殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

イソップ君・3

2018年08月02日 08時00分52秒 | みりこんぐらし
永井部長が、田辺君にちょっかいを出すはずがない‥

なんぼアホでも、それくらいはわかるはず‥

我々は、そうタカをくくっていた。

けれども豪雨災害の非常時というのは、思いもよらぬ事態をもたらした。


業界各社は営業の者が仕事を取り

現場の者が作業することを繰り返しながら復旧を進めていた。

田辺君はある会社と組んで、ある大きな復旧工事を獲得。

それは、二つの会社がそれぞれの特性を活かして取り組まなければ

できない仕事だった。


一方、永井部長は近年、新しい技を編み出していた。

人呼んで『おねだり商法』。

今までは、誰もやりたがらなくて

たらい回しになっている工事を拾っては

「獲った!獲った!」と得意満面の『こじき商法』が主流だったが

『おねだり商法』の方が楽だと気づいたらしい。


おねだり商法とは、すでに他社が獲得した仕事に

「うちも一枚かませろ」とおねだりすることだ。

電話一本でできる、楽で効率のいい商法だが

これはとても卑怯な行為とされる禁じ手。

主婦で言えば、自分の欲しい物を買いに出かけた知人を待ち構え

買い物袋をあさって分けてもらうのと同じである。


永井部長は、田辺君にこれをやった。

「お宅が獲った例の工事、うちも入れてもらえませんかね?」

永井部長は電話で、田辺君にそう言ったという。


当然ながら、田辺君は即座に断った。

単独の工事でなく、別の会社が絡んでいるので

勝手にもう一社、それも電話で頼んできた者を

介入させるわけにはいかないからだ。


しかし永井部長、ここで粘りを見せる。

翌日、大手ゼネコンの地方営業所で働く課長職を伴い

田辺君の会社を訪問した。

全く無関係の人を連れて来て、いったい何の目的かと思ったら

ただの「口添え」。

ゼネコンの課長さんは、工事に本社を参加させてくれるよう

一緒に頼んだという。


永井氏にも一応は人脈らしきものがあり、日頃から会社の接待交際費で

飲ませたり食べさせたりしている相手が存在する。

酒や飯に釣られる者はどこにでもいるが

特に大企業の地方営業所には、たくさん生息している。

「そちらの態度によっては、仕事を振ってあげないでもない‥」

この雰囲気を匂わせて、田舎者から接待や優遇を受けつつ

地方ライフをエンジョイするのだ。

時にはこうして頼まれるままに同行し、大手風を吹かすのも

後のお礼が豪華になるからである。


中にはまともな人も確かに存在する。

そういう人は地元民と癒着しないが

本線から外れて地方で終わる人は

癒着の美酒でも浴びなければ、やっていられないだろう。

が、そのようなことをする人は

美酒のお返しに仕事を与える権限が無い。

できるのはせいぜい、頼まれてどこかへ同行する程度のものであり

永井部長に同行してくれたゼネコン課長は、まだ人の好い部類である。


彼らに惑わされ、さんざんおごらされるのと引き換えに

「〇〇社の誰それと仲がいい」

という勲章を欲しがる田舎者の一人が、永井部長。

この勲章の輝きは仕事でなく、社内の上層部向けとして有効である。

大手に食い込む可能性をほのめかし、期待されている間は

成績を上げなくても安全だからだ。


相手が自分の人柄に惚れ込んでいるという舞台設定で

今にも大仕事が舞い込みそうな小芝居をして見せ

「〇〇社の誰それさんと会って来ます」

と言っておけば、どこへ行って怠けようとノーチェック。

経費も使い放題だ。


そのうち転勤の辞令と共に勲章は去り

後には使い捨てられた田舎者が残る。

その田舎者は、新たに着任した者とお近づきになりたがり

接待交際費で酒や飯をおごる。

この繰り返しである。


それで大丈夫なのか?

ここが心配なところだろうが、ノープロブレム。

なにしろ彼の人柄には、大手ゼネコンマンが何人も惚れ込んで

兄弟のような付き合いをした‥

ということになっている。

中央、あるいは再び別の地方へ赴任した人々も

兄弟分の永井部長を後押ししてくれるに違いない‥

ということになっている。

長年に渡って刷り込まれたイメージは、簡単に消えはしない。

会社組織というのは、こうしたイメージや勘違いによって

回っていると言っても過言ではない。


それでも時折、成果らしきものを上げる格好をしなければ

イメージや勘違いは続かない。

積み重ねた知識や実力が無く、イメージのみで生きる永井部長は

他の誰もやらない禁じ手を使うしかないのだ。

それが業界の禁じ手ということすら、彼は知らない。

禁じ手のデパートは、こうしてできあがったわけだが

彼はそれを新戦略と豪語している。



さて、ゼネコンの課長に口添えしてもらい

再度、田辺君に頼んだ永井部長。

しかし今度も、やはり田辺君は断った。

大手を連れて行ったら言うことを聞くと信じている永井部長を

心から軽蔑したと、後で夫に電話があった。


それでも永井部長はあきらめなかった。

何度も電話をかけては、参加をねだり続けるという。

その執拗は、わかるような気がする。

口添えしてもらったゼネコン課長に赤っ恥をかかせたまま

終わらせるわけにはいかないからだ。

何が何でも参加を決め「お陰で獲れました!」と報告しなければ

嫌われてしまう。

永井部長にとっては死活問題である。


ただでさえ忙しい復旧のさなかだ。

あまりのわずらわしさに、田辺君はとうとう承諾した。


永井部長の喜ぶまいことか。

社内では「田辺に粘り勝ちした!」と言いふらし、我々は

「忙しくなるから、ここにも仕事を振ることになると思います。

しっかりやってください」

とのお言葉をちょうだいした。

それが田辺君の罠とも知らず、つかの間の勝利に酔う彼であった。

《続く》
コメント (8)
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