公益社団法人子ども情報研究センター『はらっぱ』「子どもの現場」から
◆ 私は歌わない
田花結希子(たばなゆきこ)アイリーン
京都に住む歌うことが大好きな中学1年生
◆ はじめに
小学校の卒業式が近づいたある日、音楽の時間に卒業式の練習がありました。先生が君が代を弾き始め、私は戸惑い、焦りました。けれど、とっさに歌わない選択ができませんでした。なぜなら私は声が大きく歌が大好きで、音楽の時間も大きな声で歌ってきたから。突然自分が歌うことをボイコットするという判断ができなかったのです。
いつも元気な私に元気がないので、お母さんが心配そうに「なんかあったんか?」と聞いてきました。私は学校の卒業式の練習で君が代を歌ったことが嫌だったことと、卒業式には歌いたくないことを話しました。
お母さんは「そのこと、自分で先生に言える?」と聞いてきました。私は少し悩みました。少人数の学校で、みんなよく知っているし仲良くやっている関係性なので、うまく言えるのか?先生に怒られたらどうしようか?結果、お母さんにお願いしました。
◆ 小学校とのやりとり
お母さんは次の日、担任の先生に「天皇制のことなど考えがあってむすめは君が代を歌いません。」と伝えてくれました。
担任の先生に「自分では判断できない。」と、校長室に連れて行かれて、担任と教頭とお母さんの3人で話をすることになり、こんな簡単なことなのに1時間近く押し問答になったそうです。
「一人だけ歌わなかったら周りの子が驚く。周りの子の迷惑になる。」「これまでみんなで練習してきたのに卒業式が台無しになる。」というようなことを言われたそうで、お母さんは「子どもには思想信条の自由があり、歌わないことを強要できるものではない。」と反論していましたが、最終的な学校側の言い分は「京都市教育委員会からの命令なので、逆らえない。君が代を歌わせる義務がある。けれど、子どもに強要はできないので、お子さんが本当に歌いなくないのであれば、後日クラスメイトに報告した上で、その意思を尊重する。」というものでした。
最後に「本人にも確認しなければならないので、明日放課後に呼び出します。」と言われ、私は先生に呼び出されました。私は君が代をなぜ歌いたくないのか説明し、起立もしないし歌わないと八ッキリ伝えたけれど、先生はお母さんに言ったことと同じようなことを繰り返しました。それでも私は嫌だと言いました。だってそんなことは私の信念と関係がないからです。
「それならせめて歌っているふりだけでも。それもムリなら立つだけでも。」と言ってきましたが断りました。40分ぐらいでしたがものすこく疲れました。
最後に「週末にもう一度お母さんと話し合ってください。」と言われました。
次の週に登校するとすぐに最後の確認をされましたが私の気持ちが変わらないことを伝えると、朝の会で先生が「田花さんは考えがあって卒業式で君が代を歌いません。」と言いました。
私は説明をしたかったので、君が代が天皇と結び付けられ歌われていたことが書かれたプリントをクラスの人数分準備していきましたが先生はそのプリントを見て「天皇制のこととか、みんなはわからないから配りません。」と言われました。先生の専門は社会です。
卒業式の日、まず「起立!」があり「君が代斉唱」とアナウンスされました。私はすぐに着席しましたが誰もこちらを見ることもなく、その後も何にも言われませんでした。先生が言った「卒業式が台無しになる。」という言葉に笑ってしまいそうなほどでした。
君が代のことで学校側といろいろあったので、いつもしていることなのに、お母さんは今回は君が代のときに座ったり歌わなかったときに緊張したそうですが、私は何にも緊張しませんでした。だって歌う気はないし、ただ座るだけのことだから。
小学校の卒業式が終わったら次は中学校の入学式があります。中学校の入学式では、オーディションを受けて私が選ばれ新入生代表挨拶をすることになっていました。
私の通っていた小学校は少人数でしたが、中学校は人数が多く知らない人がほとんどです。小学校の卒業式で学校側と揉めたので、中学校の入学式で代表挨拶をする私が、君が代不起立不斉唱の後でうまくスピーチできるか、お母さんは心配していました。
入学式の数日前にスピーチの練習のために中学校に呼ばれていたので、そのときにお母さんは学校の先生に話しにいきました。先生たちは会議中だったので、数時間後に校長先生から電話がかかってきて、初めは説得してきたそうです。
「むすめさんの小学校は少人数でしたが、この中学校は人数が多いので、初対面の入学式の場、しかも新入生代表挨拶をする子がいきなり『君が代』不起立・不斉唱となると、とんでもないことになります。他の子どもたちから。誤解”を受けるかもしれない。そして浮いてしまうかもしれない。さらに“イジメ”の対象になるかもしれない。」
それに対してお母さんはこう答えたそうです。「ご心配くださり、ありがとうございます!しかし、むすめはとてもしっかりした子です。思想に反する同調圧力に負けてしまい、意にそぐわぬことをしてしまった方が、心に傷が残ると思います。」
