殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

苦労人・4

2017年12月14日 16時58分30秒 | みりこんぐらし
それから数日、我ら夫婦は新しい未来へと想いを馳せていた。

「クビになったら、O君の所へ行こう」

夫は勝手に決めている。

O君とは夫の友人で、市会議員をやるかたわら

小さい売店を経営している。

いつも人手不足なので、そこで働くと言うのだ。


「あんたに客商売は無理よ。

お釣り、間違えずに渡せる?

店って、信じられないほど細かい仕事がいっぱいあるし

変な客も来るんよ」

ほんの一時期とはいえ、似たような店で

土産物や宝クジを販売した経験のある私は

大雑把な夫に向かない職業だと思っている。

お釣りをもらってないと言い張る確信犯や

先に「一万円札を千円札10枚に替えて」と言っておいて

自分の一万円札をなかなか出そうとしない両替詐欺も来る。

財布を忘れたと言い出すサザエさん詐欺も来るし

おおらかにレジの素通りを試みる認知症詐欺も来る。

夫がこれらをさばけるとは、到底思えない。


「再就職するんだったら、厚生年金の付く所にしてちょうだい」

「O君の所は、ある」

「あんたに客商売は無理じゃ言うたが」

「O君は人材派遣もしょうるけん、他の仕事もある」

「何?言うてみんさい」

「夜間の電話番」

「あんた、無口じゃが」

「配管のメンテナンスもある」

「その巨体じゃあ配管に詰まる気が‥」

「まあ、何かあるわ」

などと、クビになったあかつきを呑気にディスカッションしていた。


この呑気は、夫の性質から来ている。

そもそも夫には

「誰それが、あんたのことをこう言っていた」

なんていう密告を鵜呑みにし、先走って悩む習慣が無い。

いくら親しい人の言うことでも、そのまま信じて揺れるようでは

会社なんかやっていけない。

代表者って、社員を始め世間から悪く言われるものだ。

いちいち評判を気にしていたら、生きていけない。


しかも彼は勤め人になったことが無いので

「クビになったらどうしよう」という気持ちが起こらない。

「クビを言い渡される前に辞めてやる」

といった勤め人の意地も無い。

義父が会社を経営していた頃は

こう言い捨てて去っていく社員をたくさん見た。

勤め始めて年月が経つと、ちょっとしたことが発端で

煮詰まっていくタイプがいるものだ。

最初は誰よりも調子のいい人に多い。


彼らの中には早まったことを後悔し

戻れるものなら戻りたいと言ってくる者も多勢いた。

そんな人々をさんざん見てきたので、夫は悩まない。

本当にクビを宣告されるまでは、動くつもりがない。

グズグズ言わないので、そばにいる私は楽である。



さて、夫と二人で残り少ない未来を語っているうち

社員の健康診断が近づいた。

検診は毎年1回行っているが、今年は夜間労働があったため

年に2回行う義務が生じたのだ。

そこで夫はいつものように、近くの病院へ予約に行った。


ところが検診用の受付に座っていたのは

例の焼肉屋のお嫁さんだった。

昼はパート、夜は姑の店を手伝う働き者だ。

彼女は別の医院で受付をしていて

そこへ通っていた夫とは長年の顔見知り。

先月、ここに転職したという。


あの一家とは二度と顔を合わせられない‥

そう言っていた夫だが、こうなったらどうしようもない。

夫は彼女にドタキャンの無礼を詫びた。

すると嫁は言ったという。

「気にしないで。

忘年会は今年もうちでしょ?お義母さんも待ってるよ」

夫はその場であっさり予約し、ダイちゃんに連絡した。

「わしゃ絶対に折れん」と言っていたのは、マボロシだったのか。

こうして偶然にも忘年会の予約に至り、本社の方もそれきり静かになった。


後日、河野常務から夫に電話があった。

この件で、常務は板挟みになっていたと思われるが

多くを語らないため、その胸中は不明。

「ヒロシ、忘年会の人数、一人増やしてくれや」

電話の用件は、これだった。

「わかりました、どなたですか?」

「藤村」

「‥」


藤村とは所属が異なるので

彼が我が社の忘年会に参加するいわれは無い。

和解させようと思ったのか、単に近くで仕事をしているから

呼んでやろうというだけなのかは不明。


「自分がドタキャンした店に、よう来るのぅ。

命令なら仕方がないんか、何とも思ってないんか」

夫は面白くなさそうだが

そもそも我が社の忘年会というのは、ちっとも面白くない。

ネギとタマネギが嫌いな常務のため、事前のチェックが面倒くさい。

ネギとタマネギを徹底的に排除した宴会料理って

あんまり無いからだ。

そこで去年から苦肉の策ならぬ、焼肉の策を取った。

タン塩に、ネギを散らしてくれるなと頼む程度でいい。


ネギとタマネギをクリアしたところで、女は私一人。

飲み物の注文や世話に忙しく、食べる暇がない。

近年は知恵がつき、いつも事前に腹ごしらえをして行く。

ダイちゃんを始め、本社の人たちって信じられないほど飲むのだ。

タダ酒が好きな人はよくいるけど、尋常ではない。

田舎の店の人員と能力では、回しきれないほどの飲みっぷりだ。

私にとって会社の忘年会は、労働の日。

夫も藤村の参加で面白くなかろうが、私はずっと面白くない。


今年のテーマは「苦労人、藤村の顔を拝む」にして溜飲を下げよう。

忘年会はもうすぐだ。

《完》
コメント (4)
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