◆ 「従軍慰安婦」が「慰安婦」に言い換えられると聞いて感じたこと (『NEWSポストセブン』)
人間の思考が言葉によって形成される以上、表現が極めて重要な要素であることは論を俟たない。コラムニストの石原壮一郎氏が考察した。
◆ コロナ禍でも「言い換え」は起きている
人は都合が悪いことを語るときは、つい「言い換え」をしてしまいます。誰しも身に覚えがあることでしょう。
相手に嫌われてフラれたことを「話し合って別れた」、実力不足で出世できないことを「自分は要領が悪いから」などなど。
このへんはプライドを守るためのケナゲな工夫なので、まあとくに罪はありません。
タレントやアイドルがテレビ番組を降板することを「卒業」と言ったり、どこが旨いのかわからない名物を「珍味」と表現したりするのは、相手への気遣いを込めた言い換え。
部下から箸にも棒にもかからない提案が出てきたときには、「もっとマシな案を考えてこい」と厳しく言わずに、相手のタイプによって「今は時期がよくないかな」などとソフトな表現で却下するのが、上司に求められる言い換え力と言えるでしょう。
こうした「やさしい言い換え」もたくさんあるいっぽうで、昨今のニュースを見ていると、強引な上に魂胆が見え見えの「姑息な言い換え」を目にすることが少なくありません。
いや、昨今に限りませんね。戦時中も「撤退」を「転進」、「全滅」を「玉砕」と言い換えていました。もしかしたら日本の伝統芸かもしれません。
コロナに関するニュースでは、どうやら「医療崩壊」と呼んだほうがいい状態になっているのに、政府は「医療がひっ迫」と言い続けました。
自宅療養を中心にするという「方針転換」には、戦時中の「転進」に近いニュアンスを感じます。
この先、一日も早く事態が落ち着いて、だけど迂闊に「もう安心です」とは言えないから、念のために「まだまだ警戒が必要ですが」と言い換えてアナウンスする状況になってほしいですね。
ほかにも、たとえば厚生労働省は、前途ある外国の若者を人身売買に近いやり方で日本に連れてきて奴隷的な扱いをする制度を「外国人技能実習制度」と言い換えています。
入管庁は収容中のスリランカ人女性が死亡した問題で、施設内の様子が映った映像の開示を渋る理由について、「自分たちがやったことが知られると困るから」を「プライバシー保護の観点から」と言い換えていました。
会社などでも、ずいぶん減りはしたものの、セクハラを「コミュニケーション」「愛情表現」、パワハラを「指導」「愛のムチ」と言い換える人が、完全に絶滅したわけではありません。
巷の一部では、売春行為の言い換えとして「パパ活」という言葉が便利に使われていたりもします。
さまざまな例をあげましたが、最初の「やさしい言い換え」はさておき、それ以外の言い換えに共通しているのは「ちょっとみっともない」ということ。
マイナスイメージをやわらげたい、責任や落ち度を少しでも軽くしたい、本質から目をそらしたい――。
そういった意図とは裏腹に、なおさら印象が悪くなったり評価を下げたりします。
ところで、文部科学省は8日、教科書出版社5社が提出した「従軍慰安婦」「強制連行」などの表現を削除・変更する修正申請を承認したと明らかにしました。
これは政府が「従軍慰安婦」や「強制連行」などの単語は「誤解を招く恐れがある」ため、使用は適切ではないと閣議決定したことを受けたもの。
「従軍慰安婦」は多くの教科書で「慰安婦」に、「強制連行」は「強制的な動員」「徴用」などに変更されます。
実際になにがあったかを伝える上で「従軍慰安婦」や「強制連行」という言葉がベストとは限りません。考え方や立場によって、いろんな意見があるでしょう。
今回の言い換えを熱心に働きかけていた人たちや、その声に応えた政治家のみなさんは、どうやら「日本(旧日本軍)の責任をなるべく軽く見せたい」という狙いがあるようです。
言い換えを願っていた立場の人たちは、今回のことで一種の達成感を抱いてらっしゃるのでしょうか。ただ、違う立場の人たちやいわゆる「国際社会」は、もしかしたら、とりあえず言い換えることで印象を変えようとしている姿勢にちょっと呆れたり、逆に「よっぽど後ろめたいんだな」と感じたりしている可能性もあります。
この件は、ムキになって言い換えることのデメリットやリスクをあらためて教えてくれました。
ほかの政府関係の言い換えの例とも合わせて、以て他山の石とし、言い換えたらごまかせるという勘違いの罠にはまらないように気を付けましょう(最後の文は「あーあ、情けないなあ」の言い換えです)。
『NEWSポストセブン』(2021/09/12)
https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%E5%BE%93%E8%BB%8D%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6-%E3%81%8C-%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6-%E3%81%AB%E8%A8%80%E3%81%84%E6%8F%9B%E3%81%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%A8%E8%81%9E%E3%81%84%E3%81%A6%E6%84%9F%E3%81%98%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8/ar-AAOluJT?ocid=msedgdhp&pc=U531
