☆ 真の保守こそ反原発の道を
一私が原発に反対するのは愛国心からです一 (毎日新聞)
裏金問題や物価高対策が注目される衆院選。だが、忘れてはならない大切なことがある。原発政策だ。
「真の保守なら原発に反対するのが当然」と説く人がいる。10年前に原発の運転差し止め判決を出した元裁判官の樋口英明さん(72)だ。
原発推進は保守系、反対は革新系という固定観念を持つ人は意外に思うだろう。どういうことか。
《本件原発の運転停止によって多額の貿易赤字が出るとしても、これを国富の流出や喪失というべきではなく、豊かな国土とそこに国民が根を下ろして生活していることが国富であり、これを取り戻すことができなくなることが国富の喪失である》
2014年5月に関西電力大飯原発3、4号機(福井県おおい町)の運転差し止めを命じた福井地裁判決。言い渡したのが裁判長だった樋口さん。
2011年3月に起きた東京電力福島第一原発事故後、原発の運転差し止めを命じた司法判断は初めて。憲法の人格権を重視した判決は注目を集めた(運転を容認する2018年7月の名古屋高裁金沢支部判決が確定)。
一方で原発推進派からは批判が噴出した。
一部の新聞は「不合理な推論」「司法の暴走」と指弾し、「左派裁判官の情緒的判断」といった中傷もインターネット上に相次いだ。
それでも、樋口さんは翌年4月、同じ福井の関電高浜原発3、4号機(高浜町)の再稼働差し止めを命じる仮処分決定を出した。退官後は原発の危険性を訴える講演や、各地の反原発訴訟の助言を続けている。気骨の人だ。
でも「さぞかし左寄りの方だろう」と私も思っていた。ところが、会ってみると意外にも「私の政治思想は保守。革新的な考えなんか全くないですよ」と言う。
詳述はしないが、天皇制や憲法改正について尋ねると、確かにそうだ。
「そんな私が許せないのが原発です」と続ける樋口さん。
「国土と伝統・文化を敬愛し、現実主義であること」が保守の最低条件だとして、原発の存在はその全てに反していると言い切る。
「原発事故は国土を奪い、歴史を途絶えさせる。危険性は明白なのに、自称保守の政治家たちは現実を直視していない」
「原発は安全性も必要性も、思い込みで誤解ばかり」。
樋口さんの持論を要約するとこうなる。
まず、原発には「止める・冷やす・閉じ込める」という安全3原則がある。一つでも失敗したら大惨事だ。
福島の原発事故では核分裂反応を「止める」ことはできたが、全電源喪失でポンプが動かず、原子炉を水で「冷やす」ことに失敗した。そのため核燃料が溶け落ち、水素爆発が起きて「閉じ込める」のも失敗した。つまり大量の放射性物質が外に放出された。
東日本大震災と原発事故で福島県では最大16万人超が避難を余儀なくされた。今も放射線量が比較的高く、避難指示が続く「帰還困難区域」は県内7市町村で計309平方キロに及ぶ。
それでも「震災後は規制基準を厳格化した。安全対策は万全だ」と信じている人も少なくないだろう。
だが「それは完全な思い込み。耐震性は不十分だ」と樋口さんは一蹴する。
原発は施設ごとに耐震設計の目安となる基準地震動(想定している最大の揺れ)があり、加速度の単位「ガル」で表す。
震災後に再稼働した原発の基準地震動は、最も高い関西電力美浜原発3号機(福井県美浜町)で993ガルだ。ところが、現実の地震はこの数値を優に上回る。
いずれも最大震度7だった今年1月の能登半島地震は2828ガル、2011年3月の東日本大震災は2933ガル。過去最高は08年6月の岩手・宮城内陸地震(最大震度6強)で4022ガルだった。
今年8月には南海トラフ巨大地震の臨時情報(巨大地震注意)が初めて発表された。想定震源域にある、四国電力伊方原発3号機(愛媛県伊方町)の基準地震動は650ガルと心もとない。
「原子炉は硬い岩盤に建っていて、揺れは地表面より小さくなる」というのも誤解で、記録を調べると、岩盤の揺れが地表より大きくなることはままある。
そもそも、半数近い原発は岩盤が地下深くにあり、岩盤上に建造されていないという。
地震観測網の本格整備は1995年1月の阪神大震災を機に始まった。それ以前の地震学では重力加速度(980ガル)より強い揺れは来ないとされていたが、近年は想定をはるかに超える値が珍しくないと分かってきた。なのに、対策が追いついていないのだ。
樋口さんは古巣にも憤る。
再稼働を止めようとする訴訟が各地で起きている。本来重要なのは福島の原発事故後に見直された新規制基準自体が適切かどうかだ。
なのに、裁判所は新規制基準が適切であるとの前提で、各施設が基準に適合しているかどうかばかりに目を向けているというのだ。
「まさか裁判所が規制基準の後追いをしているだけなんて国民は思わないでしょう」
思い込みや誤解はまだまだある。
「原発がないと日本の電力は立ち行かない」と思われがちだが、稼働中の原発が全国の電力供給に占める割合は5%程度に過ぎない。
「発電コストが安い」もしかり。米政府機関の試算では太陽光や陸上風力の費用が原発の半額以下で、欧米では採算を理由に廃炉にする例もある。
「核武装の潜在能力を保持するため」と放言する政治家もいる。だが、核保有国とされるイスラエルは電力を原発に依存しておらず、南部の砂漠地帯などに核研究施設を設置している。核武装の潜在能力うんぬんは、原発を続ける理由にはならない。
ロシアのウクライナ侵攻で原発が攻撃されたが、日本の海岸沿いには無防備な原発が50基以上並ぶ。「保守政治家は平和を叫ぶ人々を『お花畑だ』とバカにするが、それはどっちなのか。原発はエネルギー以前に国防問題だ」と樋口さんは訴える。
振り返れば、日本の原発は全て自民党政権下で建造された。
化石資源が乏しく、使用済み燃料を再処理して高速増殖炉で使う「核燃料サイクル」を目指してきたが、事実上破綻している。
地方振興の側面もあったが、原発事故は福島に被害を押しつけう形となり、状況は一変した。
なのに、岸田文雄政権では原発新増設の検討やリプレース(建て替え)の具体化、最長60年としてきた運転期間の延長を認めた。今年9月の自民党総裁選で「原発ゼロ」に言及した石破茂首相も、結局は岸田氏の路線を踏襲するとみられる。
自民党政権が原発に固執する理由について、樋口さんは「現実から目をそらし、原発推進が単なるイデオロギー(観念)になっている」と指摘する。
新増設と簡単に言うが、原発は建造に時間がかかる。今から着工して動かせば、運転終了は22世紀になり、廃炉や放射性廃棄物の管理で、さらなる未来の世代まで縛ることになる。景気を浮揚させようとしても、大惨事が再び起き報ま国家の損失は計り知れない。
「私が原発に反対するのは愛国心からです。今の日本で原発ほど重要な問題はなく、真の保守政治家なら身を捨ててでも止めるべきものではないですか」
樋口さんは、新著「原発を止めた裁判官による保守のための原発入門」(岩波書店)を8月に刊行した。
この本を<保守に対する挑戦の書>と銘打ち、こう記した。
〈真の保守を自認する者がこの本を読んだ後も「原発維持」を唱えるのなら私の負け。しかし、それはあり得ない〉
さあ、保守に誇りを持つ皆さん。この挑戦、受けて立ちませんか。【千葉紀和】
《10月21日「毎日新聞」夕刊2面「特集ワイド」より)》
『原発NO! たんぽぽ No.348』(2024年12月)
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