rakitarouのきままな日常

人間様の虐待で小猫の時に隻眼になったrakitarouの名を借りて政治・医療・歴史その他人間界のもやもやを語ります。

マリファナ、ヘロイン、コカイン、覚せい剤

2012-10-23 18:48:04 | その他

世間で麻薬と言われていて、不正使用に違法性があり薬物依存の元になる薬剤で種々の犯罪が絡むものにマリファナ、ヘロイン、コカイン、各種覚せい剤があります。興味のある人はそれぞれがどのような作用や使用法があるか知っているかも知れませんが、その歴史的背景や地誌など正しく説明できる人は少ないかも知れません。かくいう私も医師でありながらあまり知らなかったので備忘録の意味で少しまとめてみました。

 

マリファナ(大麻)

中国では漢の時代、西洋でも紀元前から使われていた記録があります。大麻は植物の麻の葉や花冠から採れるカンナビノイドという化学物質が多幸感をもたらすことから宗教的儀式や嗜好的に用いられるようになったもので、オランダや南米では合法だったりします。麻というどこにでもある植物が原料(日本にある麻は薬効のあるカンナビノイドを殆ど含まない)なので簡単に育てることができますし、加工も簡単、乾燥して粉にして吸引したりするだけという手軽さがあります。スパイスなどと呼ばれる脱法ハーブなどもこの類いですが、引き起こされる症状(頻脈、嘔吐、高血圧、、めまい)などから見ても法を犯してまで試してみたいような良い物ではありません。

 

ヘロイン(阿片、モルヒネ)

アヘン戦争の元になったアヘンとは芥子の未熟な実から出る乳液を乾燥させたものです。アヘンは紀元前4000年のメソポタミアの頃から使われていたそうです。18世紀にアヘンを喫煙する習慣ができると、インドで栽培したアヘンを中国で違法に売りさばく事で巨利を得ることができるようになり、それを禁止した中国に対して英国が起こした戦争がアヘン戦争です。ちなみに中国におけるアヘンの流通問題は日中戦争時や国共紛争時にもあったようです。第二次大戦やベトナム戦で戦傷の鎮痛剤としてアヘンに10%ほど含まれるモルヒネが製品化されて米国の兵士が携行するようになるとそれを常用する依存症が現れて問題になります。アヘンからは他にもコデイン(0.5%含まれる)や臨床的に癌の鎮痛などで最も使われるオキシコドン(0.2%含まれるテバインから合成)など多くの派生品があり、ヘロインはモルヒネから半合成的に作られたジアセチルモルヒネの事でバイエル社が製品化したものです。

 

コカイン

粘膜の麻酔作用と覚せい剤的作用があることからコカの木の葉を精製抽出して作られるもので、南米が原産であり、コロンビアのメディシンカルテルが犯罪組織として有名。Wikipediaによると20世紀初頭までコカ・コーラにも成分として入っていたそうですが、今はカフェインに変わっているそうです。クラクと呼ばれるタバコで喫煙(あぶって煙を吸うことも)するタイプもあって短時間の多幸感が得られて簡便ということで人気があるらしいのですが、かえって中毒になりやすいなど良い事はありません。

 

覚せい剤

LSDとかエクスタシーと呼ばれるMDMAなどの合成麻薬で多幸感や幻覚作用を有します。六本木あたりで関東連合ややくざからみのタレントの事案(実は政治家やその家族もからむらしい)などでも有名です。歴史の古いLSDはライ麦に着く麦角菌の合成するアルカロイドから作られたもので、強い幻覚作用と薬効が切れた後の爽快感などで芸術家や70年代のヒッピー、フラワーチルドレン世代に愛用された歴史があります。麦角は中世に中毒を起こす流行病(幻覚のみでなく、痙攣や強烈な血管収縮作用で四肢や臓器の壊死をおこす)として恐れられ、その幻覚作用から魔女裁判にかけられた中毒患者も出たという話もあるそうです。LSDは1938年に麦角の血管収縮作用を研究している際にサンド社の化学者が発見したもので、正当な治療薬としてその際開発された類似化合物は偏頭痛の治療薬や出産後の血管収縮材として実際に使われています。MDMAは永続的な記憶障害や神経細胞の破壊や障害を残す恐れがあり、レイヴパーティーなどでは死亡者が出る事もあると言われていて(某タレントの時も蘇生をした・しないが問題に)まあろくな物ではありません。

 

これらの薬物が依存性を持つのは精神的な依存性に加えて、本来人間が持つ脳内物質を外から大量に与えられた結果、自分本来の麻薬類似物質を出す能力が枯渇してしまい、薬が外から与えられないと自分で多幸感を感ずる麻薬類似物質を出せなくなってしまった結果、薬が切れると無性に苛立ったり不幸感に襲われたりする苦しさを味わうことにあります。しかし癌患者の疼痛治療にモルヒネが使われても中毒にならないと言われるのは、疼痛刺激がある状態でそれを緩和させるモルヒネが外から与えられても自分自身が出す脳内麻薬類似物質の分泌は抑制されず、むしろ需要過多の状態が均衡されるだけであるからだと説明されています(動物実験などでも明らかになっている)。

 

