殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

苦労人・1

2017年12月06日 13時36分17秒 | みりこんぐらし
現在、我々の住む市内では、比較的大規模な公共工事が行われている。

昨年から始まり、あと数年は続く予定。

この工事に、我が社は資材供給部門で

本社は建設部門でそれぞれ関わっている。


我が社は現場に近いので何ら不自由は無いが、本社はとても遠い。

遠くても建設はできる。

現場に近い他社へ仕事を振り

本社の人間を数人送り込んで統括するからだ。

送り込まれた人間は営業系のため

現場経験者が欲しいということで募集をかけたところ

一人の男性が採用され、現場監督になった。


藤村と名乗るこの男、年令は私と同じくらい‥

つまり年寄りなので、工事が終わる頃には定年だ。

それはどうでもいいけど、やたらデカい。

身長は190センチ超え、体重も120キロは軽く超えていよう。

夫と息子たちもデカいので、他人のことは言えないが

うちの男どもを一回り大きくしたサイズ。

無駄に大きいという印象は否めない。


というのも、ヌーボーとした顔つきからスポーツ歴が全く読み取れない。

何かの運動によって大きく育ったのであれば

視線が安定していたり、アゴが発達していたりの片鱗が残っているはず。

この男には、それらが見当たらない。

よって、無駄に大きいおじさん決定。


採用されて以来、仕事の打ち合わせのため

藤村は週に何回か我が社にやって来る。

私は初対面から、この男を怪しんでいた。

なぜなら私と目を合わせない。

むしろ私を避け、夫しか部屋にいないかのごとくである。

これは相手を見分けるための、ある程度の基準になる。


責任者の妻であり、事務員である私は

身分的に微妙な存在といえよう。

共に働くわけでもなく、取引や損得に無関係で

ましてや若くも美しくもないオバンには何の値打ちも無く

会社に出入りする人々にとっては、ただわずらわしいだけの添え物。

オバンに挨拶をする言葉が惜しい、下げる頭が惜しいから無視するのだ。


無視されて憤慨しているのではない。

誰かに尊重してもらいたいなどと思ったことは無い。

しかし男の本心は、こういう所に現れる。


いくら夫に友好的でも、その夫の添え物にぞんざいであれば

腹は違うと見て間違いない。

私はこれで最終的に合併先を決め、取引先を選別してきた。

失敗したことは無い。

長く付き合える人は、最初から添え物に対しても礼儀正しく丁寧だ。


夫の方はこの男に親しみを持ち、優しく接していた。

よその土地から来て、周辺の地理がわからない藤村のため

買い物や医者の世話までしてやる夫は

彼の過去を聞いてシンパシーを感じている様子。

父親が経営していた建設会社を引き継いだものの

元々潰れそうだったので、すぐ倒産

それから自分で建設会社を起業するも、また倒産

次はペットショップを開業して、やはり倒産

それから今の仕事に就いたという悲惨な経歴である。


「倒産王‥」

苦笑する私に夫は言う。

「苦労人なんだ。

お互いに何か、分かり合える所がある」


苦労人が、あんなに太っていられるものか‥

私は声を大にして言いたかった。

言いたかったが、藤村は仕事で、夫は女で

それぞれ失敗を繰り返した学びの無い半生が

“お互いに分かり合える所”なのかもしれず、議論は避けた。



夫と藤村の関係が平穏に続いていたある日

藤村が相談を持ちかけてきた。

「生コン車の運転手が不足して困っている。

地元の人を3人、紹介して欲しい」


夫は即日、知り合いの定年退職者や離職者3人を揃え

あとは日当と初出勤日を告げるだけとなった。

そのことを藤村に問い合わせたが

「本社に聞いてみる」

と言ったきり、なしのつぶて。


そのまま一週間が過ぎ、十日が過ぎた。

藤村に電話をしても「もう少し待って」と言うばかり。

入社以来、しょっちゅう我が社を訪れていた彼は

その間、一度も来なかった。


できないならできないで、それを夫に言えば

直接本社と話し合うことができたが

一応責任者ということになっている藤村の顔を立てて

任せたのがアダとなった。

やる気になっていた運転手候補は次々と辞退を申し出て

この話は立ち消えた。

残ったのは、大恥をかいて謝る夫のみ。


後で本社の人間に聞いたところ

やっぱり運転手は今の人数でいいということになったそうだ。

田舎住民のネットワークを知らない藤村は

夫がその日のうちに人を集めてしまうとは思っていなかったようで

何と言って断ろうかと思案しているうちに、日が過ぎた模様。


夫はかなり怒っていて

「会社を3つも潰すような男は、やっぱりそれなりの理由があるんかのう」

と何度も言う。

それ見たことか‥

何が苦労人だ‥

常識が無いから3つも潰せるんだ‥

言いたいのは山々だが、夫の傷口に塩をなすりつけるだけなので

我慢した。

《続く》
コメント (2)
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