殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

現場はいま…攻防戦・5

2021年03月06日 15時00分51秒 | シリーズ・現場はいま…
トンジの前例を持ち出して

人の気持ちが変わりやすいことを長男に話した私は

いよいよ本題に入った。


「ところで君、佐藤君の国籍を考えたことがありますかいの」

「……」

長男はポカンとして私の顔を見た。

「そこまで考えを巡らせんと、大人とは言えん。

同胞の絆は、友情より強いんよ。

あんたにとっては寝返りや裏切りでも

あの人たちにとっては同胞を大切にした美談になる」

「…母さんは知っとったん?」

「はっきり確認はできんけど、おそらく」

「何で…」

「何年も前になるけど、佐藤君がこっちにおった時

料理を教えてもらったのを知っとるよね?

あの人は料理が好きじゃけん、説明がわかりやすかったけど

教えてくれた料理はナムルと冷麺。

他にオムライスとか、色々聞いたけど

ナムルと冷麺ほどの熱意は感じられんかった。

その時に、あれ?と思うたんよ。

お客さんと、北の太った坊っちゃんのことを話した時にも感じた。

いっつも人の話に口挟んでくるのに、この話題になったら毎回沈黙。

絶対に精密検査に行かん頭痛もじゃけど

いろんな人に近づいちゃあ、あれこれ聞き出して

それをまた別の所でチクッて、必ず人を揉ませるじゃろう。

言い方がソフトなけん、気がつきにくいけど

やりょうることは藤村と同じじゃん。

でもそのうちよそへ飛ばされたけん、そのままになった。

去年、藤村に誘われて戻ってきたけど、今思えば同胞絡みじゃないかと。

同胞で組むのは、習性じゃけんね」

「新しい運転手が入ったら、佐藤さんは元の支社に戻るじゃん」

「甘いわ。

向こうでもいらんけん、こっちに来たんじゃん。

この3ヶ月の間に、早く佐藤を返して欲しいなんて

向こうの人が言うの聞いた?

ゼロじゃろ?