以前のブログ、男性更年期の治療で低下している男性ホルモンを補充すると、外から与えられたホルモンのために自分自身で作る男性ホルモンはさらに低下してしまい、結局一生外から与え続けなければならなくなるので、日本では男性ホルモンを外から投与することは本当に必要とされる場合以外は推奨されていない、という話をしましたが麻薬もホルモンも「本当に必要とされる場合以外は害にしかならない」という事実は一致していると言えるでしょう。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

iMacのアドホック無線LAN環境でカラリオEP804に繋ぐ奮闘記

2012-06-20 22:50:06 | その他

10年前にiMacを購入して(実は送別でもらった物)以来システム9が使えるという利便性や、Windowsの様なウイルスやシステムのまめな変更がなく、重くなって遅くなるといったうっとうしさがないため、ずっと使い続けてきたのですが、Officeのバージョンも古くなり動画系も良く動かなくなってきたので新しいiMacに変えました。ついでに無線で印刷やスキャナもできるEpson EP804Aも購入して職場にセットしました。

 

Macは説明書を読まずに使えるというのが伝統で、私もMac classicに始まり今まで数台のMacを購入してきましたが、ソフトを除いて説明書を読む事など殆どありませんでした。プリンタとの接続など目をつむってでもできると思うのが普通ですが、今回は全く勝手が違うことに驚きました。いや単にUSBで接続するだけなら繋ぐだけの話しですが、Air print対応と書いてあるからには無線状態で使いたいじゃないですか。それがプリンタ付属のCD通りにやってもさっぱり理解不能、Aの解説書を見るとBを参照と書いてあって、Bを見るとAを見ろと書いてあり「埒があかない」というのはこの状態のことだと痛感しました。

 

どうもデフォルトの設定は室内に無線LANルータがあって、それを中心に複数のパソコンやプリンタがつながっているという想定で説明がしてあるようで、その想定外の設定の場合は極めて面倒な(非日常的)操作が必要になるということが判りました。私は職場の部屋に病院設置のLAN端末があって、それをパソコンに繋いでいるので新たに無線LAN環境を構築する予定はありません。iMacは近距離の情報伝達のためにblue toothという装置を持っていて、マウスやキーボードなども対応していれば無線環境で操作ができます。プリンタもblue tooth対応であれば何の問題もないのですが、Epson EP804は対応していません。

 

どうも私の場合、iMacに独自のWi-Fi環境を新たに構築して(ad-hoc無線LAN構築)その環境にプリンタを同調させる必要がある、と理解するのに一日かかりました。以下備忘録および意外に多いのではないかと想像される同じ事態でお悩みの諸兄の参考までに実際の手順を記しておきます。

 

まずはプリンタのドライバをiMacに入れないといけないので、これはプリンタ付属のCDに従って行ないます。ここで一時的にUSBでMac本体とプリンタを接続してください、と言われるので言われるまま接続します。実はこれが後のトラブルの元になるのですが、この時点ではしかたがありません。入れた後はad-hoc無線LAN環境の構築になります。これはMacおなじみのファインダの右上にあるインジケータの一つであるair mac(無線LANの表示)の状態表示をクリックして「ネットワークを作成」を選択して装置独自のネットワークを新たに作る設定をします。ここで「名前」と最初に出てくるのがプリンタ側で選択を要求されるSSIDの名前になるのでRAKITA11みたいな判りやすいものにする必要があります。ここで11というのは自動で選択されるチャンネルの意味です。また40ビットWEPというセキュリティがかけられるのでパスワードも英数字5文字で設定する必要があります(これも後からプリンタ側で設定時に入力必要)。しかもiMac本体が今自身が構築したLANと接続する、という状態に設定する必要があります。

 

次にプリンタ側に移って、セットアップ画面からネットワーク設定を選択して、手動設定を選択、そこでいくつか表示されるかもしれない(近くで無線LANが使われている場合)SSIDの中から先程自分が構築したRAKITA11を選択し、次の画面でセキュリティのためのパスワードを入力して「確定」させます。するとしばらくすると「設定が完了しました」という表示が出てプリンタ側の設定が終了します。

 

普通奮闘記はこれで終了ですが、実際にiMacからEP804に印刷をかけてみると、「プリンタがオフラインです」という表示が出て一向に印刷されません。ここでいくらヘルプをかけてもUSBの接続やら電源の確認やらの説明が出るだけで何の解決も示されず途方にくれます。iMacの無線LANにプリンタのMAC アドレスを認識させる必要があるのかとあれこれ開いてみますがさっぱり判りません。この手のトラブルは実は皆さん頻繁に経験しておられるようで、Googleでプリンタオフライントラブル云々で調べて見たら解決策を示してくれたブログがありました。

 

Macのシステム状態からプリンタの部分を見て見るとプリンタがUSB接続になっていることが判るのですが、これは最初のドライバ導入の時に一時的にUSBでプリンタと接続しながら行なったことで自動的に設定されたものです。だからUSBを外している限り「プリンタがオフラインです」と表示されてしまう結果になります。そこで、iMac上でワードでも何でも印刷できる媒体を印刷にかけて、そのプリンタ設定画面で新たなプリンタの追加を選択すると何故かEP804の他にEP804-2という新しいプリンタが現れます。実はこれがair macで新たに認識された無線LAN上のEP804なのでこちらを選択すれば良いのです。これはシステム環境設定を始めに開いても出てきません。何かをプリントさせるオーダーを出してプリンタ設定画面を出さないと出てこないというどのマニュアルにも書いていない裏技になります(こんな裏技普通出てこないぞ)。

 

ちなみに無線LANでスキャナを使うためには、Docにスキャナのアイコンを表示させる必要がありますが、iMacはデフォルトで見慣れたハードディスクのアイコンが示されなくなっているので、まずFinderの左上のリンゴマークの右にあるFinderの文字をクリックしてFinderの環境設定を表示し「ハードディスクを表示させる」設定に変えます。そこからアプリケーション、Epson Software、Epson Scanの設定をクリックしてスキャナーの選択をネットワーク接続にしてネットワーク上のEP804のスキャナを選択すれば使えるようになります。後はスキャナのアプリをドックまでドラッグしてきてドックに追加しておけばすぐに使えると思います。

