殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

週刊ヒロシ・第3弾

2017年08月10日 07時13分33秒 | みりこんぐらし
いじめっ子と、いけにえ‥

義父アツシと夫ヒロシの親子関係を

私は長い年月、そうとらえてきた。

そしてそのことは、夫もはっきりと認めていた。


こうして片方の生命が尽きようとする頃になって

お互いの愛情と慈しみが発露する光景を眺め

「間に合って良かった」という安堵と共に

「もっと早いうちに、どうにかならなかったものか」

そんな一抹の悔しさを感じる私だった。


どうにもならないのはわかっていた‥

わかっていたが、それでも何かできることは本当に無かったのだろうか‥

自問自答を繰り返しても、やはり何も浮かばない。

“舅と夫の間柄をうまくとり持つ嫁”という称号は

古来より私の欲するところであり、色々やってみた時期もあったが

いつも結果は惨憺たるもので

私なりの献身では通用しないことを痛感するにとどまった。

素質が無かったと言うしかない。


どうあがいても、不可能はことは不可能‥

仕方がないものは仕方がない‥

人間にはそれぞれ、熟すにふさわしい期というものがある‥

やはり「間に合って良かった」が正解と結論付けた。




昔から折に触れ、義母ヨシコに聞かされていた思い出話がある。

アツシとヨシコの新婚時代にあった、5年間の別居生活だ。

不器用な家族の原点が、ここだったという思いは今でもある。


若い頃はあんまりな内容に、大嫌いなアツシがますます嫌いになった。

それに甘じたヨシコも、愚かだと思った。

何かしらの不幸を発見すると、犯人探しをしなければ気が済まなかった‥

それが若さというものであろう。


が、年を取ると、時代背景にちなんだ各自の諸事情が

理解できるようになってくる。

彼らの若かりし昔は、のどかな時代だったが

また、残酷な時代でもあった。

やはり仕方のないことだったとしか、言いようがない。


別居の原因は、浮気や喧嘩ではない。

ヨシコの祖母が、今で言う認知症になったのだ。

故郷の離島で一人暮らしをする80代の祖母が

物忘れや徘徊で周囲に迷惑をかけている‥

結婚して2年目、当時20才だったヨシコの元へ、その知らせは届いた。

祖母一人、孫一人で育ったヨシコは、他に家族がいない。

現在のようにケアハウスや訪問看護は存在せず

家族が看るのが当たり前だった時代。

ヨシコが引き受けるしかなかった。


祖母を自宅に引き取ることはできない。

なぜなら、ヨシコの祖母とアツシは犬猿の仲だった。

祖母にとってヨシコは、早世した一人娘が遺した

たった一人の孫娘であり、唯一の働き手。

その貴重な孫を奪ったアツシを祖母は憎んでいた。


結婚にあたり、アツシは婿養子に入る約束をした。

しかし結納当日、ヨシコ側が差し向けた紋付袴の使者が訪問すると

玄関には鍵がかかり、アツシとその母親は留守だった。

やっぱり養子は嫌、という意思表示らしい。

アツシ一家を表すエピソードとしては、代表的な出来事である。

大恥をかかされた祖母は、この仕打ちをも深く恨んでおり

頑なに転居を拒み、「島で死なせてくれ」と哀願するのだった。


ヨシコは本土へ呼び寄せることをあきらめ

赤ん坊だった長女を連れて島へ帰った。

以来、祖母が亡くなるまでの5年、夫婦は離れ離れに暮らすことになる。

アツシが島へ渡って妻子に面会することは滅多になかったが

じきに夫が生まれた。


ほどなくアツシは、完全に来なくなる。

同時に生活費の送金が途絶えた。

彼は愛人と同棲を始めたので、妻子を養う余裕が無くなったのだ。

当時は老齢年金の類いも存在せず、母子の暮らしは困窮した。


いつ終わるとも知れない、祖母の寿命任せの日々。

伴侶の浮気に苦しみつつ、祖母と子供のおしめを洗う

ヨシコの心は張り裂けそうだった。

見兼ねた親戚が、食事の面倒を見てくれるようになり

その親戚に勧められて、ヨシコは新興宗教へと入信した。

誰が彼女を責められようか。


なんてひどい‥アツシは鬼じゃないのか‥

パッと聞いたら誰でもそう思うだろう。

が、少し後ずさりして遠くから眺めると

やはりどうしようもなかったと言うしかない。

新婚2年目で長期の自由を手にした遊興型の男性が

実家へ帰ったきりの妻を清らかに待つわけがないのだ。


5年後、祖母を見送ったヨシコは本土へ戻り、結婚生活が再開された。

アツシが歓迎したかどうかは、はなはだ疑問である。

愛人との同棲を解消する必要が生じるからだ。

裏で色々あったと思うが、その辺のことはアツシしか知らない。


お姉ちゃんは5才、島で生まれた夫は3才になっていた。

立った、歩いた、しゃべった‥これらの段階を知らずに

いきなり幼児がやって来て、家庭は復活した。

元々子供嫌いで、愛情表現が苦手なアツシ。

「うるさい者はとにかく怒鳴って黙らせる」という

これまで彼が通してきた方針を選んだのは、ごく自然なことだった。


きょうだいが女の子と男の子の場合

犠牲になるのは、たいてい男の子供だ。

女の子のように器用に立ち回れないし

父親の期待が大きくて、ターゲットになりやすい。

アツシのように機敏で俺様主義の父親と

どちらかといえばどんくさい息子の組み合わせだと、なおさらである。

曽祖母の死による家庭の復活は、夫にとって

父親から怒鳴られ、叩かれる人生の始まりであった。

《続く》
コメント (7)
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