殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
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墓騒動・5

2015年10月15日 10時39分07秒 | みりこんぐらし
「譲り墓(ゆずりばか)は良くないのよ」

友人のラン子が、以前言ったことがあった。

浮世のことは疎いのに、こういうことには妙に詳しい人がたまにいる。

ラン子もその一人だ。


彼女によれば墓地を買う時は、先祖もそのつもりになっているそうだ。

それを人に譲ったら、そのつもりになっている先祖が戸惑うので

ゴタゴタが起きやすいという。

マンションを買ったら、別の人が住んでいたような気分なんだろうか。


わたしゃ、あの世の人達の気持ちは知らないけど

現世に生きる者として、シロウト同士の墓地売買を警戒していた。

20年ぶりに突然来たかと思えば、墓地を買えと言える洋子ちゃんが…

昔と変わらず、ちゃっかりとのん気が同居する洋子ちゃんが…

太り過ぎで歩くのもままならない75才の後期高齢者、洋子ちゃんが…

ちゃんと動いて契約を行ってくれるかどうかを疑っていたのだ。

譲り墓が良くないというのは

シロウトが契約を交わす危うさから来ているのかもしれない。



洋子ちゃんから墓地の話があった時、私の抱く懸念をヨシコにやんわりと話し

「だから慎重に」と進言した。

するとヨシコは、ものすごい剣幕で怒ったものだ。

「あの子は昔から、妹のような子よ!

この私に向けて、いい加減なことをするわけないじゃないの!

気に入らないんなら、あんたはお参りしてくれなくてけっこう!

大儲けでも何でもして、好きな所へ立派な墓を建てればいいでしょ!」


その“妹のような子”に、いい加減なことをされたヨシコの悲しみは深かった。

こんな時は恒例の行事…「寝込む」。

心配した夫は、あっちの墓地、こっちの霊園と情報を集めるが

帯に短しタスキに長し。

「ヨシコの父親の故郷」という条件を超えられる所は無かった。


寝たり起きたり泣いたりのヨシコに

再び洋子ちゃんから明るい声で追い打ちがかかる。

「村井の息子さんが、墓地の境界線の仕切り石を一つ分だけ動かしてくれれば

それでいいからって。

仕切り石は、ほんの10センチぐらいでしょ。

お姉さんの墓地の幅を10センチだけ狭くしてくれればいいそうよ」


一瞬、絶句するヨシコ。

それでもようよう、私との打ち合わせ通りに言った。

「息子夫婦はね、すごく怒ってるわよ!」

「本当?あっちの言い分を伝えなきゃよかったわねえ」

「そうよっ!全部言うからよ!本来なら、あんたの所で止まる話よ!」

文句を言っているうちに、元気になってきたヨシコであった。

ウダウダ言っていても仕方がないので

双方がそれぞれ岡野石材に相談することにして、電話は切られた。


この時点で、私は完全にキレた。

「引かん!」

そう決めた。

引かないが、進みもしない。

のらりくらりと、このままずっと引っ張ってやる。

あっちがしびれを切らして、またバカなことを言ってくるのを待って笑ってやる!


が、翌日になって、少し冷静になった。

突き詰めればこの怒りは

村井さんや洋子ちゃんに向けられたものではないような気がする。

我が社と同業である「アキバ産業(仮名)」

この会社が関係しているのであった。



昭和40年代初頭

アツシの会社とアキバ産業は、同じ頃に同じ仕事を開始した。

港が不可欠の業種なので、会社も隣だ。


ライバルの二社は建設ブームに乗り、それぞれに大きくなっていった。

最初の頃はアツシの方が優勢だったが、バブル期にさしかかると

接待が得意なアキバ社長に、次々と大口取引先を奪われた。

以後、ライバルというより潰し合いの関係になった。


アキバの社長は強烈な負けず嫌い。

アツシの会社に仕事があってアキバに無い時

自社の車両をカラで走らせてパフォーマンスをするのは有名な話で

仕事先でも、社員を使って邪魔をすることがよくあった。

当然ながら二社の社長と家族はもちろん

社員同士も仲が悪く、お互いに仇として昭和平成を過ごした。


村井さんのご主人は生前、このアキバ産業に長年勤めた

社長の腹心であった。

その妻が、うちとアキバの関係を知らないわけがない。

洋子ちゃんを車に乗せてうちへ連れて来た時も

最初は家に上がろうとせず、「外の車で待つ」と頑なに辞退した。

「私はアキバ側の人間だから」とも言った。

仇の認識が続いているのだ。


「長くなるから」と説得し、ようやく家に上がった村井夫人。

「主人はもういないんだから、同じ未亡人として仲良くしましょうね」

ヨシコが言うと、ホッとした表情になった。

友達の足になってやるような人だから、気さくで明るい人だった。


それが、後になったらこれだ。

向こうの方が広いから狭くしろだの、石を動かしてくれればいいだの

後から参入しておきながら平等を振りかざし

自分が得をすることしか言わない手口が

アキバ産業とそっくりな所に、私は怒りを感じていたのだった。


墓地は市内にたくさんあるというのに

なんでたまたまアキバ産業の関係者と隣り合わせになり

会社と同じくゴタゴタするのか。

この事実が、私にとっての「いわゆる呪い」という部類であった。

(続く)
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