つかの間の勝利に酔う永井部長は、翌日からさっそく打ち合わせに入る。
途中参加を認めた田辺君が、提示した条件は二つ。
「そちらが担当する仕事に必要なダンプと資材は、自己調達してもらいたい」
「一緒にやるもう一つの会社には話を通しておくが
あとの連携は直接やってもらいたい」
これは、一つの仕事に複数の会社が絡む場合、ポピュラーな条件である。
永井部長は二つ返事で了承し、まずダンプの確保に取り掛かった。
取り掛かかるといっても、我が社に言えばいいだけなので簡単だ。
うちのダンプと人員を使い、それで足りなければ
うちのネットワークを使って県内各所から集められる。
楽勝。
が、そうはいかなかった。
なにしろ災害復旧の混乱期である。
我が社は多忙につき、現場をもう一つ増やすのは無理。
別の同業者に依頼しようにも、今は県内どこも同じ状態なので無理。
困った永井部長は、お得意の“兄弟分”に泣きつく。
彼の兄弟分の一人が、地方営業所の所長をやっているA社だ。
A社は、地元のダンプ会社と共有の事務所を構えている。
つまり田舎のダンプ屋が、癒着のあげくA社の地方営業所に入り込み
一蓮托生の関係を築いているわけ。
A社の所長は快く、一蓮托生のダンプ屋に打診してくれた。
そしてダンプ屋も、快く引き受けてくれた。
「困っておられるなら、お役に立たせていただきます」
心強い言葉に安心した永井部長は、次に資材の調達へと進んだ。
資材の調達には、何ら問題は無さそう。
だって、田辺君の会社から仕入れたらいいんだもん。
楽勝。
が、そうはいかなかった。
「こんな状況なので資材が不足していて、自分とこの仕事だけで手一杯。
だから、資材は自己調達でとお願いしたんです。
申し訳ないけど、他をあたってください」
田辺君からそう言われ、あてが外れた永井部長。
部下に命じて県内各地の資材業者をあたらせたが、どこからも断られた。
需要が急増して取り合いになっている品物を
普段の付き合いが無い所へ売るバカはいない。
途方に暮れた永井部長は、田辺君に泣きつく。
「それは困りましたね、じゃあB社に行ってみてください。
下話はしておきますから、価格交渉などの細かい話はそちらで」
田辺君は親切にそう言った。
永井部長は喜んで、B社を訪問。
「話は田辺さんから聞いています」
歓待された永井部長だが、価格交渉で行き詰まる。
通常の倍の単価を提示されたのだ。
永井部長、得意の値切りに入るが、B社は一歩も引かない。
「この非常事態に、田辺さんのご紹介だからお分けするんです。
嫌なら他へどうぞ」
と言われ、考えるために数日の猶予を取り付けるのがやっとだった。
意気消沈の彼をさらに突き落としたのが、先のダンプ屋。
「ダンプと運転手のセットで、1日6万円になります」
そう言われて驚愕した永井部長だった。
通常の日当は、4万円前後。
永井部長は「行く」と言ってくれた時点で
交渉は終わったと思い込んでいた。
けれども相手にとって価格交渉は未遂で
非常時の特別価格を提示したのだった。
法外な値段に驚いた永井部長は、通常価格を主張。
するとダンプ屋は言った。
「この値段で来てくれと言う所は他にもたくさんあるんです。
断ってくれてけっこう」
ダンプ屋は言い、永井部長はやはり数日の猶予を頼んだ。
永井部長は、そのダンプ屋をすっかりあてにしていたため
他の会社は眼中に無かった。
その間に県内各地のダンプは、向こう何ヶ月のスケジュールが決まってしまい
すでにどこを探しても残っていない。
完全に出遅れたのだ。
数日が過ぎたが、永井部長の結論は出なかった。
資材とダンプの高額な要求を呑めば、大損害は必至。
上層部から大目玉をくらうのは火を見るより明らかで
損害の程度によっては降格処分になるかもしれない。
さりとて自分からねだって割り込んだ仕事を放り出したら
笑い者になるばかりか、最悪、契約不履行で訴訟問題だ。
彼が思案しているうちに、もう待てないということで
結局は両社から断られてしまった。
もう資材もダンプも、永井部長には調達できない。
行き詰まった彼は、高速を駆って我が社へふらりとやって来た。
顔色が悪い。
元々色黒なのに、ますますどす黒い。
何か言いたげだが、言えない永井部長。
プロポーズをためらっている人みたい。
いつものように夫を利用して、頭を下げずに何とかならないか
模索に来たのは一目瞭然である。
親の代から何十年、資材とダンプの両方を生業としてきた夫は
それなりの裏技を持っている。
しかし、何も知らないふりを続けた。
手を差し伸べて窮地を救っても、砂を噛むだけ。
永井部長は救われた事実を隠すため、夫を悪者に仕立てる。
そして、夫の失敗を自分が救ったという
真逆のストーリーを作り上げる。
詐欺と同様、あまりにも事実からかけ離れると
周りはかえって信じやすいものなのだ。
関わらないに限る。
永井部長は本題に触れないまま、力無く帰って行った。
翌日、さらなる不幸が訪れることなど
