殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

私は私なのか?・2

2018年10月14日 10時25分30秒 | 前向き論
家出に踏み切った原因は

夫が自分の愛人を会社に入れたことにある。

35才の時だった。


しかし、それ自体に腹を立てたわけではない。

社長である義父を始め、給料だけ受け取る幽霊取締役の義母も

会社の経理を担当する義姉も‥

つまり私以外の者は皆、このことを知っていた。

確信犯である。

秘密にしたまま何食わぬ顔をして、私を相変わらず奴隷のように働かせた。

それにブチ切れたのだ。

家事労働が尋常の範囲内であれば、ここまで腹を立てることはなかった。


たかが家事じゃないか‥そう思うかもしれない。

しかしうちは両親、我々一家4人、義姉母子で合計8人の大所帯。

家政婦のいる家で育った要領の悪い私が、これを切り盛りするのは骨が折れた。

料理や洗濯の量が多いだけならまだしも

庭仕事に大工仕事、使い走りや運転手も受け持つ。

寮や民宿なら昼間は誰もいないだろうが

家には常に複数の人間が居て、細やかな接待を要求する。

そこへ親戚や物売りまで混ざり、お茶よお菓子よ食事よと息つく暇が無かった。


そもそも私が納得できないのは、義姉母子が毎日実家に滞在することだ。

早朝やって来て、彼女の子供が学校から帰る時間に迎えに行き

再び実家へ連れ戻って夜まで逗留、毎週金曜から日曜までは母子で泊まる。

ここに私は、自分の働く意味をどうしても見出せなかった。

この2人だけでも減ってくれれば、どんなに違うだろうと何度思ったかしれない。


これがおとなしいなら我慢もできようが、トラブルメーカーときた。

自分の子供とうちの子供の違いを両親にアピールしつつ

子守りは私にさせる。

掃除の仕方や献立にも口を出すので、うるさいったらありゃしない。

干してある子供靴の汚れがちゃんと取れてないだの

ここが散らかっているだの、つまらぬ落ち度を探しては

無邪気ぶって父親に言いつけ、遠隔操作で雷を落とさせてフフンと笑う。


弟である夫にも、仕事の方面で毎日のように同じことをする。

気の弱い夫は、悔しがってよく泣いていた。

これで家族仲良く、夫婦和合なんて無理だ。


あんまりタチが悪いので、義姉の里帰りを快く思っていないことを

両親に話したことがある。

はい、炎上。

腐っているだの、恐ろしい根性だのと激しくののしられ

私は逆賊となった。


密かに後ろめたく思っていることを他人から指摘されると

人は逆上するものなのだ。

若かった私には、それがまだわからなかった。

この一件は、彼らに懲らしめの理由を与えたに過ぎず

奴隷暮らしはさらに重篤化した。


不平不満を言わない、思わない‥誰でも知っていることだと思うが

これで不平不満の無い人がいたら、私は申し上げたい。

「あなたは神か仏です。

お迎えが早いから気をつけた方がいいですよ」


ともあれ私は、愛人の入社という絶好の機会を得た。

前々から漠然と、出て行きたいと思っていたが

これなら誰が聞いても納得する、家出にふさわしい理由じゃないのか。

道徳心だの人の道だのに制されていたピストルが

引き金を手に入れたようなものである。


いそいそと家出しようと思ったら、先に夫が駆け落ちしたり

義母の大腸癌が発覚し、入院手術があったりで

決行は1年後になったが、とにかく家を出ることができた。

これが無ければ、地獄はまだ続いていたはずだ。

義父は息子の家出や妻の大病で弱気になり

多少おとなしくなっていたが、そんなことではもう揺らがなかった。


のこのこ入社してきたあの未亡人に、今は礼を言いたい。

彼女の打算や厚かましさのお陰で、地獄から抜け出すことができた。

誰が恩人になるか、わからないものだ。


親子3人で暮らすつもりで一緒に連れて出た子供たちは

追いかけて来た夫に連れ戻されたが、私は出奔先の九州に残った。

「今、謝って帰れば許す」

私たち母子を迎えに来た夫に、両親がその伝言を託したからだ。

どこまでも高飛車な態度が気に入らなかった。

それをのうのうと伝える夫も気に入らなかった。


が、なんだかんだで翌年には帰って来て

今度は両親と別に核家族で暮らすようになった。

物価が安く人情の厚い九州で、どうにか生活できそうだったが

子供を呼んでも来そうにないからだ。


当時の夫は子供たちより強く、私の帰還を熱望した。

週末には九州へ通い、涙ながらに説得するようになったが

冷めきった私はほだされない。

逃げれば追うのが人の常とはいうものの、夫はひとでなしだ。

人だと思ったらケガをするのは、すでに熟知していた。


私は大いにいぶかしんだが、帰ってからわかった。

夫の携帯電話から漏れ聞こえる声によると

彼は付き合いの続いていた例の未亡人御一行様‥

つまり本人とその母親、妹の3人から

結婚か慰謝料の二者択一を迫られていた。

執拗な脅迫から抜け出すには、妻の帰還が最善策というわけ。


こういう男にバチが当たらないこの世を

私はもう信用しなくなっていた。

私が思っているこの世と、本当のこの世は違うらしい‥

家を出たことで、それを知ったように思う。

「この世がどうであろうと、私は私」

ここで初めて、そう思うようになった。

あの家出は、私が私自身を取り戻すための旅だったようだ。

《続く》
コメント (12)
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