◆ 不公正社会を税制から変える
「富裕税」導入の絶好機
所得格差と貧困、一極集中する富…。参院で審議中の消費増税ではそれをさらに悪化させるだけ。不公正な金持ち優遇税制を変えるにはまず、戦後最低レベルにある所得税率に手をつけるべきだが、それとともに検討すべきなのが「富裕税」である。(本誌編集部)
富裕税とは、文字どおり「富裕者から取る税金」なのだが、なぜいま富裕税なのか。そもそも富裕税とはどのような税金なのか。
◆ なぜ富裕税なのか
かつては「一億総中流」と言われた日本だが、今や格差・貧困が深刻化。庶民の生活実態を示すいくつかのデータに、それは如実に表れる。たとえば、日本の貧困率は一六%(二〇〇九年)だ。二割近くの人が生きていくのにぎりぎりな貧困にあえいでいる。
先月発表された国連児童基金(ユニセフ)の報告でも、日本の子ども(一八歳未満)の貧困率は先進三五力国中ワースト九位の一四・九%で、じわりと上昇している。
正社員と比べて労働条件が悪く雇用保障もない非正規労働者の数は、労働者約五〇〇〇万人の約三五%に当たる一七三三万人で過去最高を記録(総務省統計・二〇一二年二月発表)。その非正規労働者のうち七四%が年収二〇〇万円以下のワーキング・プアだ(厚生労働省・二〇二年九月発表)。これが「経済大国」ニッポンの実情なのである。
一方で大企業はこの一〇年余り空前の利益を上げて内部留保を貯め込み、その額はなんと三〇〇兆円近く。個人を見ても年収五〇〇〇万円以上の金持ちが一〇年前の二・五倍にも達する(22、23ページ参照)。
こうしたいびつな二極化=不公正をもたらす構造の根っこにあるのが金持ち優遇税制である。そこにメスを入れるのが富裕税なのだ。
◆ 多くの国民が納得する税金
「今は富裕税を導入する絶好機です」と言うのは、「不公平な税制をただす会」代表理事の富山泰一さん。
「消費増税を決めた野田・民主党と自民、公明両党は、『広く薄い』課税が公平だとする理念を押しつけてだま国民を騙しています。しかし税金の本来の役割は『所得の再分配』。現行の税制は、税負担能力から見ると明らかに再分配促進の方向にはなっていません。『広く薄い』消費税では、税金も社会保険料も払えない低所得層を増やして貧困をより深刻化させることになります。富裕税の場合は担税力のある、つまり取れるところから取ることになるので低所得層にはなんの影響もなく、富の再分配・分配の平等も促進されます」
富裕税の特徴はおおむね<表>のようなものだ。簡単に言えば、すべての資産から借金を差し引いた純資産にかかる税金、ということである。
「富裕税は少ない税率で多額な財源を生み、所得の再分配には最も適した税制」(富山さん)という。
長所として、
▽公平の維持に役立つ
▽分配の平等を促進するなどが挙げられる一方、
短所として
▼税務執行上の困難
▼徴税費の大きさーーなどが指摘されるという。
さらに富山さんは言う。「欧州での富裕税の歴史は古いのですが、それは富の分配における社会的不公正の縮小を基本にし、所得税を補完すべきものとして位置づけられています。日本の税制は今、再分配が極端に悪化しており、格差と貧困が増幅しています。原因は金持ち優遇の所得税の最高税率などの引き下げ(注1)にあり、その改善策として富裕税の導入は急務ですね」
◆ フランスの富裕税
欧州の富裕税について詳しい、元静岡大学教授で税理士の湖東京至さん(中野合同税理士事務所)は話す。
「欧州ではさまざまな動きがあります(注2)。オランダは二〇〇一年から純資産に対し一律一・二%の富裕税を課し、フランスを除けば国税として富裕税があるのはオランダだけです。問題はフランスでして…」
問題というのは、今年五月の大統領選・決選投票で負けたニコラ・サルコジ氏が実施した二〇一一年の「大改正」のことだ。
湖東さんによれば、サルコジ氏は大統領選を意識し、同年七月に富裕層にとって「大改正」、庶民には「大改悪」を敢行。