 

自分はそこそこコンピュータには強いと思っていたのですが、たかがプリンタとの接続がここまで「自分で努力してね」状態の複雑なものとは予想もしませんでした。果して世の中は便利になっていると言えるのか、いろいろと勉強させられた2日間でした(勿論外来や手術も忙しくやってましたがこれに数時間は費やしたぞ)。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

エロスとロマン

2012-02-23 00:21:22 | その他

最近愛読するようになった内田 樹氏の書籍によると、エロスとは求めても得る事ができない存在に対して抱く感情であると解説されています。異性というのは基本的にエロス的存在であって、男性は自分が女性になることはできないし、逆も真なりと言えます。だから自分に似た異性というのはかなりエロスを感じる対象となりえる訳で、似た者夫婦やカップルが多いのもそのせいかも知れません。自由に性の転換ができるようになったり、逆に性というものを一切否定する社会になってしまうと日常におけるエロスの範疇がずいぶんと狭くなるかも知れません。

 

内田氏は「教育の場」はエロス的でありえる、との論を展開されていて、学ぶ者は簡単に獲得することができない「師の達人性」にエロスを感ずるからこそ教育の場が成り立つのであると説明します。それは学校の先生が「エロ爺い」だという意味ではなく、実際は「師と仰ぐ人」がその辺の凡人であったり、想像とは違う存在でありえるのですが、「学ぶ者」が師に対して「自分が簡単に到達できない遠い存在である」というエロス的妄想を抱くことによって「良い教育の場」が成り立つという意味だそうです。だからその辺を勘違いした凡人の師が教え子に手を出したりしてセクハラ・アカハラといった問題が起ったりするのであると説明されています。これは成る程と頷けます。

また師たる者が簡単に教え子に到達可能な目標であることを暴露してしまうようでは学ぶ者の意欲がすぐに継続しなくなり、良い教育の場が保てなくなってしまいます。従って、師たる者は弟子にとって謎の多い存在でないといけないし、レッスンプランどうりに教育し、教え子から逆評価を受けて点数付けされてしまう現在の教育のあり方では本当に良い教育の場は作れない可能性があります(そのような教育環境を超越するほど達人の域に達した師ばかりならば問題がないのですが)。

 

昔読んだ本なのでややウル覚えなのですが、三島由紀夫が桃色の定義として挙げていたのは同じ裸婦であっても「自由」があるものはエロス(桃色)ではないと言っていました。明るい陽光の下、全ての男女が笑顔で全裸で過ごしているヌーディストビーチみたいな所はエロスとは言えず、アンダーグラウンド的、退廃的、反社会的な表現は全裸でなくてもエロスと言えるのです。医者の世界で言うと、解剖学図譜や症例集、或いは患者さんを仕事上診る時の局部はエロスではありませんが、普段一緒に働いている看護婦さんのパンチラはエロスだったりするのです(医師の皆さんは納得できると思う)。

内田氏の定義とは別物のように見える桃色の定義ですが、非日常的、反社会的といった条件は内田氏の「得がたい存在」に繋がる概念のように思います。

 

これに対して(これは私の定義ですが)ロマンとは努力や頑張りで獲得できる対象に対して持つ感情ではないかと思います。一生懸命勉強して努力して良い医者になりたい、というのは医学生の時のロマンだと思いますし、お金を貯めて世界一周旅行をしたい、とか大きな家を建てたい、というのも実現できるかどうかは別としてやろうと思えばできるからロマンだろうと思います。内田氏は奴隷が王様に対して抱く感情は(実現不可能だから)エロスだと説明していましたが、奴隷が市民になることを夢想するのはロマンと言えるかもしれません(これは映画ベン・ハーから想起させるものですが)。

 

恋人同士が結婚するまでに抱く感情はエロスであると思いますが、結婚してからの現実生活では、お互いの存在は得られない物同士ではなくなった訳ですから今度はロマンを追及してゆかないと結婚生活がうまくゆかなくなります。この辺の切り替えがうまくゆかず、結婚してからもお互いにエロスを追及してしまうと必ず破綻するように思います。年をとってからも仲の良い夫婦というのは共通のロマンを上手に持ち続けている人達ではないでしょうか。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オーブとかたまゆらとか

2011-10-23 14:51:15 | その他

ベルリンの国際泌尿器科学会の公式行事として旧ベルリン中央駅(現在はイベント会場として使われている)でオクトーバーフェスティバルを模したビールパーティが開かれました。この会場の隣が前回紹介したベルリン技術博物館になっています。

第二次大戦ではベルリン攻防戦で激戦が繰り広げられた場所で世界中から泌尿器科医が集まってのんびりビールパーティというのはおめでたいことだとは思いますが、何枚か撮った写真にオーブとかたまゆらとか言われている丸い光が多数写っていたので備忘録の意味も含めてアップしておきます。

これ単なる光の屈折だか塵の乱反射のようにも見えますが、めでたい所に出てくるという話もあってまあ大きなゴミが空に舞い上がったのをUFOと言うのと同じような事かも知れませんが「めでたい」のならいいかと。

同じ場所の他の写真では全く写ってないのと少し写っているのがあって、撮っているときには何もなかったのに不思議なことではあります。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ドイツ空軍博物館探訪記

2011-10-23 00:45:34 | その他

学会でベルリンに行ってきました。10月のベルリンは少し肌寒く、朝夕は吐く息も白くドイツ人も風邪ひくんだ、と感心するくらい電車などでくしゃみをしている人を見かけました。  

