衣装はできあがっても、帽子の方は手つかず…
私は焦った。
ものすごく考えたし、人にもたずねて回ったが、さっぱり。
やがて私は決心する。
「先生やみんなにできませんと謝って、帽子は無しにしてもらおう!」
交渉が難航した場合に備え、第二案も準備した。
どうしても頭に何か乗っけたいのであれば
カッパの皿状の土台の上に、フェルトでこしらえた葉っぱや木の実を盛って
やんごとなきご身分の方のかぶられる、お帽子状の物をこしらえ
ゴムかヒモでアゴにくくりつける作戦。
ほら、行事の名前も園遊会だしさ。
もう、衣装に合うか合わないか、なんて言ってる段階じゃない。
そのことを言いに幼稚園へ行く直前
同じ踊りをする子のお母さんから電話が…。
「あの、私、さしでがましいとは思ったんですけど
昨日、担任に言ったんです。
帽子は簡単に作れるもんじゃないから、無しで踊らせてくださいと。
でも先生は、大丈夫って言うんです。
みりこん会長が必ず作ってくださいますって。
先生達はみんな期待して、楽しみにしているんですって」
「な…なんですと?」
私は猛烈に腹を立てた。
プレッシャーに震えていられるような、かわいらしい感情は
厳しい結婚生活によってすでに無くなっていた。
この心境は、婚家でいいように使われる嫁でなければ
理解しにくいかもしれない。
やって当たり前、できなければ嘲笑か罵倒…
思いつきの無理難題を口にしては
好奇の視線で降参を待つ、家族という名の他人…
日々こんなのに揉まれていると、曲がる。
敵は家の中だけではなかった…
曲がっている私はそう思い、そして決意した。
「何としても帽子を10個作ってやる!」
しかし先生の期待に、そのまま応えるつもりはなかった。
「え…これ?…そりゃ帽子とは言いましたけど…」
反骨女としては、ぜひともこの反応を引き出したい。
さらに、子供達がかぶって踊っても
笑い者にならない最低ラインは保ちたい。
先に方針だけが決まってしまい
私の帽子作りはさらに困難な作業になるかと思われた。
が、怒りというのは、時にとんでもないことを思い出させるもので
ふと浮かんだのが、知人の奥さんである。
几帳面な彼女は、小学生の娘さんが通学でかぶる黄色い帽子を洗濯する時
風船を使う。
子供の頭ぐらいにふくらませた風船に
洗った帽子をかぶせて型崩れを防ぐのだ。
乾いたら針で風船をパン!と割る。
すると残るのは、買ったばかりのように美しい形の帽子。
「これよ!これ!」
私はスーパーへ走り、風船と障子紙
それに昔ながらの洗濯のりとパンツのゴムを買った。
これで帽子を作ったろうじゃないの!
1・大量の障子紙を5cm四方にカット。
2・それを洗面器の水につけて湿らせ、軽く絞る。
3・洗濯のりを適当に水で薄め、2の障子紙を沈める。
4・風船を子供の頭大にふくらませる。
5・洗濯のりを含んだ障子紙を一枚一枚、ひたすら風船に貼り続ける。
6・貼り重ねる過程でツバを作り、帽子らしい形を成型する。
7・厚みが出て形が整ったら、数日自然乾燥させる。
8・カラカラになったら風船を割る。
9・両脇にキリで穴を開け、あごにかけるゴムひもを通す。
これで張り子ハットの出来上がりだ。
あとは仕上げ。
中身はどうでも外側さえうまくやれば、何とか格好がつく。
今話題の悪質な杭打ち業者と似た私のもくろみでは
ここでオーガンジーが大量に必要となる。
スケスケで光沢のある、ベールみたいな布のことだ。
そこでまた、別の母親が名乗り出てくれた。
「私、実家は東京じゃありませんけど一応都会なので
オーガンジー、買って来ます!」
「頼む!色は…そうねえ、黄緑にしようか」
かくして都会帰りの黄緑オーガンジーは入手された。
このオーガンジーを張り子ハットの表面に、幾重にも巻きつけるのだ。
巻きつけながら、要所要所をホチキスで留める。
その際、意識するのはエレガント。
するとほら、おしゃれな帽子ができたではないか。
リハーサルの朝、やっと間に合った帽子を持って行くと
母親も子供も歓声をあげた。
帽子が素敵だったからではない。
間に合った喜びだ。
私を信じて、待ってくれていたのだ。
先生達の反応も望み通り。
フェルトなんかでできた本当の帽子を想像していたらしく
和紙の張り子と知った時の驚きと、軽い失望の入り混じった表情は
私を存分に楽しませた。
周りの協力で難局を乗り越えた喜びは、大きかった。
ただし作るのに必死で、かぶり心地を考える余裕がなかった。
紙と洗濯のりのゴワゴワに耐え
何も言わずに踊った子供達がフビンであった。
今ならもっとマシなのを作ってやれそうな気がするが
残念ながらそれっきり、帽子を作る機会は無い。