人間の思考が言葉によって形成される以上、表現が極めて重要な要素であることは論を俟たない。コラムニストの石原壮一郎氏が考察した。
◆ コロナ禍でも「言い換え」は起きている
人は都合が悪いことを語るときは、つい「言い換え」をしてしまいます。誰しも身に覚えがあることでしょう。
相手に嫌われてフラれたことを「話し合って別れた」、実力不足で出世できないことを「自分は要領が悪いから」などなど。
このへんはプライドを守るためのケナゲな工夫なので、まあとくに罪はありません。
タレントやアイドルがテレビ番組を降板することを「卒業」と言ったり、どこが旨いのかわからない名物を「珍味」と表現したりするのは、相手への気遣いを込めた言い換え。
部下から箸にも棒にもかからない提案が出てきたときには、「もっとマシな案を考えてこい」と厳しく言わずに、相手のタイプによって「今は時期がよくないかな」などとソフトな表現で却下するのが、上司に求められる言い換え力と言えるでしょう。
こうした「やさしい言い換え」もたくさんあるいっぽうで、昨今のニュースを見ていると、強引な上に魂胆が見え見えの「姑息な言い換え」を目にすることが少なくありません。
いや、昨今に限りませんね。戦時中も「撤退」を「転進」、「全滅」を「玉砕」と言い換えていました。もしかしたら日本の伝統芸かもしれません。
コロナに関するニュースでは、どうやら「医療崩壊」と呼んだほうがいい状態になっているのに、政府は「医療がひっ迫」と言い続けました。
自宅療養を中心にするという「方針転換」には、戦時中の「転進」に近いニュアンスを感じます。
この先、一日も早く事態が落ち着いて、だけど迂闊に「もう安心です」とは言えないから、念のために「まだまだ警戒が必要ですが」と言い換えてアナウンスする状況になってほしいですね。
ほかにも、たとえば厚生労働省は、前途ある外国の若者を人身売買に近いやり方で日本に連れてきて奴隷的な扱いをする制度を「外国人技能実習制度」と言い換えています。
入管庁は収容中のスリランカ人女性が死亡した問題で、施設内の様子が映った映像の開示を渋る理由について、「自分たちがやったことが知られると困るから」を「プライバシー保護の観点から」と言い換えていました。
会社などでも、ずいぶん減りはしたものの、セクハラを「コミュニケーション」「愛情表現」、パワハラを「指導」「愛のムチ」と言い換える人が、完全に絶滅したわけではありません。
巷の一部では、売春行為の言い換えとして「パパ活」という言葉が便利に使われていたりもします。
さまざまな例をあげましたが、最初の「やさしい言い換え」はさておき、それ以外の言い換えに共通しているのは「ちょっとみっともない」ということ。
マイナスイメージをやわらげたい、責任や落ち度を少しでも軽くしたい、本質から目をそらしたい――。
そういった意図とは裏腹に、なおさら印象が悪くなったり評価を下げたりします。
ところで、文部科学省は8日、教科書出版社5社が提出した「従軍慰安婦」「強制連行」などの表現を削除・変更する修正申請を承認したと明らかにしました。
これは政府が「従軍慰安婦」や「強制連行」などの単語は「誤解を招く恐れがある」ため、使用は適切ではないと閣議決定したことを受けたもの。
「従軍慰安婦」は多くの教科書で「慰安婦」に、「強制連行」は「強制的な動員」「徴用」などに変更されます。
実際になにがあったかを伝える上で「従軍慰安婦」や「強制連行」という言葉がベストとは限りません。考え方や立場によって、いろんな意見があるでしょう。
今回の言い換えを熱心に働きかけていた人たちや、その声に応えた政治家のみなさんは、どうやら「日本(旧日本軍)の責任をなるべく軽く見せたい」という狙いがあるようです。
言い換えを願っていた立場の人たちは、今回のことで一種の達成感を抱いてらっしゃるのでしょうか。ただ、違う立場の人たちやいわゆる「国際社会」は、もしかしたら、とりあえず言い換えることで印象を変えようとしている姿勢にちょっと呆れたり、逆に「よっぽど後ろめたいんだな」と感じたりしている可能性もあります。
この件は、ムキになって言い換えることのデメリットやリスクをあらためて教えてくれました。
ほかの政府関係の言い換えの例とも合わせて、以て他山の石とし、言い換えたらごまかせるという勘違いの罠にはまらないように気を付けましょう(最後の文は「あーあ、情けないなあ」の言い換えです)。
『NEWSポストセブン』(2021/09/12)
https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%E5%BE%93%E8%BB%8D%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6-%E3%81%8C-%E6%85%B0%E5%AE%89%E5%A9%A6-%E3%81%AB%E8%A8%80%E3%81%84%E6%8F%9B%E3%81%88%E3%82%89%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%81%A8%E8%81%9E%E3%81%84%E3%81%A6%E6%84%9F%E3%81%98%E3%81%9F%E3%81%93%E3%81%A8/ar-AAOluJT?ocid=msedgdhp&pc=U531
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