殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

新・墓騒動4

2018年08月23日 19時37分28秒 | みりこんぐらし
洋子ちゃんの案内で、車はKさん宅まで来た。

そのままKさんの駐車場へ乗り入れようと

右ハンドルを切る夫を制し

何軒か通り過ぎた先の草むらに停車させる。


「え?」「何で?」「足が悪いのに‥」

謝り隊の3名は、いぶかしんだ。

83才のヨシコと79才の洋子ちゃんは、共に足腰が弱っている。

特に洋子ちゃんは著しい肥満が原因で

ヒザと股関節をいためており、杖が無ければ歩けない。

老婆たちは、Kさんの敷地へ乗り入れるのが当然と思っているし

夫もまた、そんな彼女らに配慮しているつもりだった。


が、真の謝り隊員ならば、そんなことをしてはいけない。

隊員の中に年寄りがいるのは、こちらの一方的な都合である。

歓迎されない身の上で、車をいきなり乗り入れることは

相手の領域を無断で侵犯することであり、大変な失礼にあたる。

ここから間違って、問題が悪化することは多い。


会社でもそうだが、初めての訪問の時

一流の営業マンは車をよそに停め、徒歩で敷地に入るものだ。

ついでに言うが、そういう社員教育のマニュアルだけ身について

中身はパッパラパーというのも中にはいる。



さて車から降りたものの、グズグズする夫とヨシコ。

洋子ちゃんはこの時点で謝り隊から抜け

杖をついて辺りをブラブラし始めた。

彼らを尻目に、私はKさん宅の駐車場へ到着。

Kさんらしき人物は、駐車場の横にある納屋の前に佇んでいた。


「申し訳ありません、おたずねさせていただきますが

こちらはKさんのお宅でしようか?」

最初に申し訳ありませんと言うのが、私なりのコツ。


「はい、そうですが」

答えるKさんは小泉元首相のような、真ん中分けで長めのヘア。

顔も何となく似ている。

理屈先行、反論厳禁‥私はそう判断した。

得意分野である。

選挙にゃ、こんなのがウジャウジャいるからだ。


他の安心材料は、身なり。

アイロンのかかったシャツをきちんと着ている。

普段から几帳面なのだろう。

ねちっこい理屈はこねるが、それは正論であり

主張を認めれば軟化すると踏んだ。


ちなみに最も厄介なのは、ボロいTシャツやジャージを着た理屈屋。

自身は楽な服装に甘んじながら、独りよがりの規律で人を縛りたがる。

こういうのはたいてい、精神がイカれている上に強欲なので

関わると消耗が激しい。



私は続ける。

「墓地の件でお電話いただきました、隣の墓の◯◯ですが」

「はい」

硬い表情だ。


「このたびは大変失礼なことをいたしまして

誠に申し訳ございませんでした。

家族共々、お詫びにうかがいました」

深く一礼。

後ろに立つ夫とヨシコもそれにならう。


Kさんはおもむろに、コトの経緯を話し始めた。

豪雨災害で土砂に埋まった自分の墓地を

何日もかけてやっと綺麗にした‥

と思ったら昨日、土砂が山積みにされていた‥

反対側の村井さんの墓地も同じ状態で

あんたとこだけ、綺麗になっている‥

お宅がやったことは明白だ‥

電話番号を調べて抗議したら

婆さんはヘラヘラ、電話を代わった息子は

後で綺麗にするつもりだった、とほざく‥

「これで怒るのは、当たり前だと思いませんか?」


「当たり前だと思います」

「そうでしょ?誰だって怒るでしょ?」

「はい、本当に申し訳ありません」

「あんまりひどいことするから、わざとかと思ったんだよ。

もしあなたが同じことをされたら、そう思わない?」

「絶対思います。

本当に申し訳ありません」

「ね?思うでしょ?

自分とこの墓を直すんなら、ちょっと汚すかもしれませんが‥

と一言、連絡してくれればいいことでしょう。

それがあったら、僕もここまで怒りませんよ。

それを黙ってメチャクチャにしておいて

後で綺麗にするつもりだったなんて、普通の神経じゃないですよ」

「おっしゃる通りです。

ごめんなさい」

「何であんなことができるかなあ」

「返す言葉もございません。

すみませんでした」


「あなたは一生懸命、謝ってくれるけど

そもそも誰がやったの?」

私は、後方2メートルに立つ夫を振り返る。

すみませんでした‥夫とヨシコも頭を下げる。


「弟?兄貴?」

「主人です」

「‥あなた、苦労だねえ」

Kさんの眼差しから怒りの炎が消え、同情が宿った。

どうやら、頭のおかしい旦那の代わりに謝る妻‥

という設定に切り替わったらしい。


「いい年をして、こういうことをする人間はそんなにいないよ?

親の顔が見てみたい」

吐き捨てるように言うKさん。

その親も後ろにいるが、黙ってひたすら謝る私。


「今後は気をつけて。

縁あって隣同士の墓になったんだから

僕もこんなこと、言いたくはないんですよ」

「ありがとうございます。

お墓の方は今朝、主人が現状復帰させていただきましたが

これから現地へ行って確認する予定でおります。

もし不備がございましたら、いつでもご連絡くださいませ」

「わかりました。

でも、こうしてわざわざ謝りに来てくれたんだから

元通りにしてもらえたら、僕もこれ以上言うつもりは無いんですよ」

「ありがとうございます。

広いお心に感謝いたします」


和解成立が見えてきた。

が、雰囲気が和らぐと、黙っていられないのがヨシコ。

「まあねぇ、息子も悪気があったんじゃないんですよ。

アッハッハ〜!」

「何?」

Kさんの表情が、再び硬化した。

《続く》
コメント (2)
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