厄介払いで回ってきたんよ」

「……」

「一緒に働く人の国籍まで考えて

仕事をせんといけん時代になっとるんよ。

どこの国の人でもそうじゃけど

民族性いうもんを頭に入れて付き合わんと、ケガするで。

見よってみ。

佐藤君の手の平返しは、幕開けに過ぎん。

これからは、あんたが想像できんことが色々起きる」

「え〜?まだ?」

「藤村は何やかんや理由つけて、こっちに来るよ」

「そんな…」

「あいつが一回手にした物を手放すもんかい。

独裁の味を覚えさしたけん、よう離れんわ」

「本社の命令は?」

「関係無いね。

こっちの落ち度を探して、カムバックを狙い続けるよ。

そのためには、こっちへ通うてネタを探さにゃならん。

これで藤村とお別れなんて、夢にも思うなよ」

「……」


「それから松木と藤村は今は仲が悪いけど、そのうち絶対組む」

「あ、それ、俺もちょっと考えとった。

父さんが邪魔っていうのが共通しとるけん」

「ほうよ。

ゲスほど、共通の利益のためには簡単に群れる。

父さんは松木を信用しとるけど、あんたは油断したらいけんよ。

父さんのサポートも、あんたの仕事のうちじゃけんね。

社員とチャラチャラしょうる段じゃないで。

親父と息子が一枚岩になっとかんと、やられる」

「わかった…」


さて、藤村と佐藤君の計画が失敗に終わったため

佐藤君は3年ぶりに頭痛発症。

配車がこっちへ戻った場合に備え、難所へ行かされないための準備だ。

長男はその変わり身に呆れ

彼と付かず離れずの距離を取るようになった。



やがて藤村がヒラの営業マンとして本社に戻る

運命の20日が訪れた。

藤村以外は皆、ウキウキとその日を過ごし

藤村からはこれといった挨拶もないまま、その日は終了した。


そして週明けの月曜日。

藤村、相変わらず来とるし。

何ごとも無かったかのように、彼の私物が無くなった席に座っとるし。

驚く一同に、藤村はしれっと言う。

「残務整理。

俺が配車したチャーターも今日来とるけん、責任がある」

その責任感は、別の所で発揮して欲しいものだ。

例えばセクハラとパワハラで訴えられた時とか。


藤村の“残務整理”は、何日経っても終わらなかった。

変わらず毎日やって来ては事務所で時間をつぶし、配車権も返さない。

配車権を返したら、癒着相手からのリベートが止まるので

何が何でもしがみつく所存だ。


自分がやるはずの仕事…威張ることや、無意味な命令をすること…

がいっこうに回って来ないので苛立つ松木氏。

「早く営業に行け」

藤村に言う松木氏と

「まだ用事がある」

のらりくらりと動かない藤村は、たびたび衝突して言い合いになり

夫はそれを眺めて楽しむ状況がしばらく続いた。

松木氏は、近いうちに必ず夫を裏切る…

私はその懸念を払拭できないままだったが

夫にもつかの間の安らぎが必要と考え

余計なことは言わずに見守るのだった。


やがて藤村は、松木氏とのせめぎ合いにストレスを感じたらしく

次男に本音を訴えた。

「年末のボーナスから俺の査定がCに下がったけん

支給額も下がったんじゃ。

ずっとAじゃったのに、何でや!」

藤村は悪人だが、妙に子供っぽいところがあるのだ。

「そりゃあ、神田さんに訴えられたけんじゃろう」

「たった1回の過ちで?!」

「1回でも過ちは過ちよ」

「ケチじゃのう!」

次男は藤村の査定が下がったことよりも

今までAだったことに驚くのだった。


それから藤村は、将来の展望を話した。

「お前の親父は65才になったらクビじゃろうけん

俺の時代まで、あと2年の辛抱じゃ」

次男は父親の引退を指折り数えて待ついやらしさよりも

あと2年したら、ヒラの彼自身が定年退職になるのを全く考えてないことに

やはり驚くのだった。


次男からこのことを聞いた私は

藤村の居座りが、あと2年は続くと確信した。

軒を貸したら家まで盗られる…かの民族の得意技だ。

藤村の所属が本社に戻ったとはいえ

本社の方も彼に出入りしてもらいたいわけではない。

藤村がこのまま動かなければ

子どものように手を引っ張って連れ出すわけにもいかず

そのうち、なあなあになって、このまま放置される可能性が高い。

我が社は、給料泥棒の軟禁所に成り下がるのだ。


そんなに残りたいなら、簡単なことだ。

事務を覚えればいい。

そうすれば営業ができなくても、現場のことがわからなくても

残留しやすい。

しかし藤村に事務は無理だった。

民族性の違いから、漢字が苦手だからである。

音読みと訓読みの区別がつかないため

書類や取引先の名称がわからない。

藤村が裏リベートを受け取っているM社の漢字すら

未だに間違えているありさま。

彼にできるのは、仕事をするフリと空威張りしか無いのである。


やがて3月に入ると、松木氏がコロリと変身した。

次長の肩書きをもらって威張りたい一心の松木氏は

難航しそうな藤村の排除をあきらめ

夫や息子たちに思いつきで無茶な命令をしては

従わせようとし始めたのだ。

やっていることは、藤村と同じである。


もちろん、そのたびに衝突したが

舌戦の不得手な夫の消耗は激しかった。

藤村と松木氏が交代したと思っていたら

アホの船頭が2人になっただけ。

夫のみならず、我々の失望は大きかった。


が、滅入ってはいられない。

我々は最近、新しい道を発見したのだ。


始まりは先月の末、次男の引き抜き話からである。

相手は市外にある同業者。

同業者としての歴史は浅く、規模もまだ小さいが

その会社と仕事をするうちに親しくなった。

運転手たちの気持ちの良さや仕事への情熱は素晴らしく

別の堅い事業がベースになっているこれからの会社で、金だけはある。

そこが次男を高給で引き抜こうとしているのだ。


その経緯で次男から現状を聞いた社長が、夫に新規事業への参加を打診した。

つまりそこはチャーターだけでなく

我が社と同じ卸業の仕事を始めたいと考えているが、ノウハウが無い。

そのため仕入れと船舶のルートを持ち

ベテランの重機オペレーターである夫を責任者として迎えたいという話。


社長の話では去年の夏、藤村がやたらとチャーターを呼んで

夫が三桁にのぼる積み込み回数をこなしたことを

チャーターとして来ていた社員から聞き、その時から考えていたそうだ。

社長は、夫が転職したあかつきに

今の会社を潰すつもりで勝負に出るという。

我々は、今の会社にアホな船頭だけ2人残し

みんなで転職したら、さぞ面白かろうと笑っている。


とはいえ夫は誘われたことよりも

自分のオペレーター技術が評価されたことを喜び

「今までの10年が報われた」と言う。

私も、夫の技術がわかる人がいたことが嬉しく

そんな社員のいる会社は素晴らしいと思う。

これなら、たとえ騙されたとしても本望だ。

誘いに乗るかどうかは未定だが

還暦を超えても未来が拓かれる夫は、やっぱり強運だと思っている。

《完》
コメント (12)
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