2月の末、いつもの仲良し同級生、旧5人会は
ユリちゃんの実家のお寺に集まった。
旧というのは、メンバーの一人だったけいちゃんが抜けたから。
昨年の11月末に、東京へ引っ越してしまったので
5人会は4人会になったのである。
残された我々は、けいちゃんロスにより
彼女が去って以降、女子会を催す気になれないままだ。
そんな我々を見かねた梶田さんから
お手製グリーンカレーのランチを振る舞ってくれるという
ありがたい申し出があった。
梶田さんは、ユリちゃんの嫁ぎ先のお寺でよく料理を作っていて
このシリーズにもよく登場する60代半ばの女性。
見た目も心も美しい、元公務員だ。
グリーンカレーを始めロコモコ、ガパオライス、ラタトゥイユなどなど…
外国籍のメニューが得意な料理の達人である。
実はユリちゃんや兄嫁さんが本当に食べたいのは、こういう料理。
女性は、横文字の料理が好きなものだ。
あまり家で作らない横文字の料理は、どうしても食べたけりゃ
専門店に行きゃあよかろう…私はそう思っているが
工夫を重ねて何としても家庭の食卓に並べたい人や
何としても居ながらにして食べたい人はよくいる。
梶田さんやユリちゃんたちは、その流派だ。
そっちの流派は、単なる食いしん坊の場合もあるが
梶田さんの場合は豊富な海外旅行の経験から
現地で食べたものを再現したいという熱意によるものである。
ともあれユリちゃんと兄嫁さん2人の本音は
いつも梶田さんに料理をお願いしたい。
それは言動から見て取れる。
しかし料理によっては、年取った檀家さんに向かないものもある。
大人数の料理に慣れてない梶田さん1本に絞ると彼女の負担になるし
我々旧5人会の心がお寺から離れるのも困る。
そこで梶田さんがやらない時は、我々に田舎料理を作らせる…
というところで間違いない。
ユリちゃんは人数が多めの行事には我々同級生を
選ばれし精鋭が集まる内輪の会食には梶田さんを起用するという
シビアなシステムを確立しているのだ。
「私らは、梶田さんの合間の繋ぎよね」
メンバーのマミちゃんは時々、確認するように私にささやく。
「そうよ…うちらは梶田さんの前座、補欠」
私も言って、フフフと笑い合う。
繋ぎ、前座、補欠…
それらはやっかみではなく、気が楽になるからだ。
我々がユリちゃんたちのお気に召さない料理を作っても
次回は梶田さんがカバーしてくれる…
我々の役目は、シェフ梶田の料理を引き立てることだ…
そう思ったら、何やら肩の荷が軽くなる。
ただし、このことに気がついてから
お寺料理に対する我々の情熱が、いささか冷めたのは事実だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/ec/689dfc8565ea23a5f681ff1eeb05031b.jpg)
さて当日がやってきた。
お寺の座敷で、いよいよグリーンカレーの会の始まりだ。
梶田さんの料理は完全持ち込み方式。
料理も食器も全て持って来て
使った皿やスプーンなんかはそのまま持って帰るし
ランチョンマットや手作りの箸袋まで持ってくる。
食べる前に、料理を温めることすらしない。
せっかくの楽しい時間を準備や後片付けに使うのは
もったいないからだそう。
ユリちゃんから話には聞いていたが、実際に見たのは初めてだったので
その徹底ぶりとスピードに感嘆しつつ
これだけのものを家で作って運ぶ労苦と頭脳に頭が下がる思いだった。
そんな彼女の秘密兵器は、二重底の保温鍋。
小ぶりなバケツくらいのステンレス製で
タイガーというメーカーが出している。
これで温かい料理を作ると、そのまま保温できるという。
ただしこの鍋で料理を作り
梶田さんの家にある5合炊きの炊飯器でご飯を炊き
さらにデザートや食器まで用意して、美しく盛り付けるとなると
可能な人数はせいぜい7〜8人分で、それ以上は無理。