知るよしもない彼であった。
《続く》
途中参加を認めた田辺君が、提示した条件は二つ。
「そちらが担当する仕事に必要なダンプと資材は、自己調達してもらいたい」
「一緒にやるもう一つの会社には話を通しておくが
あとの連携は直接やってもらいたい」
これは、一つの仕事に複数の会社が絡む場合、ポピュラーな条件である。
永井部長は二つ返事で了承し、まずダンプの確保に取り掛かった。
取り掛かかるといっても、我が社に言えばいいだけなので簡単だ。
うちのダンプと人員を使い、それで足りなければ
うちのネットワークを使って県内各所から集められる。
楽勝。
が、そうはいかなかった。
なにしろ災害復旧の混乱期である。
我が社は多忙につき、現場をもう一つ増やすのは無理。
別の同業者に依頼しようにも、今は県内どこも同じ状態なので無理。
困った永井部長は、お得意の“兄弟分”に泣きつく。
彼の兄弟分の一人が、地方営業所の所長をやっているA社だ。
A社は、地元のダンプ会社と共有の事務所を構えている。
つまり田舎のダンプ屋が、癒着のあげくA社の地方営業所に入り込み
一蓮托生の関係を築いているわけ。
A社の所長は快く、一蓮托生のダンプ屋に打診してくれた。
そしてダンプ屋も、快く引き受けてくれた。
「困っておられるなら、お役に立たせていただきます」
心強い言葉に安心した永井部長は、次に資材の調達へと進んだ。
資材の調達には、何ら問題は無さそう。
だって、田辺君の会社から仕入れたらいいんだもん。
楽勝。
が、そうはいかなかった。
「こんな状況なので資材が不足していて、自分とこの仕事だけで手一杯。
だから、資材は自己調達でとお願いしたんです。
申し訳ないけど、他をあたってください」
田辺君からそう言われ、あてが外れた永井部長。
部下に命じて県内各地の資材業者をあたらせたが、どこからも断られた。
需要が急増して取り合いになっている品物を
普段の付き合いが無い所へ売るバカはいない。
途方に暮れた永井部長は、田辺君に泣きつく。
「それは困りましたね、じゃあB社に行ってみてください。
下話はしておきますから、価格交渉などの細かい話はそちらで」
田辺君は親切にそう言った。
永井部長は喜んで、B社を訪問。
「話は田辺さんから聞いています」
歓待された永井部長だが、価格交渉で行き詰まる。
通常の倍の単価を提示されたのだ。
永井部長、得意の値切りに入るが、B社は一歩も引かない。
「この非常事態に、田辺さんのご紹介だからお分けするんです。
嫌なら他へどうぞ」
と言われ、考えるために数日の猶予を取り付けるのがやっとだった。
意気消沈の彼をさらに突き落としたのが、先のダンプ屋。
「ダンプと運転手のセットで、1日6万円になります」
そう言われて驚愕した永井部長だった。
通常の日当は、4万円前後。
永井部長は「行く」と言ってくれた時点で
交渉は終わったと思い込んでいた。
けれども相手にとって価格交渉は未遂で
非常時の特別価格を提示したのだった。
法外な値段に驚いた永井部長は、通常価格を主張。
するとダンプ屋は言った。
「この値段で来てくれと言う所は他にもたくさんあるんです。
断ってくれてけっこう」
ダンプ屋は言い、永井部長はやはり数日の猶予を頼んだ。
永井部長は、そのダンプ屋をすっかりあてにしていたため
他の会社は眼中に無かった。
その間に県内各地のダンプは、向こう何ヶ月のスケジュールが決まってしまい
すでにどこを探しても残っていない。
完全に出遅れたのだ。
数日が過ぎたが、永井部長の結論は出なかった。
資材とダンプの高額な要求を呑めば、大損害は必至。
上層部から大目玉をくらうのは火を見るより明らかで
損害の程度によっては降格処分になるかもしれない。
さりとて自分からねだって割り込んだ仕事を放り出したら
笑い者になるばかりか、最悪、契約不履行で訴訟問題だ。
彼が思案しているうちに、もう待てないということで
結局は両社から断られてしまった。
もう資材もダンプも、永井部長には調達できない。
行き詰まった彼は、高速を駆って我が社へふらりとやって来た。
顔色が悪い。
元々色黒なのに、ますますどす黒い。
何か言いたげだが、言えない永井部長。
プロポーズをためらっている人みたい。
いつものように夫を利用して、頭を下げずに何とかならないか
模索に来たのは一目瞭然である。
親の代から何十年、資材とダンプの両方を生業としてきた夫は
それなりの裏技を持っている。
しかし、何も知らないふりを続けた。
手を差し伸べて窮地を救っても、砂を噛むだけ。
永井部長は救われた事実を隠すため、夫を悪者に仕立てる。
そして、夫の失敗を自分が救ったという
真逆のストーリーを作り上げる。
詐欺と同様、あまりにも事実からかけ離れると
周りはかえって信じやすいものなのだ。
関わらないに限る。
永井部長は本題に触れないまま、力無く帰って行った。
翌日、さらなる不幸が訪れることなど
知るよしもない彼であった。
《続く》