ベルリン観光はガイドブックに載っている所も勿論行きましたが、主に行きたかったのは中心部のGleisdreieck駅近くにあるドイツ技術博物館と中心部から少し離れたGatowにあるドイツ空軍博物館でした。ドイツ技術博物館はミュンヘンのドイツ博物館と同様にドイツの歴史上開発された技術、印刷、船、紡績、エネルギー、軍事技術、鉄道など全てにわたって紹介陳列されたもので隣接した旧ドイツ中央駅の構内を利用した古い鉄道や蒸気機関車のコレクションは圧巻でした。私としてはメッサーシュミット109E、110(図)型の実機や、残骸とはいえユンカース87(図)、88、撃墜されたランカスター爆撃機の羽など実際に見れてよかったです。 

 

ドイツ空軍博物館はガイドブックにはありませんし、ブログなどでもあまり紹介されていないので今後訪ねる物好きな日本人観光客のために参考までに行き方など記しておきます。  

ベルリンの交通は料金体系が中心部からの距離でゾーン分けされていますが、GatowはゾーンBに含まれポツダムよりも近くなります。ベルリンウエルカムカードを購入しておけば、2日とか5日券とかでバス、地下鉄、DB以外の電車(Sバーン、市内電車のトラム)も全て有効で博物館も2割から3割引きになって便利でお得です。GatowへはSバーンでSpandauまで行ってそこからX135 Alt-Kladow往きの20分に一本くらい出ているバスに乗ります。15分くらいでKurpromnenadeという新興住宅地のバス停で降ります。王様系の名前のついたスーパーが目印ですが、遠くに丸いレーダードームらしきものが見えるだけで本当に基地がこのそばにあるのか不安になります。

新興住宅地をベルリン中心街方向に700メートル位歩くとやっとLuftwaffenmuseumこちらという小さい看板が出てきます。遠目に沢山の飛行機の尾翼などが見えるのでもう迷いませんがかなり歩きます。入り口は小さなプレハブがあるだけで、平日の午前中だったせいか観客は私を含めて二人だけ、受付はフレンドリーなお兄さん(民間人)が「初めて来たの?開いてるところはどこ見ても自由だよ。良かったら帰りに寄付(donation)してってね。」と小穴の開いた壷を指差してパンフレットをくれました。

 

中は基地だけに広いです。ハンガー二つと管制塔、外の駐機場に数十機の飛行機が陳列されていました。第一次大戦のフォッカーDIIIやアインデッカー(図)、メッサシュミット109G、163、ケッテンクラート(図)など珍しい実物がみれて嬉しいのですが、見所は東ドイツと西ドイツ所有であった冷戦時の各種戦闘機や兵器が並列で同時に見られることです。ミグ15、21、23スホイなどと西側の古いジェット戦闘機や輸送機が並べられ、管制塔内の資料館では一つの部屋を左右に分けて同時代の空軍兵士の服や暮らしなどが比較しながら見られるようになっていました(図)。

 

鍵十時は御法度でプラモデルのデカールからも外されているご時世ですが、ここで陳列されているものは平気で尾翼に描かれていました。博物館たるもの事実をそのまま陳列することに意義があるのですから当然ですかね。 

たっぷり2時間くらい見学してまた長い距離を歩いて停留所までもどってSpandau経由で今度はバスで動物園駅Zoologischer Gartenに戻りました。シャルロッテンブルグの宮殿なども道路から見ながら市内に帰れるのですが、渋滞気味なので急ぐ人はSバーンで戻る方がよいと思います。

ベルリンは東側が解放されてまだ20年くらいであることからまだ東だった所は開発がこれからという場所も多く、解放時の自由謳歌のはけ口であらゆる公共物にニューヨークのスラム街を思わせる落書きがあふれていて、整然としたきれいな町並みをミュンヘンで見ていた者にとってはやや期待はずれな所がありました。電車も夜は運転していない路線があったりして、夜用のバスを含めた交通案内図があったりと慣れるまではやや戸惑います。中心部を外れると夜8時ともなるとあまり人通りがなく、女性の一人歩きは少し危険かもしれません(とタクシーの運転手も言ってた)。不景気で平日ぶらぶらしている感じの若い人たちもかなりいます。 

しかし生きた現代の歴史を感ずるにはベルリンは良い所でブランデンブルグ門では外国の高官達が訪れたためにテレビ中継と機動隊が観光客を排除している場面にも出くわしましたし、帰りのベルリンからミュンヘンに行く飛行機では隣に座った紳士が政府のそこそこ偉い人だったらしく、到着と同時にタラップから直接パトカー先導の黒塗り高級車に吸い込まれる(ちょうどギリシャでデモがあって追加融資問題でミュンヘンでは会議が開かれていた)所を見たりもしました(話はしませんでしたが)。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

結婚について

2011-01-27 00:40:40 | その他

最近は男性の看護師が増えたといってもやはり看護学校には女子学生が多い。講義で学生達を眠くさせない話題の一つは「結婚」について話題にすることです。

 

自分が学生の時に女子大でも教えていたという心理学の先生から聞いた話とか、自分自身の結婚観とか交えて「こうすると良い結婚ができる」的な話しをすると目を爛々と輝かせて聞いてくれます。

 

要約すると、

 

1)            生活信条はあまりかけ離れていない方が良い。

見合いや紹介だとあまり心配ないでしょうが、恋愛の場合やはり生活信条は近しい方がうまく行きますね。共働きの可能性とか子供の要否とかも意見が合わないと結局うまく行かないでしょう。