梶田さんの持ち込み料理には、人数制限が設けられているのだ。
だから大人数の料理が、我々に回ってくる。
ちなみにその日は我々4人とユリちゃんの兄嫁さんで5人
それから梶田さんで、計6人。
残りは兄嫁さんの娘と、ユリちゃんのご主人モクネン君の夕飯だ。
今回はこの制限付きの鍋に、熱々のグリーンカレーが入っている。
そのグリーンカレーを一人分ずつ、器に移す。
そしてグリーンカレーに付き物の“サフラン的ライス”は
直径8センチくらいの半円形のタッパーに入れられ
保温されたものが人数分、用意されている。
皿にタッパーをひっくり返したら
温かいご飯が丸く型抜きされるというわけだ。
おっと、サフラン的ライス(みりこん命名)の説明をしておこう。
黄色く色付けしたサフランライスを作りたい時
通常はサフランという花の雄しべだか雌しべだかを
乾燥させたものを使う。
これを入れると真っ黄色のご飯が炊けて
カレーのご飯やパエリアになるが、難点がひとつ。
スパイスにしては、少しお値段が高め。
そこで、やりくり上手の梶田さんはご飯を炊く時
サフランの代わりにクチナシの実を入れて黄色に染める。
クチナシの実は、さつま芋のキントンを
より鮮やかな黄色にするために使うものだ。
味も香りもつかないし、ただ黄色ければいいのだから
安価なクチナシで代用するというわけ。
あとは、保冷剤で適度に冷やされた野菜サラダを各自の器に移す。
それから付け合わせとして人参のサラダ、油揚げのチーズ巻き
数種類の豆を煮た物と焼きカボチャが用意されており
それをサフラン的ライスの周りに飾れば
彩りも鮮やかな梶田スペシャルの出来上がりだ。
梶田さんのグリーンカレーは、例の兄貴のイベントで
二度、食べたことがある。
油断したらゲホッとむせてしまうほど辛いが、抜群にうまい。
三度目を食べられて、幸せだ。
デザートは撮影し忘れたが、梶田さん特製のパンナコッタ。
上にかけるフルーツソースにこだわりがあって
この日はいちじくジャムとフレッシュいちごの組み合わせだった。
楽しい食事が終わると、梶田さんは慣れた手つきで皆の皿を回収し
ダンボールに収納。
テーブルはあっという間に片付いた。
家に帰ってから洗うと思うと申し訳ないが
ユリちゃんの説明によれば、それが彼女の心意気であり
それらを含めた全てが彼女の料理だそうなので、甘えることにした。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、解散する前にユリちゃんが言った。
「じゃあ、一人千円ずつ、梶田さんにお支払いしましょう」
マミちゃんと私は、思わず顔を見合わせた。
無言だが、その胸中はお互いの顔に描いてある。
「うちらが作る時は材料費の領収と引き換えで
梶田さんだと、お食事代になるのかよ?!」
わかっていたとはいえ、ずいぶんと差がついたものだ。
(ここ、笑うところよ)
「そんなつもりで作ったんじゃないのよ!」
謙虚な梶田さんは飛び上がって驚き、遠慮した。
裕福で優しい彼女は、けいちゃんが抜けて元気の無い我々を励まし
また女子会を催すきっかけになれば、と思っただけだ。
それは皆、わかっている。
兄貴の所で、これと全く同じものを1,500円で出していたので
千円が控えめな金額であることも知っている。
梶田さんは結局、皆の勧めに折れる形で
恐縮しながら受け取ることになった。
こうして差別化すれば、人の良い彼女が今後
もっともっと頑張ってくれるのは目に見えている。
お寺の奥さん歴40年のユリちゃんは人を動かすプロとして
それをちゃんと見越しているのだ。
さすがである。
楽しいグリーンカレーの会は終わった。
そして翌週。
ユリちゃんから請われるままに、我々旧5人会は懲りもせず
お寺で田舎料理を作ることになる。
それは近いうちに、お話しさせていただくつもりだ。
あ、何が完全版だって?
