殿は今夜もご乱心

不倫が趣味の夫と暮らす
みりこんでスリリングな毎日をどうぞ!

崖っぷちウグイス日記・7

2022年11月29日 13時42分28秒 | 選挙うぐいす日記
選挙カーのスピーカーが民家の軒先に接触した時のドライバーは、候補の親戚。

皆からトシちゃんと呼ばれている、70代の気のいい大工だ。

彼は昼までの業務を終えたその足で現場を見に行き

我々が昼ごはんを食べている間に修繕して戻ってきた。

幸い、大きなダメージではなかったという。


「大工さんがいてくださると、助かりますねぇ」

食後のお菓子を食べながら、他人事のように言うナミ。

「おまえのせいじゃ」

小言を言う私。

「え〜?私のせいなんですか?」

本気で驚くナミ。

驚きたいのはこっちじゃっちゅうねん。

その夜、このナミが役に立とうとは夢にも思わなかった私である。



夜間のドライバーは夫。

その日も5時半に選挙事務所を訪れ、戻って来た我々と一緒に夕食を済ませると

6時に出発した。


最初は順調だった。

やがて7時を回り、選挙カーはひと気の無い山道にさしかかる。

この先にある山奥村を一巡したら、本日の業務は終了だ。

と…夫は選挙カーを突然停め

「ダメだ、こりゃ」

ドリフのいかりや長介みたいに言い捨てると、車を降りて後方へ走り去った。


候補も我々ウグイスも、いったい何が起こったのかわからない。

何かにぶつかったり、何かを轢いた感触も無かったし…

おしっこかな?この人も前立腺が危ういお年頃よね…

などと思いながら車を降り、夫の走り去った方向へ向かう私。


夫の行方は、すぐにわかった。

煌々と灯る選挙カーのアンドンに照らされた道路…

そこには、おはぎ大の“ブツ”が点々と落下していたからである。

ヘンゼルとグレーテルの話を思い出しながら、その点々の先を見ると

夫は道路の端にある浅い側溝に立ち尽くしていた。


「どしたん?」

一応たずねた。

アンドンの明かりに浮かび上がる夫は、浮気が見つかった時と同じ

当惑した表情でつぶやく。

「出た…」


何が?…私は問いたかった。

“幽霊”とでも言ってくれたら、どんなにいいだろう…

それがダメなら、おしっこでもいい…良くはないが妥協する…

しかし願いも空しく、幽霊やおしっこでない物が出たのは確か。

間に合わなかったらしい。


はなはだ気の毒な状況となった夫だが、これは自業自得である。

彼は毎日、夕方までの仕事を終えると、いつも友だち数人で集まり

6時までおしゃべりをして過ごすのが日課。

選挙戦が始まっても、この習慣を変えることは無かった。

仕事の無い初日の日曜日を除き、月曜日と火曜日は

仕事が終わると相変わらず友だちの所へ行って5時半まで過ごしていた。

それから選挙事務所に駆け込み、大急ぎで弁当を食べるやいなや

6時に選挙カーで出発するという慌ただしい行程を繰り返していたのだ。


選挙カーの運転は、本人が思う以上に負担の大きい仕事である。

こんなことでは心身に無理が来ると感じた私はその朝、夫に苦言を呈した。

「もう若くないんだから、余裕を持って行動した方がいい。

一週間ぐらい、友だちに会えなくてもいいではないか」

しかし頑固な夫が聞き入れるはずもなく、その日もギリギリになって選挙事務所に来た。


これをやると、事務所に居る几帳面な人は心配する。

手伝いの奥様がたも、ただでさえ慣れなくて段取りが悪いのに

急いで弁当やお茶を出さなければならなくなり、バタバタと慌てふためく。

私はそれを眺めるにつけ、いたたまれない気持ちになった。

早めに顔を出して周囲を安心させるのも、選挙カー搭乗員の使命である。

今だから言うが、夫と一緒に選挙活動をしたくなかった理由の一つは

いつもギリギリに滑り込み、結果オーライで乗り切る彼の性分だ。

たかが市議選とナメてかかる夫に、言うなれば天罰が下ったとしか思えない。


とはいえ、この天罰にはさすがに私もうろたえた。

崖っぷちどころか、もう落ちてしまった気分よ。

それでも道路に点々と落ちていたブツが水状でなく、かろうじて形を成していたことや

夫がしゃがみ込んだり倒れたりせず、側溝に立ち尽くす体力を保持していたこと

いっそ出るものが出て、わりあい元気そうなことに安堵を感じてもいた。

食中毒や感染症などの深刻な病状ではないと思われたからである。

明日からドライバーができないなんてことになったら、候補や陣営に申し訳ないではないか。


私は車にとって返し、候補とナミに事情を説明。

「すみません…ゲリラに襲われたみたいなので、少々お時間いただきます」

「大丈夫ですか?」

候補もナミも心配そうだ。

「もう手遅れなので、後始末が終わったら、すぐ稼働しますね」

「姐さん、そんなこと気にしないでください」

「ありがとうございます。

ただ、お二人には匂いを我慢していただくことになりますが…」

「僕は親父の介護で慣れてますから、何ともありません」

「私も全然、大丈夫です」


起きたことは仕方がないとして、問題は夫のズボンじゃ。

着替えなんて持ってないので、再び選挙カーに乗るとなると

座席を汚すのは決定事項。

夫は着ていたジャンパーと薄手のトレーナーを脱いで、半袖シャツ1枚になっていた。