 

2)            生理的に無理と思ったら止める。

これは以外と重要なこと。見合いや紹介による結婚では必須。しかし生理的に無理でなければ容姿はそれほど重要ではないと思う。

 

3)            結婚したいと思うような相手は2−3年に一人しか現れないと肝に銘ずる。

学生時代にあれだけ沢山異性がいても「結婚したいな」と思う相手は数えるほどだったはず。社会に出たらもっと出会う機会は減るから自分なりに努力しても適齢期の20代から30前半のうちに出会える結婚したい相手はせいぜい3−4人です。「相手はいくらでもいる」「世の中の半分は異性」などというのは嘘で、目の前にいる「良いかな」という相手と結婚しなかったら次は数年後でなければ結婚の機会はないと考えた方が良いです。

 

4)            まだ少し早いかな、と思う時が結婚時である。

女性について言うと、「まだ結婚なんか早いし、もう少し遊んでいたい」という頃が一番輝いていて魅力的です。一番良い相手が見つかるのはその時と考えた方がよいでしょう。「そろそろ相手を見つけないと」の時期になると明らかに輝きが減る(年齢だけの問題ではない)のが男性からみると分ってしまうものです。

 

5)            ええい、と勢いで結婚してしまうことも必要。

結婚にはマイナス面も多いので打算的になっていると永久に結婚などできません。勢いも大切です。

 

6)            結婚式や旅行は行った方がいいと思う。

面倒な結婚式の準備や高額な費用は、「結婚は生涯一度で沢山だ」と思うためにもやっておいた方がいいです。女性の側からもやってないと後々機会があるたびに旦那が不平を言われる元になるようです(私はやったからいいけど)。

 

7)            結婚は1+=2になる訳ではない。

結婚しても自分の生活を守りたい、などという考えは捨てるべきです。結婚したら自分の生活はなくなると考えた方が良いです。そのかわり新しく二人の生活が始まる訳で、「1+=新しい1になる」と割り切った方が良いです。子供ができるとそれがもっと変ってしまう。私の場合も結婚前と現在の自分の生活で変ってないのは職場の机に座っている時だけです。まあカミサンの方が大分合わせてくれているから家でも0.6位は結婚前の自分の生活が続いているかも知れませんが。自分たちの生活を大切にしたいから子供は作らないとか言っている人達がいますが、これは理解不能です。子供ができた生活も自分たちの生活と考えるべきですし、女性が職場で同じ仕事ができなくなることを危惧してそう表現しているようなのですが、実力のある人ならば子供を持ってからの方がより懐が深い良い仕事ができるように感じます(勿論苦労が多くなることは当然で、その苦労がその人を育てているのだと思いますが)。

男の子育て支援について言うと、私は子育ても年子が続いたり子供が病気したりしたせいでけっこう手伝ったので(ミルクやりもおむつ変えも全部できます)魅力的な女性がいても浮気したいという気が起きません。浮気して子供ができたらまたあの面倒くさい子育てを振り出しに戻って始めるのかい?と思っただけで萎えてしまいます。

 

結婚の要点をまとめると、以上のようなことになるでしょうか。

核家族の時代になってから、一時「友達夫婦」みたいな家庭の体をなさないような姿が脚光を浴びたようでしたが、今不況で生活が家族で助け合わないとできないような時代になって再び旧来の家族のありかたが見直されてきているように感じます。何より若い人が家から出てゆかない場合が増えています。いきなり昔の家と家を単位とするような結婚には戻らないと思いますが、次の世代に社会をつなぐためにも結婚は大事な習慣であると私は思います。
コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

モデルガン

2011-01-19 22:35:14 | その他

暮れから正月にかけていつになく少し自由な時間が持てたので、前々から作りたいと思っていたモデルガンのキットを購入して作成しました。銃マニアの人はマウザーと英語読みするのかも知れませんが、ミリタリーファンの人は多分モーゼルとドイツ語読みする方がしっくりするモーゼルM719のキットと、なかなか売ってない(最近ヘビーウエイトモデルとして復活したようですが)第2次大戦中のドイツ軍歩兵の主力武器だったMP40のマルシン製組み立てキットをインターネットで購入しました。

 

銃の楽しみ方には「撃つ楽しみ」「メカニズムを味わう楽しみ」「コレクションする楽しみ」などがあると言われますが、私の場合は二番目のメカニズムが面白いと感じていて、「考え抜かれて無駄がない銃の機構」に何とも言えない興味があります。実銃をコレクションするのは手入れに時間や手間がかかりますし、実銃自体にはあまり興味がないので集める気が起こりません。また「撃つ楽しみ」も実際小銃やピストルを撃った経験はありますが、あまり楽しいと感じなかったので、やはり自分はメカニズム派なのだろうと思います。

 

拳銃はマガジン式のダブルアクション(装弾しておけば引きがねを引くだけで弾が出るやつ)を何回か撃ちました。25m位の距離から30cm位の円形の的を撃つのですが、銃身の先が少しゆれるだけで外にはみ出してしまう様な大きさにしか的が見えない状態で、ゆっくり息を吐きながら引きがねを引くと自分で意識しない時に弾が発射されて気がつくと手が跳ね上がっている、という感じです。5発中4発位は円の中に着弾しますが、なかなか中心の5点には入りません。映画のように瞬時の判断で銃を抜いて相手に当たるなどまず無理だろうと感じます。

 