人に全部作ってもらうのが、一番の手抜き料理だと思ったから。
ユリちゃんの実家のお寺に集まった。
旧というのは、メンバーの一人だったけいちゃんが抜けたから。
昨年の11月末に、東京へ引っ越してしまったので
5人会は4人会になったのである。
残された我々は、けいちゃんロスにより
彼女が去って以降、女子会を催す気になれないままだ。
そんな我々を見かねた梶田さんから
お手製グリーンカレーのランチを振る舞ってくれるという
ありがたい申し出があった。
梶田さんは、ユリちゃんの嫁ぎ先のお寺でよく料理を作っていて
このシリーズにもよく登場する60代半ばの女性。
見た目も心も美しい、元公務員だ。
グリーンカレーを始めロコモコ、ガパオライス、ラタトゥイユなどなど…
外国籍のメニューが得意な料理の達人である。
実はユリちゃんや兄嫁さんが本当に食べたいのは、こういう料理。
女性は、横文字の料理が好きなものだ。
あまり家で作らない横文字の料理は、どうしても食べたけりゃ
専門店に行きゃあよかろう…私はそう思っているが
工夫を重ねて何としても家庭の食卓に並べたい人や
何としても居ながらにして食べたい人はよくいる。
梶田さんやユリちゃんたちは、その流派だ。
そっちの流派は、単なる食いしん坊の場合もあるが
梶田さんの場合は豊富な海外旅行の経験から
現地で食べたものを再現したいという熱意によるものである。
ともあれユリちゃんと兄嫁さん2人の本音は
いつも梶田さんに料理をお願いしたい。
それは言動から見て取れる。
しかし料理によっては、年取った檀家さんに向かないものもある。
大人数の料理に慣れてない梶田さん1本に絞ると彼女の負担になるし
我々旧5人会の心がお寺から離れるのも困る。
そこで梶田さんがやらない時は、我々に田舎料理を作らせる…
というところで間違いない。
ユリちゃんは人数が多めの行事には我々同級生を
選ばれし精鋭が集まる内輪の会食には梶田さんを起用するという
シビアなシステムを確立しているのだ。
「私らは、梶田さんの合間の繋ぎよね」
メンバーのマミちゃんは時々、確認するように私にささやく。
「そうよ…うちらは梶田さんの前座、補欠」
私も言って、フフフと笑い合う。
繋ぎ、前座、補欠…
それらはやっかみではなく、気が楽になるからだ。
我々がユリちゃんたちのお気に召さない料理を作っても
次回は梶田さんがカバーしてくれる…
我々の役目は、シェフ梶田の料理を引き立てることだ…
そう思ったら、何やら肩の荷が軽くなる。
ただし、このことに気がついてから
お寺料理に対する我々の情熱が、いささか冷めたのは事実だ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/41/ec/689dfc8565ea23a5f681ff1eeb05031b.jpg)
さて当日がやってきた。
お寺の座敷で、いよいよグリーンカレーの会の始まりだ。
梶田さんの料理は完全持ち込み方式。
料理も食器も全て持って来て
使った皿やスプーンなんかはそのまま持って帰るし
ランチョンマットや手作りの箸袋まで持ってくる。
食べる前に、料理を温めることすらしない。
せっかくの楽しい時間を準備や後片付けに使うのは
もったいないからだそう。
ユリちゃんから話には聞いていたが、実際に見たのは初めてだったので
その徹底ぶりとスピードに感嘆しつつ
これだけのものを家で作って運ぶ労苦と頭脳に頭が下がる思いだった。
そんな彼女の秘密兵器は、二重底の保温鍋。
小ぶりなバケツくらいのステンレス製で
タイガーというメーカーが出している。
これで温かい料理を作ると、そのまま保温できるという。
ただしこの鍋で料理を作り
梶田さんの家にある5合炊きの炊飯器でご飯を炊き
さらにデザートや食器まで用意して、美しく盛り付けるとなると
可能な人数はせいぜい7〜8人分で、それ以上は無理。
