=労働弁護士の事件録⑧= (『労働情報』)
◆ 追い出し部屋からの復職
Y社は、世界的な電線・ケーブルのメーカーであり、連結従業員数5万人の大企業です。2013年2月、Y社は業績不振を理由に「事業構造改革」として事業部門の組織再編とともに、「人員の適正化」として40歳以上の管理職を対象とする早期退職優遇制度を実施しました。
人員削減目標は100人であり、目をつけられた管理職に対して厳しい退職勧奨が行われました。結果的に106人が退職に応じましたが、19人が退職勧奨を拒否したところ、Y社はこの19人に対して、新設した部署である「人事・総務部分室」への配転を命じました。人事・総務部分室は、名刺も配布されず、自身の出向先を見つけることが業務であるとされました。
そして、出向先を見つけられれば人事評価はC評価、見つけなければD評価とされ賃金が減額されました。つまりは、「追い出し部屋」です。
この19人のうち数人が労働組合を結成して団体交渉を申し入れ、労働条件の是正を求めましたが、Y社は応じませんでした。そればかりか、出向先を見つけようとしない組合員3名に対して、2014年8月、グループ子会社の清掃会社であるA社への出向を命じ、工場敷地の芝刈りや草刈りなどの肉体労働を命じたのです。3名は、もともと光ファイバー等の開発に携わる技術者であり、そのキャリアとは全く異なる過酷な業務でした。
◆ 義務不存在確認を認める労働審判
2014年12月、子会社への出向を命じられた3名のうち2名が、A社で働く義務のないことの確認、人事・総務部分室で働く義務のないことの確認、減額された賃金の支払い等を求めて労働審判を申し立てました。
労働審判では、上記のとおり、人員削減目標を達成しているにもかかわらず、申立人らを人事・総務部分室に配転する必要性などない、退職勧奨を拒否した人だけを配転するのは退職強要目的の不当な配転である、と強調しました。
また、光ファイバーなどの技術開発に尽力をしてきた申立人らが、A社では作業着を身に着けて炎天下での清掃作業を行っているなど、大きな不利益を受けていることを写真等も提出して主張しました。
これに対して、Y社は、審理の中で、退職勧奨を拒否した人を異動させるために新たに人事・総務部分室を作ったことや出向先を見つけることだけが業務命令であり、その他本来の業務はするなと命じたことを認めた上で、配転と出向は、申立人らの雇用確保のためにしたやむを得ない措置と主張しました。
また、Y社は、早期退職募集を行った理由は人件費の削減であると述べましたが、どの程度の人件費圧縮効果を見込んでいたのかについては答えませんでした。
労働審判委員会からは、申立人らの賃金減額の根拠についても質問がありましたが、Y社は、賃金減額の根拠となる賃金規定や賃金テーブルを明らかにすることはありませんでした。
A社への出向命令についても、従前の技術職としてのキャリアが活かせない職であることを認めた上で、出向期間の定めはなく、ずっと出向のままという可能性もあると認めました。
いくら会社が「仕事はない」「雇用確保のためだ」と言っても、このような配転、出向が許されるはずがありません。
Y社は、申立人らの原職復帰を断固として拒否し、退職を前提とする調停案しか提示しなかったため、調停は不成立となり労働審判が出されることになりました。
労働審判委員会は、本件配転命令及び出向命令はいずれも労働契約で認められている人事権の範囲内であるかどうか疑わしいし、本件賃金減額の具体的な根拠規定が明らかではないとして、
①本件配転先で就労する義務のないことの確認、
②本件出向先A社で就労する義務のないことの確認、
③毎月賃金減額分を支払うことを命じました。
申立人側の全面勝利審判でした。
◆ 技術職への復帰
Y社が労働審判に対して異議を出したため、舞台は本訴に移りました。書面の応酬が続いた後、証人尋問手続に入る前の段階で、Y社より突然、申立人らをこれまでのキャリアと職務能力に見合ったY社の技術部署に戻したいという和解の申入れがありました。
そして、2016年2月に和解が成立、申し立人らは、3月より希望する部署に職場復帰を果たすことができました。
「がんばります。こいつを解雇しなくてよかったな、って、会社に思わせてやるんです」。そう言って晴れやかに笑っていた申立人の笑顔が印象的でした。彼らは今も技術職で働いています。
◆ 追い出し部屋に立ち向かおう
「追い出し部屋」は、バブル崩壊後の1990年代から多く作られるようになったと言われ、ベネッセコーポレーション事件やリコー事件など、裁判においても繰り返し法的問題が指摘されてきました。
にもかかわらず、「追い出し部屋」が無くなる気配はありません。
近年では、「追い出し部屋」での業務として人材会社でのキャリアアップ、自己啓発を命じたり、人材会社へ出向させるなど、追い出しの過程に人材会社が関与するケースも増えてきています。
人材会社がリストラマニュアルを提供したり、再就職支援助成金を利用していることから、「リストラビジネス」などと呼ばれて社会的批判が高まりました。
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うものですから、自分の転職先や出向先を探すという業務命令自体が労働契約の本質に反しているといえます。
また、違法な賃金減額や著しい不利益を受ける違法を伴う配転など、法的に争うことのできる「追い出し部屋」事件は多数存在すると考えられます。
本件の労働者たちのように、皆で立ち上がり闘えば、ふさわしい職に戻れるのだということを知ってほしいと思います。
◆ 追い出し部屋からの復職