簡単に言うと、富裕層のハードルを上げて、逆に税率を引き下げる一方、日本の消費税と同様の付加価値税を一・六%アップし、二一・二%に引き上げる内容だ。
付加価値税は今年一〇月から施行予定だったが、その前にサルコジ氏はぼろ負けして表舞台から退場。勝ったオランド氏は付加価値税の税率引き上げを撤回した。
そもそもフランスの富裕税はどんなものか。湖東さんはこう説明する。
「フランスの富裕税は一九八二年から実施されています。執行上の問題からすぐ廃止されましたが、六年後の八八年に復活。大統領が新自由主義者になると廃止ないし金持ち優遇をし、革新側になると復活という歴史を繰り返しています。税率は、サルコジによる改悪(二〇一一年)前までは○・五五%から最高一・六五%までの超過累進税率構造でした。問題は、どのくらいの資産があれば課税されるか、つまり課税最低限です。フランスでは毎年のように変動していて、二〇一一年の改悪時は八○万ユーロ(円に換算し約八○○○万円)の資産のある人が対象でした。これは中堅資産家までかかってくるので、確かに評判が悪かったのです。サルコジはこれを選挙目当てに一三〇万ユーロ(同約一億三〇〇〇万円)に引き上げ、かつ、税率を○・二五%から最高○・五%へと大幅に引き下げて二〇一二年から実施しました。金持ちは大喜びです。しかしそれまでは毎年四〇〇〇億円ほどあった税収がぐつと減るでしょう。ほとんどクズのような税金になってしまう。サルコジおよび富裕層の狙いは富裕税廃止なのです。日本もそうですが、新自由主義者の考えること、やることは同じですね」
湖東さんの言う「新自由主義者のやること」というのは、累進課税の骨抜きを目指し、公的支出を減らし、税収を消費増税などで庶民から「広く薄く」搾り取ることだ。フランスではサルコジ氏が敗北し何とか踏みとどまったが、日本では……。
◆ 日本での導入の可能性
実はかつて、日本でも一時期、富裕税が導入されていた。
敗戦後の一九五〇年、シャウプ勧告を受けて導入されたものだが、わずか三年で廃止になった。湖東さんが言う。「一九四七年当時の所得税の最高税率は八五%で、いくらなんでもこれでは高い。そこで所得税の最高税率を五五%に下げる代わりに、補完税として富裕税を導入したわけです」
税率は○・五%から三%まで。当時五〇〇万円の資産があれば最低の○・五%がかかった。当時の五〇〇万円と言えば、消費者物価指数を約七倍と見た場合、現在の三五〇〇万円くらいなので、かなり低い水準だ。
廃止された主な理由は財産の把握と評価が困難なこと、つまり執行上の問題だった。廃止後は所得税の最高税率を六五%に引き上げた。
現在の最高税率は四〇%まで下がっており、富裕税導入を検討してもおかしくはない。
現状で富裕税を導入するとすれば、同様の執行上の問題に突き当たるのか。湖東さんは言う。
「株や預貯金だけでなく自宅の土地、アパートなどの建物、山林、金の延べ棒や絵画に至るまですべての資産を把握し評価しなければなりませんから、結構大変です。しかし、国税庁は毎年四万四〇〇〇人ほどの相続税の対象者の資産を調べ上げているわけですから、できないことはない。問題は、課税最低限を下げれば下げるほど対象者も増えることです」
執行上無理のない基準を設ければ導入は可能。
格差・貧困社会をこれ以上悪化させないためにも、富裕税の導入を一刻も早く検討すべきだ。
(注1)一九八四年に七〇%だった所得税の最高税率は消費税導入の八九年に五〇%に下がり、二〇〇七年から現行の四〇%。この間、一貫して段階的に引き下げられている。
(注2)ドイツとアイルランドは一九九七年に富裕税を廃止。スウェーデンも二〇〇七年に廃止した。スイスは国税ではなく州税(地方税)として一・五%ほどの富裕税を課す。スペインは○八年に撤廃したが、昨年復活。二〇一二年から七〇万ユーロ(円に換算し約七〇〇〇万円)超の資産のある一六万人ほどに富裕税をかけている。
『週刊金曜日』(2012.7.20 904号)
「富裕税」導入の絶好機