梶田さんの持ち込み料理には、人数制限が設けられているのだ。
だから大人数の料理が、我々に回ってくる。
ちなみにその日は我々4人とユリちゃんの兄嫁さんで5人
それから梶田さんで、計6人。
残りは兄嫁さんの娘と、ユリちゃんのご主人モクネン君の夕飯だ。
今回はこの制限付きの鍋に、熱々のグリーンカレーが入っている。
そのグリーンカレーを一人分ずつ、器に移す。
そしてグリーンカレーに付き物の“サフラン的ライス”は
直径8センチくらいの半円形のタッパーに入れられ
保温されたものが人数分、用意されている。
皿にタッパーをひっくり返したら
温かいご飯が丸く型抜きされるというわけだ。
おっと、サフラン的ライス(みりこん命名)の説明をしておこう。
黄色く色付けしたサフランライスを作りたい時
通常はサフランという花の雄しべだか雌しべだかを
乾燥させたものを使う。
これを入れると真っ黄色のご飯が炊けて
カレーのご飯やパエリアになるが、難点がひとつ。
スパイスにしては、少しお値段が高め。
そこで、やりくり上手の梶田さんはご飯を炊く時
サフランの代わりにクチナシの実を入れて黄色に染める。
クチナシの実は、さつま芋のキントンを
より鮮やかな黄色にするために使うものだ。
味も香りもつかないし、ただ黄色ければいいのだから
安価なクチナシで代用するというわけ。
あとは、保冷剤で適度に冷やされた野菜サラダを各自の器に移す。
それから付け合わせとして人参のサラダ、油揚げのチーズ巻き
数種類の豆を煮た物と焼きカボチャが用意されており
それをサフラン的ライスの周りに飾れば
彩りも鮮やかな梶田スペシャルの出来上がりだ。
梶田さんのグリーンカレーは、例の兄貴のイベントで
二度、食べたことがある。
油断したらゲホッとむせてしまうほど辛いが、抜群にうまい。
三度目を食べられて、幸せだ。
デザートは撮影し忘れたが、梶田さん特製のパンナコッタ。
上にかけるフルーツソースにこだわりがあって
この日はいちじくジャムとフレッシュいちごの組み合わせだった。
楽しい食事が終わると、梶田さんは慣れた手つきで皆の皿を回収し
ダンボールに収納。
テーブルはあっという間に片付いた。
家に帰ってから洗うと思うと申し訳ないが
ユリちゃんの説明によれば、それが彼女の心意気であり
それらを含めた全てが彼女の料理だそうなので、甘えることにした。
楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、解散する前にユリちゃんが言った。
「じゃあ、一人千円ずつ、梶田さんにお支払いしましょう」
マミちゃんと私は、思わず顔を見合わせた。
無言だが、その胸中はお互いの顔に描いてある。
「うちらが作る時は材料費の領収と引き換えで
梶田さんだと、お食事代になるのかよ?!」
わかっていたとはいえ、ずいぶんと差がついたものだ。
(ここ、笑うところよ)
「そんなつもりで作ったんじゃないのよ!」
謙虚な梶田さんは飛び上がって驚き、遠慮した。
裕福で優しい彼女は、けいちゃんが抜けて元気の無い我々を励まし
また女子会を催すきっかけになれば、と思っただけだ。
それは皆、わかっている。
兄貴の所で、これと全く同じものを1,500円で出していたので
千円が控えめな金額であることも知っている。
梶田さんは結局、皆の勧めに折れる形で
恐縮しながら受け取ることになった。
こうして差別化すれば、人の良い彼女が今後
もっともっと頑張ってくれるのは目に見えている。
お寺の奥さん歴40年のユリちゃんは人を動かすプロとして
それをちゃんと見越しているのだ。
さすがである。
楽しいグリーンカレーの会は終わった。
そして翌週。
ユリちゃんから請われるままに、我々旧5人会は懲りもせず
お寺で田舎料理を作ることになる。
それは近いうちに、お話しさせていただくつもりだ。
あ、何が完全版だって?
人に全部作ってもらうのが、一番の手抜き料理だと思ったから。