ジャンパーとトレーナーが無事であれば、その2枚を座布団代わりに敷いて

運転させることができるが、ジャンパーの方は汚れた腰回りに巻こうとしたらしく

すでに“ブツ”まみれ。

トレーナーはティッシュ代わりに使用したらしく、側溝に落ちている。


どうしようもないので、私の使っている座布団を犠牲にしようと思った。

が、ただでさえ座高の高い夫が、これ以上高くなったら天井に頭がつかえるかも…

と思案していたら、ナミが言った。

「あの、私、ビニールの雨ガッパを持っているので、よかったら敷いてください。

すごくボロなので、そのまま捨てられますから」

晴れた日にカッパを持って来るのが、ナミ。

しかしそのお陰で、運転席のシートは守られた。


「皆さん、これは夢です。忘れましょう」

候補は前日の宙ぶらりんに引き続いて言った。

「はい、何も覚えていません」

私とナミは答え、夫はナミのカッパを腰に巻いて運転を再開した。


活動を中断して、早々と事務所に帰る選択肢は無い。

イレギュラーなことをしたら事務所で説明が必要になり、夫の不幸が公となる。

夫をこの場に残して息子を迎えに来させ、候補か私が選挙カーを運転するのもダメ。

選挙カーのドライバーは登録制なので、誰でもいいというわけにはいかない。

事務所から登録してあるドライバーを呼んで、交代するしかないのだ。

そうすれば、やっぱり夫に起きた問題が明るみに出てしまう。

候補はこれを回避するために、身体が大丈夫であれば続行を、と望んだ。


私もまた、すでに悲惨な状態のズボンが元に戻るわけじゃなし

夫には任務を遂行させる方が、彼の精神的ダメージを少なくできると思った。

そして夫もやると言うので、続けることになった。

選挙は候補にとっても、我々運動員にとっても命懸けの勝負。

腹を下したぐらいで、へこたれてはいられないのである。

《続く》

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6 コメント

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Unknown (田舎爺S)
2022-11-29 14:47:24
ウーン、災難は忘れたころにやって来る。
いやあ、いいセリフですね、
「これは夢です、忘れましょう」
「はい、何も覚えていません」
ゴーゴーレッツゴー!
返信する
Unknown (ぎんど)
2022-11-29 15:25:51
お久しぶりです。みりこんさま
ブログが更新されてると喜んで読んでたら内容がえっ?これって大なの!?
ええええーーーーっ!! チョコレートムースを食べながら読んでしまいました。

ご主人もまさかな出来事だったでしょう。
最近、私は加齢で尿漏れ防止にお尻の穴を閉める体操をしてます。習慣づけないと。

候補良い方ですね。きっと運がつきますよ。
応援してます。
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Unknown (みりこん〜田舎爺Sさんへ)
2022-11-29 19:03:54
ウーン!笑
無茶なスケジュールで体調を崩したら困るとは思っていましたが
まさか、こんなことになろうとは。
隣のおじさんが生前、スーパーのトイレ近くでやらかした話を
何年か前におばさんから苦労話として聞かされ、大笑いしたものですが
自分たちも同じ身の上になるとはね。
今後は大きいビニール袋、必携だと思いました。

これは夢です…いいセリフなんですよ。
本当に忘れてしまいそうになります。
返信する
Unknown (みりこん〜ぎんどさんへ)
2022-11-29 19:26:31
お久しぶりです!
チョコレートムース、食べてらしたの?
ごめんなさいね〜笑

大はまさかでした。
しかも間に合わないとは、想定外。
高齢化が進んで尿漏れ人口、増えていますね。
ヨシコもその一人で、私はいつも尿漏れパッドを買いに行かされます。
最初は嫌だったけど、慣れれば何てことなくなるものですね。
私もいずれは自分で買い物に行けなくなるでしょうし
ネット通販もできなくなるかもしれないので
他人事と思わず気をつけたいと思います。

候補、本当に良い人なんです。
真面目で仕事はできるけど、ファンを増やすのがヘタで
組織票が無いため、得票に苦労するタイプ。
応援、ありがとうございます。
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Unknown (しおや)
2022-11-30 12:26:40
旦那様も「崖っぷち」だったとは…
う、運がつくから大丈夫だじょ!
返信する
Unknown (みりこん〜しおやさんへ)
2022-11-30 14:28:23
ハハハ!そうなんですよ〜!
夫も年令的に無理がきかない崖っぷち。
体力の過信はいけませんね。

ウン、ついてると思いました。
もよおしたのが山道でなく市街地だったら
どうなったことかとゾッとします。
ウンがついた後は、ウンをテンに任せて運転よっ!
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