所得格差と貧困、一極集中する富…。参院で審議中の消費増税ではそれをさらに悪化させるだけ。不公正な金持ち優遇税制を変えるにはまず、戦後最低レベルにある所得税率に手をつけるべきだが、それとともに検討すべきなのが「富裕税」である。(本誌編集部)
富裕税とは、文字どおり「富裕者から取る税金」なのだが、なぜいま富裕税なのか。そもそも富裕税とはどのような税金なのか。
◆ なぜ富裕税なのか
かつては「一億総中流」と言われた日本だが、今や格差・貧困が深刻化。庶民の生活実態を示すいくつかのデータに、それは如実に表れる。たとえば、日本の貧困率は一六%(二〇〇九年)だ。二割近くの人が生きていくのにぎりぎりな貧困にあえいでいる。
先月発表された国連児童基金(ユニセフ)の報告でも、日本の子ども(一八歳未満)の貧困率は先進三五力国中ワースト九位の一四・九%で、じわりと上昇している。
正社員と比べて労働条件が悪く雇用保障もない非正規労働者の数は、労働者約五〇〇〇万人の約三五%に当たる一七三三万人で過去最高を記録(総務省統計・二〇一二年二月発表)。その非正規労働者のうち七四%が年収二〇〇万円以下のワーキング・プアだ(厚生労働省・二〇二年九月発表)。これが「経済大国」ニッポンの実情なのである。
一方で大企業はこの一〇年余り空前の利益を上げて内部留保を貯め込み、その額はなんと三〇〇兆円近く。個人を見ても年収五〇〇〇万円以上の金持ちが一〇年前の二・五倍にも達する(22、23ページ参照)。
こうしたいびつな二極化=不公正をもたらす構造の根っこにあるのが金持ち優遇税制である。そこにメスを入れるのが富裕税なのだ。
◆ 多くの国民が納得する税金
「今は富裕税を導入する絶好機です」と言うのは、「不公平な税制をただす会」代表理事の富山泰一さん。
「消費増税を決めた野田・民主党と自民、公明両党は、『広く薄い』課税が公平だとする理念を押しつけてだま国民を騙しています。しかし税金の本来の役割は『所得の再分配』。現行の税制は、税負担能力から見ると明らかに再分配促進の方向にはなっていません。『広く薄い』消費税では、税金も社会保険料も払えない低所得層を増やして貧困をより深刻化させることになります。富裕税の場合は担税力のある、つまり取れるところから取ることになるので低所得層にはなんの影響もなく、富の再分配・分配の平等も促進されます」
富裕税の特徴はおおむね<表>のようなものだ。簡単に言えば、すべての資産から借金を差し引いた純資産にかかる税金、ということである。
「富裕税は少ない税率で多額な財源を生み、所得の再分配には最も適した税制」(富山さん)という。
長所として、
▽公平の維持に役立つ
▽分配の平等を促進するなどが挙げられる一方、
短所として
▼税務執行上の困難
▼徴税費の大きさーーなどが指摘されるという。
さらに富山さんは言う。「欧州での富裕税の歴史は古いのですが、それは富の分配における社会的不公正の縮小を基本にし、所得税を補完すべきものとして位置づけられています。日本の税制は今、再分配が極端に悪化しており、格差と貧困が増幅しています。原因は金持ち優遇の所得税の最高税率などの引き下げ(注1)にあり、その改善策として富裕税の導入は急務ですね」
◆ フランスの富裕税
欧州の富裕税について詳しい、元静岡大学教授で税理士の湖東京至さん(中野合同税理士事務所)は話す。
「欧州ではさまざまな動きがあります(注2)。オランダは二〇〇一年から純資産に対し一律一・二%の富裕税を課し、フランスを除けば国税として富裕税があるのはオランダだけです。問題はフランスでして…」
問題というのは、今年五月の大統領選・決選投票で負けたニコラ・サルコジ氏が実施した二〇一一年の「大改正」のことだ。
湖東さんによれば、サルコジ氏は大統領選を意識し、同年七月に富裕層にとって「大改正」、庶民には「大改悪」を敢行。
簡単に言うと、富裕層のハードルを上げて、逆に税率を引き下げる一方、日本の消費税と同様の付加価値税を一・六%アップし、二一・二%に引き上げる内容だ。
