『笛物語』

音楽、フルート、奏法の気付き
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  日々の出来事など

フルート奏者・白川真理

末端を使うということ

2022-04-13 01:22:29 | 気付き
縁あって、若い世代のフルート奏者をレッスンすることとなりました。

私同様、様々な従来の方法に疑問、違和感を感じながら、悩んできた、という。

とはいえ、演奏の現場では、それなりに間に合わせていかねばならず・・

ある意味、それまで培ってきたことを否定し場合によっては、真逆の提案をせねばならず、もちろん、そのためにお越しになるのだけれど、やはり責任は重大、ということで、色々考えた。

「この奏法を会得するための一番の秘訣は・・『わかったつもりにならない』ということです。」

これは、甲野先生とのご縁が出来、様々な講習会に参加していたころ、兄弟子、中島章夫さんから仰っていただいた言葉そのままだ。

古武術奏法では、従来のメソードとは全く異なる経験することになる。

なのに、それをわかったつもりになると、それは、その時点の自分のレベルでの理解に全て落とし込んでしまうことになる。

この言葉の重さが、改めて、言っている自分自身にも突き刺さる。
「今のところは、こういう理解だけれど、まだ奥があるのだろう」という構えのみが、次への進展に繋がる。

それがなければ、いつまでも同じ場所にとどまることになる・・・

実に大切なことをお教えいただいていたのだなあ、と遅ればせながら、改めて中島さんに感謝です。

さらには、昨日のリモート雑談での成果も。
「~する」はだめで、「結果として~となる」状態に身体を取り扱う、という原理も。

「しっかりお腹で支える」はだめで、「結果としてお腹で支えられているようになる」が〇。

「しっかり~する」は「しっかり」の段階で、かなりの実感と力みを生じてしまっているけれど、これで使われるのは、大概が表面近くの筋肉なのではないかと思う。
効率が悪すぎる。

その上、表面ばかり使うことに慣れてしまうと、それが鎧のようになってしまい、より内側の筋肉へのアプローチは困難になるのではなかろうか?とも思う。
繋がりの為の経路が、そこで分断されてしまうのだ。
私の苦手な身体が痛くなるような音は、楽器、ジャンルの種類を問わず、こうした奏者から出されていることが多い。

「実感のある動きは全て間違い」

というのは、かの韓氏意拳の教えだけれど、甲野先生も昔から同様のことを仰っていた。

そんな話も交えつつ、立ち方、持ち方、構え方、足の位置、楽器のセッティング、アンブシュア、顎、そしてコモドドラゴンによる肩と横隔膜、喉の開きの変化。

とにかく今回は方向性というか、今、私がやっている「身体」レベルの話を一通りお伝えした。

センスの良い方で、その場でシュルっと変化されるので、こちらも面白かった。

「きっと身体が、このやり方を気に入っているのでしょうね。」
「気に入っています!」

とのことで、良かった。

ご自身のレッスンの中でも生徒さんにも伝えるとのことで、こうして草の根的ではあるけれど、次世代に受け継いでいっていただけることに感謝です。

レッスンで気付きを得ることは多いのだけれど、今回は駆け足とはいえ、ある意味、総まとめ的なものになったので、より、自身の振り返りと反省にも繋がり、多くの気付きをいただけた。

「指先」に関して御教えしている時、勝手に他の誰かがしゃべっているように、解説している自分が居て驚いた。

話すと同時に、そうだったのか!?と感心しながら聞いている自分も居て。
これは、よく音楽家講座で甲野先生が仰っているのだけれど、まさに、そんな感じ。

「指の腹だと、その先は死んでしまって繋がりません。指先というのはもっと先です。末端を使うことで初めて、身体は繋がるのです。で、その末端は何処か・・?それは骨の先端ではないか・と思うんですよね。」

・・今まで、そんなことは思ったことがなかったのだけれど、こうして口にすると、そうだよね!?と思える。不思議な経験でした。

手指、足指の末端、骨の先端を使う。
肉と皮膚に覆われていて触れることはできないけれど、その中に埋まっている骨の先端を意識する。

今までも、「指先から」ということは意識していたけれど、まだまだそのエリアが広かった。これを「骨の先端」と捉えることで、よりピンポイントに。
もちろん、身体の動きは道具の制約を受けるので、例えば、早いパッセージなどの時には難しいかもしれないけれど、このあたりをよりシビアに稽古したらいいかも・・?

さらには、「笛をより下にあてる」の説明をしていて、「そりゃそうだよな」と改めて納得している自分が居る。その結果、もっと下にあてられるのではないか??と思いつく。


とレッスン終了後、早速取り掛かってみました。
びっくりするくらいの変化が。

前回の本番で感じた物足りなさが埋まっていく。
高音域も、より無理なく出るようになったので、ずっと「漬物」にしていたバッハのチェロ組曲第6番に取り掛かる。

以前は、オクターブ下げないと落ち着きのない演奏になっていたのが、そうでもない。
そのまま高音域で演奏できる箇所がかなり増えました。
演奏実感はさらに減り、吹いている気がしないのに、音圧は増している。
あまりに面白くて、楽しくて、6番(まだ譜読み状態ですが)の後、先日吹いた4番、2番、3番、1番、と吹いて、さあ次は5番だ・・・

とやっていたら、フルートを吹き始めるといつも3階に避難するピピがやってきて、吹いている私の足元でスリスリ。

「もうやめてくれ~」

という顔をして見上げるではないですか。
ピピの直訴には抗えるはずもなく致し方なく、本日はここまでに。

初代ロットの写真がなかったことに気付いて撮影。