★ 『くろうとはどの道の人も、みなあと片付けがうまい』
幸田文は、あの幸田露伴の娘です。高校の国語の教科書に、露伴が、厳しく娘に雑巾がげを教え込む、二人の姿を描いた文があったような記憶があります。桶の水で雑巾を洗って絞る加減、階段を横にすっと滑らせ、壁に当たる直前に紙一重で止める奥儀。達者な文の文とともに記憶しています。
その文の見つけた人物評です。くろうとが片付けがうまいとは真実かもしれませんが、片付けがうまくできない、しようとしないような人は、くろうととは言えないのではあるまいか。文も当然この意を含んで書いた文に違いありません。
くろうとの代表として、文はこんな言葉も残しています。
花の先生が生け終わった時、不要になった枝を、3寸ほどに切りそろえて、纏めた。その様を見た時、塵さえいとおしく見えた。また、経師屋さんは障子を張り替えた後、次の家人の掃除がしやすいように、片付ける、という。
これもあやふやな記憶ですが、私も母から教えられたことがあります。
「食事の支度をする時、片付けながらやりなさい。料理が仕上がる時には、流しがきれいに片付くように段取りよくやるのよ」
段取りよく、なるべく使う鍋なども数少なく使いまわすこと。準備に使った道具類は、こまめに、面倒くさがらず後始末しながら動くこと。食べ終わったのちの片付けが、格段に楽になること疑い無しですね。