先日、同級生の友人ユリちゃんはバカンスに旅立った。
お寺の奥さんをやっている彼女は
二つのお寺を守っているので超多忙だ。
二つのお寺というのは嫁ぎ先と、後継者のいない実家である。
どちらもユリちゃんのご主人が僧侶を務め
彼女はそのマネジメントや接客
行事の采配、出納管理などの社務を行っている。
たまに一週間ほど休みを取って
海外旅行に出かけるのが彼女の楽しみ。
電話一本で帰って来られる国内では、休養にならないからだ。
今回の行先は、一昨年の秋と同じくハワイ。
一昨年は私も誘われたが、断った。
何年か前なら暇だったので、ホイホイと行ったかもしれないが
今は夫と息子たち3人の男が家にいる上に、姑仕えの身。
毎日じゃないけど会社の仕事もある。
6泊8日の留守は、まず不可能だ。
結局ユリちゃんは、いつもの5人会の一人マミちゃんと
同じく同級生でハワイ暮らしの経験がある、独身の涼子ちゃん
それから私の代わりに誰か知らない彼女の友人を誘い
4人でハワイに旅立った。
この時、私は留守番を担当。
同級生の親が亡くなった場合に備えてである。
不幸があった時、地元周辺で暮らす同窓会のメンバーは
通夜か葬儀にできるだけ参列するのが恒例だ。
一度に3人抜けたら目立つので
それをごまかすのと、香典の立替えが私の任務である。
なぜそこまで気を遣うかというと、ひとえに『なっちゃん対策』。
なっちゃんというのは、やはり同級生だ。
決して悪い子ではない。
真面目な保育士で、同窓会の活動にも熱心である。
ただし彼女の場合、熱心過ぎることが問題。
10年ほど前、隣の市に家を買って地元を離れたのを機に
なっちゃんの同窓会愛はより強くなった。
家が遠くなった自分だけ、のけ者にされていないか…
自分を除いた他のメンバーで、個人的な飲食が行われていないか…
彼女は常に目を光らせ、同級生の動向を
全て把握しなければ気が済まなくなったのだ。
彼女の情報網は、地元で生活する6人の兄姉を始め
保育園の教え子と、その親たちによって張り巡らされている。
それだけではない。
地元で暮らす同級生の男子とその妻も、我々にとっては危険だ。
彼らの子供たちの多くは、なっちゃんの勤める町内の保育園に行った。
皆、我が子の恩師が
まさか同級生女子のプライバシーを探っているとは
夢にも思わないため、喜んで情報を提供する。
狭い田舎町でこれをやられたら、穴はほぼ無い。
彼女の目を盗み、仲良しだけで何かやることは
かなりの困難を要する。
そしてなっちゃんを除外したことが
図らずも発覚した場合、厄介なことになる。
「何で誘ってくれなかったの!」
「自分たちだけで楽しんでいいと思ってるわけ!」
個別の電話攻撃の後は、会うたびにキーキーと
恨みごとを言われ続ける。
ただしユリちゃんと私への抗議は無い。
ユリちゃんは職業柄
やんわり説き伏せる技術を持っているのもあるが
実は怒らせたら誰よりも怖いのを本能で知っているからで
私の方は、口数の多さで返り討ちにされるからだ。
なっちゃんは、おとなしい相手をちゃんと選んでいた。
そこがかえって病的に感じられ、なっちゃんはますます怖がられる。
その雰囲気を感じ取り、なっちゃんの干渉はますます強まる。
この10年、その繰り返しだ。
そんなわけで我々仲良しで結成する5人会のことも
なっちゃんに知られてはまずいため、他の同級生には秘密。
同級生3人のハワイ行きが発覚したら
なっちゃんはどんな暴挙に出るかわからない。
私はそんな3人の懸念を払拭するための留守番役だった。
ユリちゃんたちのハワイ行きは
5人会の残りのメンバー、けいちゃんとモンちゃんにも内緒。
秘密は徹底しなければ、漏れる恐れが…というほどではない。
土産を買うのがかったるいからだと思う。
この時は誰も亡くならず、平和に終わった。
そして今回、ユリちゃん御一行は再びハワイにアロハオエ。
私は前回同様、また留守番を引き受ける。
会員が還暦を迎える年の3月末をもって
同窓会は解散するという町の慣例に倣い
我々の同窓会も、この3月いっぱいで解散した。
そこでひとまず、なっちゃんの縛りから解放されたかに見えたが
通夜葬儀の連絡と参列は今まで通り継続されることに決まった。
皆で遊びに行く計画も、すでに練られている。
当面の予定は夏の花火見物と
還暦旅行で食べ損ねた蟹を食べるため
『かに道楽』へ行くというもの。
メンバーの兄が、かに道楽の社員だそう。
解散しても何ら変わりは無いため
注意一秒けが一生の精神は健在なのである。
それにしてもユリちゃん、今回は何だか前回と違う感触。
「今度の旅行のメンバーは、絶対に言うわけにいかないの」
留守番を頼む口ぶりには、緊張感が漂っていた。
行けないこっちは、メンバーが誰だろうと知ったこっちゃないが
いつになく慎重だ。
「じゃあ、何かあったら連絡お願いね!絵文字・絵文字・絵文字」
ユリちゃんは、関空からのLINEを残して飛び立った。
《続く》