すると校長先生は「わかりました!それならば、むすめさんのこ意向を尊重します!」と一言ったそうです。
新入生代表挨拶のための真っ白な原稿用紙が渡されました。私は一生懸命文章を考えました。しかしその原稿は直前に全て変えられてしまいました。
◆ 闘うおとな
私が君が代を歌わなかったことに興味を持った朝日新聞の記者さんが家に来て私にインタビューをして、このことが新聞に載りました。
京都市教育委員会は嘘をつきました。新聞だけを見ると、まるで私たちが嘘つきのようにされていて悔しいです。先生たちは本当に私たちを説得したし、それですごく嫌な想いをしたのに、言うだけ言っておいて新聞などに載りそうになると嘘をつくんだな、ダサいおとなたちだなと思いました。
だけど私は他のおとなたちとも知り合えました。このことですぐに助けてくれたのが、大阪で君が代や日の丸に反対したことで処分を受けて裁判をしている先生たちでした。何十年も、人生を懸けて闘っている先生たちは素敵でした。それは国家権力との闘いなのだと知りました。
私は何度か沖縄の辺野古へ行って、反基地闘争を続ける人たちと関わってきました。だから、9月に沖縄県が裁判で負けたことにすこく怒っています。
沖縄県の人たちは過去ずっと、辺野古新基地に対して政治でNOの民意を示し続けました。にもかかわらず、国はその想いを踏みにじりました。そして県知事に責任を押し付けようとしています。私は県知事に会ったこともありますが、尊敬している人なので、その人が苦しい立場に立たされていることが辛いです。日の丸・君が代問題を闘ってきた先生たちも、同じように国家権力に立ち向かっているのです。
◆ 天皇・国家・国旗
私は日の丸も君が代も嫌いです。第二次世界大戦の歴史を学べば、受け入れられるものではありません。戦争中のことを描いたいくつもの映画を観たときも、皆が「天皇陛下万歳l」と叫んで死ぬのがすこく怖かったです。
同じ学校には在日コリアンの子たちもいます。かつて植民地支配したときのことを想い出すのではないかと思うと、胸が苦しくなります。それに天皇制度は身分制度でもあります。天皇家の人たちは今でも「様」付で呼ばれていて気持ち悪いです。身分差別はいけないことだと教わっているのに、矛盾しています。どうしても国家と国旗がいるなら、募集して新しい国旗や国歌を作ってほしいです。
◆ ほんとうの教育とは
私が君が代を歌わないと一言ったとき、先生たちは、まわりの生徒を驚かせるとか、誤解を与えるとか、イジメの対象になってしまうかもしれない…と心配していましたが、そうならない環境を作るのが「教育」なのではないでしょうか?
日ごろから、多様な思想があること、またそれにはいろいろな背景や原因があること。そして、どんな思想を持っていても、仲間外れにせずお互いの考えを尊重し合う人を育てることが大切なのではないでしょうか。
◆ さいごに
私はこれからも君が代を歌いません。でも私は歌が大好きで、歌手になりたいという夢を持っています。歌とは強制されて歌うものではありません。
最後に尊敬する金子文子さんの獄中記で結びます。
「ほとばしる心のままに歌ふこそ真の歌と呼ぶべかりけり」金子文子『獄窓に想ふ』
< 使われなかった新入生代表挨拶 >
暖かな春の訪れとともに、私たちは太秦中学校の門をくぐりました。本日はこのような素晴らしい入学式を行っていただき、本当にありがとうこざいます。
世界では、ウクライナ戦争が収束しないまま1年以上が過ぎました。戦闘に巻き込まれた子どもたちは命をつなぐこともままならない状況下を生きています。私たちが平和に勉強ができることは決して当たり前のことではありません。
私の名前は結希子アイリーンです。アイリーンには平和という語源があります。平和に希望を結んでほしいという願いから、親がこの名前をつけてくれました。
平和を維持することは戦争をすることよりも難しいといいます。
「教育こそが未来へのパスポートだ。明日という日は、今日準備をする人たちのものである。」
黒人解放運動家のマルコムさんの言葉です。
これから始まる中学校生活では教科ことに専門的な知識を教えてもらうことができます。日々勉強できる喜びを忘れず、仲間と協力しながらいろいろなことを学んで、人として成長していく3年間にしてゆきたいです。それが自信につながるとき、私たち一人ひとりは平和な世界を創り上げるひとつの力になっていくと信じています。
太秦中学校の先生方、上級生の皆様、これから3年間ご指導をよろしくお願いいたします。
公益社団法人子ども情報研究センター『はらっぱ』(2023年12月 No.407)
https://kojoken.jp/research/harappa/index.html
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