付加価値税は今年一〇月から施行予定だったが、その前にサルコジ氏はぼろ負けして表舞台から退場。勝ったオランド氏は付加価値税の税率引き上げを撤回した。
そもそもフランスの富裕税はどんなものか。湖東さんはこう説明する。
「フランスの富裕税は一九八二年から実施されています。執行上の問題からすぐ廃止されましたが、六年後の八八年に復活。大統領が新自由主義者になると廃止ないし金持ち優遇をし、革新側になると復活という歴史を繰り返しています。税率は、サルコジによる改悪(二〇一一年)前までは○・五五%から最高一・六五%までの超過累進税率構造でした。問題は、どのくらいの資産があれば課税されるか、つまり課税最低限です。フランスでは毎年のように変動していて、二〇一一年の改悪時は八○万ユーロ(円に換算し約八○○○万円)の資産のある人が対象でした。これは中堅資産家までかかってくるので、確かに評判が悪かったのです。サルコジはこれを選挙目当てに一三〇万ユーロ(同約一億三〇〇〇万円)に引き上げ、かつ、税率を○・二五%から最高○・五%へと大幅に引き下げて二〇一二年から実施しました。金持ちは大喜びです。しかしそれまでは毎年四〇〇〇億円ほどあった税収がぐつと減るでしょう。ほとんどクズのような税金になってしまう。サルコジおよび富裕層の狙いは富裕税廃止なのです。日本もそうですが、新自由主義者の考えること、やることは同じですね」
湖東さんの言う「新自由主義者のやること」というのは、累進課税の骨抜きを目指し、公的支出を減らし、税収を消費増税などで庶民から「広く薄く」搾り取ることだ。フランスではサルコジ氏が敗北し何とか踏みとどまったが、日本では……。
◆ 日本での導入の可能性
実はかつて、日本でも一時期、富裕税が導入されていた。
敗戦後の一九五〇年、シャウプ勧告を受けて導入されたものだが、わずか三年で廃止になった。湖東さんが言う。「一九四七年当時の所得税の最高税率は八五%で、いくらなんでもこれでは高い。そこで所得税の最高税率を五五%に下げる代わりに、補完税として富裕税を導入したわけです」
税率は○・五%から三%まで。当時五〇〇万円の資産があれば最低の○・五%がかかった。当時の五〇〇万円と言えば、消費者物価指数を約七倍と見た場合、現在の三五〇〇万円くらいなので、かなり低い水準だ。
廃止された主な理由は財産の把握と評価が困難なこと、つまり執行上の問題だった。廃止後は所得税の最高税率を六五%に引き上げた。
現在の最高税率は四〇%まで下がっており、富裕税導入を検討してもおかしくはない。
現状で富裕税を導入するとすれば、同様の執行上の問題に突き当たるのか。湖東さんは言う。
「株や預貯金だけでなく自宅の土地、アパートなどの建物、山林、金の延べ棒や絵画に至るまですべての資産を把握し評価しなければなりませんから、結構大変です。しかし、国税庁は毎年四万四〇〇〇人ほどの相続税の対象者の資産を調べ上げているわけですから、できないことはない。問題は、課税最低限を下げれば下げるほど対象者も増えることです」
執行上無理のない基準を設ければ導入は可能。
格差・貧困社会をこれ以上悪化させないためにも、富裕税の導入を一刻も早く検討すべきだ。
(注1)一九八四年に七〇%だった所得税の最高税率は消費税導入の八九年に五〇%に下がり、二〇〇七年から現行の四〇%。この間、一貫して段階的に引き下げられている。
(注2)ドイツとアイルランドは一九九七年に富裕税を廃止。スウェーデンも二〇〇七年に廃止した。スイスは国税ではなく州税(地方税)として一・五%ほどの富裕税を課す。スペインは○八年に撤廃したが、昨年復活。二〇一二年から七〇万ユーロ(円に換算し約七〇〇〇万円)超の資産のある一六万人ほどに富裕税をかけている。
『週刊金曜日』(2012.7.20 904号)
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