小銃は400m先に3−4mはある紙の的を立てて伏せ撃ちをするのですが、これがまた拳銃と同様、銃の先が少し動いただけで的から外れるような大きさにしか見えないのでゆっくりと息を吐きながら引きがねを引いて知らないうちに発射されているという感じです。銃が重くて大きい分装薬が多く発射の衝撃も拳銃より大きいはずですが、あまり大きく感じません。これまた5発中3発位は円の中に入りますが、まず400mも離れたらヒトや動物には当たらない(もともと撃ちたいと思わない)と思いました。ゴルゴ13は1000mでも動いている人物の額に一発で命中させますが、「人間業でない」ということが実感としてわかります。

 

実銃は発射した後、必ず分解掃除をして油を塗ってやらないと痛んでしまい、次に使えなくなるのですが、これが面倒ということも「撃つ楽しみ」が持てない理由です。

 

モデルガンはでき上がった状態で売っているものもあるのですが、メカニズムを楽しみたい派としては全て分解された状態から組み上げてゆくモデルがやはり楽しいと感じます。可動部分以外はABS樹脂で出来ていて実銃の2/3位の重さなのですが、動作は弾が出ない他は実銃と同じで構造もほぼ同じにできているから十分楽しめます。ただ樹脂の部分はどうしてもプラスチックの質感が残るので、写真にあるような塗料で予め塗装しておくこと、及び組み上がってから軽く上塗りすることが必須だろうと思います。塗料のスプレーはモデルガンショップなどでブラック又はブルーがかったブラックが2400円位で売っています。私はアメヨコのガンショップまで買いにゆきました。非常にきれいに仕上がります。


詳述はしませんが、モーゼルもMP40も少し金属を削り込まないと上手く組めないような所が1−2ヶ所あってコツが要るのですが、否にならない程度の面倒さなので組み上がって上手く動作した時には嬉しくなります。

 

「撃って楽しむ」か「メカを楽しむ」か「コレクション」かというのは、一般的なミリタリーファンについても言えることで、戦略や用兵に興味がある人と、単に兵器のメカニズムが好きな人、用品をコレクションする人と「ミリオタ」とひと括りにできない「中身の違い」があると思われます。剣道の達人であっても日本刀に興味がない人がいるのと同じです。私は「ミリオタ」のはしくれですが、中身は「兵器のメカが好き」というタイプでどうも本物の軍隊は膚に合わないようです。戦略や用兵についても自衛官と話しができるような一通りの知識はありますが、どうもあまり興味が持てませんでした。かといって武器の諸元を詳細に語るなどという知識はなく、「あの飛行機はかっこいい」とか言っているレベルなのでいい加減なものです。

医者としては幸い銃で撃たれた患者さんを診ないといけない状況になったことはありません。昔ショットガンで至近距離から撃たれて亡くなった人の司法解剖のご遺体を見た事があります。多分バードでなくバックショット(鹿撃ち)なのではないかと思われる胸から上腕にかけてごっそり肉を持っていかれてる悲惨な状態だったのですが、近距離用のチョークかどうかなど事件の詳しい状況は判りません。アメリカでは銃の乱射が最近も頻繁に起こっていて、中東の戦争で亡くなる軍人よりもアメリカ国内の銃犯罪で亡くなる人の方が多いという異常な社会です。アメリカに留学した時もGunshot Woundの正書が大学病院前の生協の本屋に平積みになってました。マンハッタン留学中に幸いホールドアップに合うことはなかったのですが、セントラルパーク以外は100番から北には歩いて行かないとか、万一の時はいつでも出せるようにズボンに20ドル札を入れておくとかは励行していました。モデルガンを買っておきながら矛盾してますが、日本は銃社会でなくて本当に良かったと思います。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

応援団が熱い

2010-09-16 00:25:24 | その他
高校生の息子が半強制的に応援団に入部させられて夏の甲子園の予選大会の応援に行きました。伝統のある高校ではないし、進学校でもあるので野球部もなんちゃって野球部に近く、一回戦コールド負けだったのですが、応援スタイルは何故か「模擬早稲田大学」で早稲田の応援団の様式を真似ていました。

応援団の演舞を身に付ける格好のビデオは、毎年6月に日比谷公会堂で行われる六大学応援団披露会「六旗の下に」です。このような催しがあることを息子が借りてきたDVDで初めて知ったのですが、もう50年以上続いているらしくかなり人気のある催しのようです。

何しろ六大学の応援演目は毎年殆ど同じで出演者だけが毎年違う。大学の紹介をする「口上」は毎年その時々の流行などを入れて趣向をこらしているようですが、この「毎回同じ」ということが「伝統を引き継ぐ者」として最も重視されるのですからその年々の団長達がいかに「バンカラ」であるかで盛り上がり方も変るというものです。この催しは六大学がそれぞれ40分近くの演目を披露するので延々6時間位やるらしいのですが、その間中会場から声援や拍手が止まないというすごい熱気のあるものです。手をぷるぷる震わせながら応援団旗を低く持つ、ただそれだけのパフォーマンスに会場から絶大な声援が送られます。伝統の重みを必死に支える現役学生の姿に、(多分)先輩達が声援を送るのでしょう。

私は新設医大の一桁卒業ですから大学に伝統も何もありませんでした。だからこのような世界があることも知らなかったのですが、50を過ぎて二十歳そこそこの現代の大学生達が大学の伝統を背負ってバンカラを競っている姿は何となく羨ましいと感じてしまいます。むさ苦しい応援団の男子のまわりで飛び回るチアガールの面々も健康的なお色気があってとても良い感じです。というか最後のフィナーレなど殆ど30分以上激しくチアリーディングで踊り続ける姿を見ると、その体力気力だけでも男子以上、十分女子も体育会系であることが解ります。