(完)
私は焦った。
ものすごく考えたし、人にもたずねて回ったが、さっぱり。
やがて私は決心する。
「先生やみんなにできませんと謝って、帽子は無しにしてもらおう!」
交渉が難航した場合に備え、第二案も準備した。
どうしても頭に何か乗っけたいのであれば
カッパの皿状の土台の上に、フェルトでこしらえた葉っぱや木の実を盛って
やんごとなきご身分の方のかぶられる、お帽子状の物をこしらえ
ゴムかヒモでアゴにくくりつける作戦。
ほら、行事の名前も園遊会だしさ。
もう、衣装に合うか合わないか、なんて言ってる段階じゃない。
そのことを言いに幼稚園へ行く直前
同じ踊りをする子のお母さんから電話が…。
「あの、私、さしでがましいとは思ったんですけど
昨日、担任に言ったんです。
帽子は簡単に作れるもんじゃないから、無しで踊らせてくださいと。
でも先生は、大丈夫って言うんです。
みりこん会長が必ず作ってくださいますって。
先生達はみんな期待して、楽しみにしているんですって」
「な…なんですと?」
私は猛烈に腹を立てた。
プレッシャーに震えていられるような、かわいらしい感情は
厳しい結婚生活によってすでに無くなっていた。
この心境は、婚家でいいように使われる嫁でなければ
理解しにくいかもしれない。
やって当たり前、できなければ嘲笑か罵倒…
思いつきの無理難題を口にしては
好奇の視線で降参を待つ、家族という名の他人…
日々こんなのに揉まれていると、曲がる。
敵は家の中だけではなかった…
曲がっている私はそう思い、そして決意した。
「何としても帽子を10個作ってやる!」
しかし先生の期待に、そのまま応えるつもりはなかった。
「え…これ?…そりゃ帽子とは言いましたけど…」
反骨女としては、ぜひともこの反応を引き出したい。
さらに、子供達がかぶって踊っても
笑い者にならない最低ラインは保ちたい。
先に方針だけが決まってしまい
私の帽子作りはさらに困難な作業になるかと思われた。
が、怒りというのは、時にとんでもないことを思い出させるもので
ふと浮かんだのが、知人の奥さんである。
几帳面な彼女は、小学生の娘さんが通学でかぶる黄色い帽子を洗濯する時
風船を使う。
子供の頭ぐらいにふくらませた風船に
洗った帽子をかぶせて型崩れを防ぐのだ。
乾いたら針で風船をパン!と割る。
すると残るのは、買ったばかりのように美しい形の帽子。
「これよ!これ!」
私はスーパーへ走り、風船と障子紙
それに昔ながらの洗濯のりとパンツのゴムを買った。
これで帽子を作ったろうじゃないの!
1・大量の障子紙を5cm四方にカット。
2・それを洗面器の水につけて湿らせ、軽く絞る。
3・洗濯のりを適当に水で薄め、2の障子紙を沈める。
4・風船を子供の頭大にふくらませる。
5・洗濯のりを含んだ障子紙を一枚一枚、ひたすら風船に貼り続ける。
6・貼り重ねる過程でツバを作り、帽子らしい形を成型する。
7・厚みが出て形が整ったら、数日自然乾燥させる。
8・カラカラになったら風船を割る。
9・両脇にキリで穴を開け、あごにかけるゴムひもを通す。
これで張り子ハットの出来上がりだ。
あとは仕上げ。
中身はどうでも外側さえうまくやれば、何とか格好がつく。
今話題の悪質な杭打ち業者と似た私のもくろみでは
ここでオーガンジーが大量に必要となる。
スケスケで光沢のある、ベールみたいな布のことだ。
そこでまた、別の母親が名乗り出てくれた。
「私、実家は東京じゃありませんけど一応都会なので
オーガンジー、買って来ます!」
「頼む!色は…そうねえ、黄緑にしようか」
かくして都会帰りの黄緑オーガンジーは入手された。
このオーガンジーを張り子ハットの表面に、幾重にも巻きつけるのだ。
巻きつけながら、要所要所をホチキスで留める。
その際、意識するのはエレガント。
するとほら、おしゃれな帽子ができたではないか。
リハーサルの朝、やっと間に合った帽子を持って行くと
母親も子供も歓声をあげた。
帽子が素敵だったからではない。
間に合った喜びだ。
私を信じて、待ってくれていたのだ。
先生達の反応も望み通り。
フェルトなんかでできた本当の帽子を想像していたらしく
和紙の張り子と知った時の驚きと、軽い失望の入り混じった表情は
私を存分に楽しませた。
周りの協力で難局を乗り越えた喜びは、大きかった。
ただし作るのに必死で、かぶり心地を考える余裕がなかった。
紙と洗濯のりのゴワゴワに耐え
何も言わずに踊った子供達がフビンであった。
今ならもっとマシなのを作ってやれそうな気がするが
残念ながらそれっきり、帽子を作る機会は無い。
(完)