新村響子 日本労働弁護団常任幹事・事務局次長(旬報法律事務所)
Y社は、世界的な電線・ケーブルのメーカーであり、連結従業員数5万人の大企業です。2013年2月、Y社は業績不振を理由に「事業構造改革」として事業部門の組織再編とともに、「人員の適正化」として40歳以上の管理職を対象とする早期退職優遇制度を実施しました。
人員削減目標は100人であり、目をつけられた管理職に対して厳しい退職勧奨が行われました。結果的に106人が退職に応じましたが、19人が退職勧奨を拒否したところ、Y社はこの19人に対して、新設した部署である「人事・総務部分室」への配転を命じました。人事・総務部分室は、名刺も配布されず、自身の出向先を見つけることが業務であるとされました。
そして、出向先を見つけられれば人事評価はC評価、見つけなければD評価とされ賃金が減額されました。つまりは、「追い出し部屋」です。
この19人のうち数人が労働組合を結成して団体交渉を申し入れ、労働条件の是正を求めましたが、Y社は応じませんでした。そればかりか、出向先を見つけようとしない組合員3名に対して、2014年8月、グループ子会社の清掃会社であるA社への出向を命じ、工場敷地の芝刈りや草刈りなどの肉体労働を命じたのです。3名は、もともと光ファイバー等の開発に携わる技術者であり、そのキャリアとは全く異なる過酷な業務でした。
◆ 義務不存在確認を認める労働審判
2014年12月、子会社への出向を命じられた3名のうち2名が、A社で働く義務のないことの確認、人事・総務部分室で働く義務のないことの確認、減額された賃金の支払い等を求めて労働審判を申し立てました。
労働審判では、上記のとおり、人員削減目標を達成しているにもかかわらず、申立人らを人事・総務部分室に配転する必要性などない、退職勧奨を拒否した人だけを配転するのは退職強要目的の不当な配転である、と強調しました。
また、光ファイバーなどの技術開発に尽力をしてきた申立人らが、A社では作業着を身に着けて炎天下での清掃作業を行っているなど、大きな不利益を受けていることを写真等も提出して主張しました。
これに対して、Y社は、審理の中で、退職勧奨を拒否した人を異動させるために新たに人事・総務部分室を作ったことや出向先を見つけることだけが業務命令であり、その他本来の業務はするなと命じたことを認めた上で、配転と出向は、申立人らの雇用確保のためにしたやむを得ない措置と主張しました。
また、Y社は、早期退職募集を行った理由は人件費の削減であると述べましたが、どの程度の人件費圧縮効果を見込んでいたのかについては答えませんでした。
労働審判委員会からは、申立人らの賃金減額の根拠についても質問がありましたが、Y社は、賃金減額の根拠となる賃金規定や賃金テーブルを明らかにすることはありませんでした。
A社への出向命令についても、従前の技術職としてのキャリアが活かせない職であることを認めた上で、出向期間の定めはなく、ずっと出向のままという可能性もあると認めました。
いくら会社が「仕事はない」「雇用確保のためだ」と言っても、このような配転、出向が許されるはずがありません。
Y社は、申立人らの原職復帰を断固として拒否し、退職を前提とする調停案しか提示しなかったため、調停は不成立となり労働審判が出されることになりました。
労働審判委員会は、本件配転命令及び出向命令はいずれも労働契約で認められている人事権の範囲内であるかどうか疑わしいし、本件賃金減額の具体的な根拠規定が明らかではないとして、
①本件配転先で就労する義務のないことの確認、
②本件出向先A社で就労する義務のないことの確認、
③毎月賃金減額分を支払うことを命じました。
申立人側の全面勝利審判でした。
◆ 技術職への復帰
Y社が労働審判に対して異議を出したため、舞台は本訴に移りました。書面の応酬が続いた後、証人尋問手続に入る前の段階で、Y社より突然、申立人らをこれまでのキャリアと職務能力に見合ったY社の技術部署に戻したいという和解の申入れがありました。
そして、2016年2月に和解が成立、申し立人らは、3月より希望する部署に職場復帰を果たすことができました。
「がんばります。こいつを解雇しなくてよかったな、って、会社に思わせてやるんです」。そう言って晴れやかに笑っていた申立人の笑顔が印象的でした。彼らは今も技術職で働いています。
◆ 追い出し部屋に立ち向かおう
「追い出し部屋」は、バブル崩壊後の1990年代から多く作られるようになったと言われ、ベネッセコーポレーション事件やリコー事件など、裁判においても繰り返し法的問題が指摘されてきました。
にもかかわらず、「追い出し部屋」が無くなる気配はありません。
近年では、「追い出し部屋」での業務として人材会社でのキャリアアップ、自己啓発を命じたり、人材会社へ出向させるなど、追い出しの過程に人材会社が関与するケースも増えてきています。
人材会社がリストラマニュアルを提供したり、再就職支援助成金を利用していることから、「リストラビジネス」などと呼ばれて社会的批判が高まりました。
労働契約は、労働者が使用者に使用されて労働し、使用者がこれに対して賃金を支払うものですから、自分の転職先や出向先を探すという業務命令自体が労働契約の本質に反しているといえます。
また、違法な賃金減額や著しい不利益を受ける違法を伴う配転など、法的に争うことのできる「追い出し部屋」事件は多数存在すると考えられます。
本件の労働者たちのように、皆で立ち上がり闘えば、ふさわしい職に戻れるのだということを知ってほしいと思います。
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