねっ!」
いいぞ!ヨシコ!
やったれ!ヨシコ!
「じゃあお姉さん、別の所にする…?」
洋子ちゃんは最後通告を出した。
彼女にとっては、常識とか、先や後の問題ではない。
田園地帯に住む洋子ちゃんにしてみれば
遠い昔に親しかった人よりも
今現在、車であちこち連れて行ってくれる友達の方が、百倍大切だ。
村井さんの言うことを聞く聞かないは、彼女にとって死活問題なのだ。
「うちだって息子に相談するっ!
あの子も黙っちゃいないわっ!」
そう言って電話を切ったヨシコは、また遺影の前でさめざめと泣くのだった。
肝心のその息子、ヨシコに相談されて困ったご様子。
「面倒臭いから、別の墓地を探そう」
と言い、心当たりの人に問い合わせをする。
私も叫んだ。
「あーだらくされゲドウらとじいちゃん並べちゃらんでええけん!
もうよがんす言うとき!」
訳…あんなひどい人達とお義父様を並ばせなくてよろしくてよ。
もうけっこうですとお伝えくださいませ。
こんなに腹を立てたのは何年ぶりだろうか。
この数年、老人と暮らす“ちょこちょこチクチク”の刺激ばかりだったので
純粋な怒りは清々しいものだと思い出した。
ともあれ、はっきりしているのは
墓石が決まった途端、墓地が消えたことである。
(続く)