六大学の中で傑出しているのは何と言っても「東大」でしょう。野球などシーズンで一勝するかどうかなので「チャンスパターンメドレー」を本番で踊ることは少ないのかも知れませんが天下の東大生が学生服に坊主頭で手をぶんぶん回しながら必死に応援歌を歌い、鉄腕アトムを踊る姿(六大学の中で一番ハード)は「あっぱれ!」の一言、しかも東大のチアリーディングもかっこよい、You Yubeにもアップされているようなのでこれは一見の価値ありです。

ある状況において、ある決まった形に振る舞う(パフォーマンスする)ことを期待されている場合、その最も期待される形で振る舞えることが「行動における美学」であると私は思います。手術、営業のプレゼン、またこの応援団の演技すべて求められる最高の形でやりとげることが「行動の美学」でありそれができることが「実行力の証」でもあります。そこに迷い衒いがあると美しいパフォーマンスはできません。「東大まで行ってこんなことしなくても・・」というのは本人達が一番判っていることであり、そこを敢えてバカをやれる彼らこそ、「その他大勢よりも一段上を行く美学と行動力の持ち主」であるとこの年になると理解できるのです。

演者の紹介をする時に「どこそこの高校出身!」という所で「名門!」という声が歌舞伎の「間の手」のように入るのですが、考えて見ると「大学」という括りの中では「出身高校」というのがその学生の評価のひとつとして大事なのだな、と判ります。社会に出るとこれが「出身大学」に変ります。私は現在私立大学の教員ですが、この大学の中にも出身高校の同門会というのがあって、年に一回上は理事長、教授、下は学生まで20人位が集まります。出身大学は異なっても現在の職場に来たことでこの大学の一員となって高校の同門に親しみが湧くという、まあどうでも良い事でもあるのですが私としては理事長という大学の最高権力者が高校同窓でそれなりに親しくしてもらえたことは社会人として(―)ではありませんでした。

「応援団が熱い」と感ずるのはそれを見る全ての世代において、美学として期待されるパフォーマンスについての価値観に断絶がないからかも知れません。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

靖国神社参拝

2010-08-23 18:43:55 | その他
ここ数年夏の年中行事として休日に靖国神社に参拝しています。15日はうるさいのでそこは避けて今年は1週間後の昨日に行ってきました。直射日光もまぶしく照り返しも暑い一日でしたが、境内は既に静かであり、二拝二拍手の時も神様の前で一人でお参りできました。

参拝後は遊就館で名物の海軍カレーをゼロ戦を見ながら食べて、帰りはのんびりと神田神保町の方に回ってジャズの中古CD店や古本街を散策し、三省堂などに寄って秋葉原に寄って帰宅します。暑い一日でしたが、適宜冷房の効いた店舗に入ってクールダウンするので熱中症になることもなく快適に半日歩けた上、なかなか良い買い物もできました。

靖国神社は三十歳台まではあまり興味もありませんでしたし、左翼系のネガティブキャンペーンもあって足が向くことはなかったのですが、中韓が政治問題化してからは日本の戦没者を自分たちの利益のために政治問題化するあざとさに却って反発を覚えて感謝の意を込めてお参りする事にしました。

昨日は入り口近くで「何とかの会」の有志の人達がテントを張って寄付を募ったりしていました。その一人が「靖国神社は日本国の英霊が祭られた神社です、皆さんお参りをして感謝の心を捧げましょう」といったことをマイクで放送していたのですが、「言っている事は間違いではないが、そういうことは大声で言うものではない」と感じました。「場の雰囲気と違う」という違和感を強く感じたからです。よほど注意しようか、とも思ったのですが私は変な左翼ではないし、炎天下で頭に血が上っている人に思いが上手く伝わる自信もなかったのでスルーしました。

靖国に祭られた戦没者の多くはそれぞれの大事な生活もあったであろう時に当時の日本の時流に逆らえず止むなく戦場に行き、倒れた人が多かったと思っています。職業軍人であっても優秀な軍人ほど太平洋戦争については愚かな戦いであったことは実感していたはずです。「自分は人生を犠牲にしてしまうけれど、それが無駄死にではなく、将来の日本に少しでもプラスになってくれれば良い。戦死すれば靖国に祭られることになっているから、未来の日本人が無駄死にではありませんでしたとお参りに来てくれるだろう。」と考えて犠牲になった人達が沢山いたと思います。

私の父も一橋大学在学中に学徒出陣で中国戦線に送られた一人で、よく学徒出陣の記録映画に出てくる丸めがねの一人は父ではないかと感じてしまうのですが、「招集直前まで英語の授業があった」というほどの大学だったので「ばかな戦争を始めたものだ」と友人と話していたそうです。父は戦死はしなかったのですが、主計少尉として任官中に肺結核になり内地に送還されて療養所で終戦を迎えました。療養が長引いたので、結局終戦後は学歴を活かすこともできず(息子が言うのも僭越ですが)能力から見れば不遇な人生を送る事になりました。父は三十年以上前に他界していますが、父以上に人生を狂わされた多くの戦没者達に感謝の心で静かにお参りしたい、という所で言わずもがなのマイク放送は邪魔以外の何ものでもないと感じたのです。それぞれの気持ちで静かにお参りをする分には、特攻服だろうが軍服だろうがかまわないのですが他の人を邪魔してはいけません。

近くに千鳥ケ淵戦没者墓苑という施設があります。こちらはまだ行っていないのですが、軍人だけでなく民間人も含めて戦争で犠牲になった人の行き場のない遺骨が納められているそうです。靖国神社の代わりにこちらを推奨する人もいますが、こちらは墓苑であって遺骨の納められた墓なので私は意味が違うように感じています。靖国参拝を批難する人が毎年欠かさずこちらを参詣しているのならばそれも見識なので良い事だと思いますが、大抵批難はするけどどちらにも行かない人達ばかりなので犠牲になった人達は浮かばれないことになります。

