風の生まれる場所

海藍のような言ノ葉の世界

空や雲や海や星や月や風との語らいを
言葉へ置き換えていけたら・・・

無題

2008年03月17日 11時19分59秒 | エッセイ、随筆、小説







 ― あなたが思う男の品格をお聞きしたいのですが・・・・

心を針にして、その先には点剤が規則正しく落ちる小さな穴が開いていて、
もう数え切れないほど針を刺し続けてしまったせいで、
血管を沿うように腕には火傷のような傷跡が痛々しい。
わずかな震動にも耐えられないと悲鳴をあげるその場所が、
もう勘弁してください、と痛みを針に押し戻すよう。
大人になったのか、それとも心が枯れたのか、だから点剤を必要とする身体になって
私は不自由という言葉の意味を考えるだけに生かされている。
枷は手足に取り付けるものなのに、私にはどういうわけか心に。
唯一、自由であるはずの心に嵌められてしまった枷は、
現行の法律でも最新医療でも取り外すことは誰にもできないという。



 ― 男の品格を私が語るのですか?
はい、そうです、とあなたの声を、雪山へ向かって叫んだように待ちわびた。

 ― もしあなたが医者なら、私を看取る覚悟があるのかと聞くかもしれませんし、
    あなたが法律家なら、不自由の異名を陳述書に追記してもらうかもしれません。
     そのどちらでもないとしたら、愛する資格や愛される資格について、
     心がしおれるまで語り合いたいと思うでしょう。
     なにも特別なものなど求めずに、袱紗に包んだ感覚や嗅覚をひたすら信じて
     それに水をやったり、光をあてたり、強風から護ったり、季節を教えたりしながら
     毎朝コーヒーを啜るあなたの表情が緩んだなら、
     あなたには男の品格があると初めて私には思えるのかもしれません。
     緩むということは、素を指すわけではなく、また力が抜けるということでもありません。

    幸せを矜っているふうでもなく、積極的に自分の形跡を残そうとも、
    神の立場で物事を判断する傲慢さもない。
    ただじっと自分の立ち位置で生きている人、言葉の多少ではなく寡黙で
    言い置くその重みと心中する自覚があるといったら、
    私は迷わずその男の傍に居たいと希うでしょう。
   


私にしか取り外すことのできないあなたに取り付けられた枷がある。
けれど、私の心にもいつしか取り付けられている枷があって、
それは誰にも取り外すことができない。
つまり、男の品格についていくら私が語っても、それがあなたへの評価でもなければ、
あなたを自由にする心の針にもならない。
不自由の異名は恋愛を成就させる大義でもなく、
関係をろ過する実験でも、まして夢の深みにはまる宣告でもあるまい。








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