「何かあったら連絡してね」
そう言い残して機上の人となったユリちゃん。
もちろん彼女も私も、何も無いことを願っていた。
はたして、その「何か」は翌日起きた。
「さっき、父が亡くなりました」
けいちゃんから5人会のLINEに連絡が…。
けいちゃんのお父さんは、93才。
昨年から入院中だったが
2月にあった還暦旅行の帰り、最初の危篤に陥った。
「お父ちゃんが…お父ちゃんが…」
大騒ぎして病院へ向かったけいちゃんだが
数日後、お父さんは華麗に復活。
その後は危篤と復活を繰り返し
このたび、ついに絶命となったのだ。
長い時差を経て、ユリちゃんから私にLINEが送られてきた。
「申し訳ないけど、けいちゃんのお父さんの件
万事よろしくお願いします。
それから、くれぐれもみんなには内密でお願いします」
慎重な文面である。
「ラジャー!」
気安く返信しながら、私はちょっと可笑しかった。
「そこまで心配しなくても…」
そう思ったからだ。
同窓会の役員だった私は、会からの香典を届ける役目があるので
同級生の家の不幸に皆勤している。
ユリちゃんについては、家が遠いことと
彼女が超多忙なことを誰もが知っているため
「今日はユリちゃん、来ないの?」
なんて話が出たことは一度も無いからだ。
万一話が出ても、急用と言えばごまかせるのに…
元マドンナって
期待に応えようとする習性が身についているのかなぁ…
美人は大変だ…
などと考えた。
けれどもハワイと日本でLINEのやり取りをするうち
慎重になる理由を知った。
「涼子ちゃんに連絡したら、彼女も行けないそうで
お香典を立替えてほしいそうです。
私も涼子ちゃんも、5千円でお願いします」
しらじらしいLINEである。
不幸の連絡は同窓会の一斉メールで回されるので
否が応でも全員が一度に知る。
その上、涼子ちゃんとけいちゃんは確かに同級生だが
双方が人見知りなので、話をしたことがない。
わざわざハワイくんだりから
涼子ちゃんに連絡する必要は無いじゃんか。
ユリちゃんと涼子ちゃんは、一緒に行っているのだ。
片方が香典の立替えを頼んだため
もう片方も乗っかったに過ぎない。
そうなると、新たな疑問が発生。
マミちゃんが日本にいる疑問である。
「お通夜は行けそうにないから、お葬式に行かせてもらうね~」
マミちゃんは私に連絡してきた。
ということはマミちゃん、今回は外されたらしい。
そしてこのことは、マミちゃんに知らされてないらしい。
だからユリちゃんは、神経質なほど慎重なのだ。
御仏に仕え、善男善女の規範であるべきユリちゃんとしては
マミちゃんの除外を口に出すのが、はばかられる。
そのためユリちゃんからのLINEには
やたらと「みんな」や「誰にも」が登場し
その後には「秘密」「内緒」「内密」が続くのだ。
「みんな」や「誰にも」で、察してちょうだいよ…
そう言いたいのだろう。
通常なら、しらじらしい嘘までつかれて
「バカにするな」といった気分になるかもしれない。
が、こちとら留守番のプロじゃ。
嫁いで39年、夫の両親の旅行では
ことごとく留守番を引き受けてきた。
年に一度や二度ではなく、ほぼ毎月である。
いつも「土産がいるから人に言うな」と口止めされ
どうしようもなくて禁を破った時には、後から厳しく責められた。
それでこっちも、だんだん上達。
来客や近所の不幸を口から出まかせで乗り切り
すぐにでも帰って来るふうを装ったものだ。
これに比べりゃ、チョロいぜ。
秘密を守り切って任務を遂行するという決意の前には
誘われなかったマミちゃんがかわいそう…とか
私にまで嘘をつかなくても…などといった
女々しい感情なんて吹っ飛ぶのさ。
ちなみにマミちゃんが外された理由は、何となくわかる。
おっとりして優しい彼女のことは私も大好きなんだけど
近年、大好きなお酒がめっきり弱くなった。
酔うと声がやたら大きくなり、忘れ物や紛失物はしょっちゅう。
しかも千鳥足であらぬ方角へ行ってしまうため
介助が必要なのだ。
たまに会うなら面白いが、連れて歩くとなると手がかかる…
おそらくこれが原因。
それはともかく、私は心配になった。
ユリちゃんが5人会のLINEで、けいちゃんにお悔みを言うと
外国にいることがバレてしまうではないか。
私とのやり取りも、ユリちゃんからの発信は現地時間の4時
こっちが受け取って返信すると15時の表示。
あまりに不自然じゃないか。
当事者で余裕の無いけいちゃんと
スマホ初心者で眼の悪いモンちゃんはごまかせても
肝心のマミちゃんは、LINEに詳しくて海外旅行が好き。
時差で全てを知ってしまうのではないかと思った。
しかし、さすが旅慣れている人は違う。
職業柄、人の不幸には人一倍丁寧なユリちゃんから
けいちゃんへのお悔みのLINEは送信されなかった。
送らないのが一番安全と踏んだらしい。
訃報を聞いた翌日、お通夜が行われた。
私はユリちゃんと涼子ちゃんの香典を携え
自宅からほど近い葬儀場へ赴いた。
《続く》