九段下の駅を出た所でどのような組織か解りませんが「台湾独立を、チベットウイグルへの弾圧反対」を訴えるビラを一人静かに配っている人がいました。帰りにも同様に配っていたので誰に邪魔されることもなく活動できていたようですが、このような活動ができているうちは日本は自由な国なのだと感じました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

理想の上司論

2010-07-28 23:38:55 | その他
部下にとって理想の上司とはどのような存在か、というのは職種を問わず社会生活を送る上で必須の命題のように思います。若い時に自分が心から尊敬できて、将来の目標になるような上司に巡り合うことは一生の宝といっても良いほど重要なことだと思います。

私は幸いにして、医学部の学生の時、研修医の時に臨床、研究、マネージメント(人柄)においてそれぞれ目標になれるような上司に巡り合えたので、それぞれの事項でその上司の存在を目指して今まで努力することができました。

ある時、他大学の仏文学の教授と食事をする機会があり、酒の力もあって「お互い部下を持つ上司としてどのような存在でありたいか」という話題になりました。私は「医療の現場においてはすごく難しいのですが、部下を信頼できる所は余計なことを言わず全てまかせて、リーダーとして自分が責任を持って決断しないといけない所は明確に決断する上司」と言った所、我が意得たりと思われたか、「それだ。」と言って握手を求められました。どの世界でも難しいながら上司たるものそうありたいと思っているのだなと改めて感じました。

私の上司論は実は種本がありまして、日露戦争における陸軍元帥「大山巌」のひととなりから学んだものです。自分に専門職としての力量はないけれど、それぞれの専門家を適切に任用して総合的に壮大な仕事をこなしてゆく「西郷隆盛」は別格でこれは全ての政治家、総理大臣に見習って欲しい存在ですが、一般人における上司の鑑としては「大山巌」ではないかと思うのですね。

現実の医療、特に検査や手術の場面で自分より未熟な部下を信頼して仕事をしてもらうのは自分でやってしまう事の二倍位大変です。医療においては私がやった結果と部下がやった結果が異なってしまうことは許されません。途中経過が早いか遅いか、多少失敗があっても必ずリカバーが効いて結果に問題を残さないことが部下にやってもらう条件です。この厳しい条件をクリアせずに「練習のために部下にやらせた」と言ってしまうようでは、種々の問題をおこした某大学とか事故で話題になった某病院のようになってしまいます。

術後出血による再手術、というのは事故扱いになりますし、できれば「経過観察」で済ませたいものです。しかし手術を行なう外科医である以上、どんなに上手に手術をしても一定の確率で少ないながらも術後出血は起こり得ます。患者さんや家族への悪評、手術室や麻酔科への交渉、事故届けの提出その他もろもろの面倒事を「えいっ」と引き受けてタイミングを逃さず「よし、リオペ(再手術)するぞ。」と決断するのが上司たる私の役目です。年200件近く手術をしていればリオペも1-2年に一回はあります。若い時はそのような上司の苦労は想像していなかったのですが、独り立ちしてやっと解るようになりました。

若い時に指導を受けた病理学の教授は、「教室内では上になるほど腰が低い、一番偉そうなのが大学院生」、と言われた教室のトップで、他学出身で週一回しか勉強にこない小生と職員食堂で一緒に食事をしたり、夜10時を過ぎてから論文の手直しを時間をかけてして下さったりと本当に「教授とはこうありたい」と思える素晴らしい先生でした。安楽死事件が起きたときに医学部長をされていたこともあっていろいろと苦労もされたのですが、もともとK大学を金時計で卒業された優秀な先生なので社会的な難問もそつなく処理されたようでした。

政治家や大臣は「辞める」ことで責任を取ったことになるようですが、一般社会においては「辞める」ことは責任放棄であって「問題を解決する」ことが責任を取るという意味です。問題を解決した上でその職位に居続けることに道義的問題があれば辞任すれば良いのです。

しかしまわり(社会)を見渡してみると小生の思い描く上司論に合わない上司達がかなり多いようにも見えるのですが・・。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

仮面初老期うつ病

2010-07-16 21:11:16 | その他
男女を問わず人は誰でも50歳の声を聞く頃になると体力、知力、気力、性欲の衰えを感ずるものです。この衰えはなだらかな坂をゆっくり下るように自覚するのではなく、何かの拍子に階段をがたんがたんと降りるように「あれ、自分はこんなに駄目なんだ。」という風に自覚してゆきます。

人間は年を経る毎に時を短く感ずるものですが、私も日々やっている仕事は30代とあまり変らない臨床医療ですから、気持ちの上でも30代の頃と同じように仕事をしているつもりなのですが、夜中の当直仕事の後や大きな手術の後に疲れがどっと出たり、以前は昼寝などしなくても同じ調子で仕事が続けられたのに夕方30分位長イスで横になって休まないと緊張が続かなくなったりして、「ああ、年を取ったんだ。」と改めて自覚します。

この階段状にがたんと衰えを自覚するのはけっこうショックというか精神的にしんどいものですが、何とも言えない「喪失感」というか100あった自分が90になり80になりだんだん減っていってしまうことを精神的にうまく処理して受け入れることは実は難しい問題と言えます。特に若い頃誰よりも精力的で自分は他人より優っていると考えている人ほど、衰えてゆく自分を受け入れることは難しいようです。

この喪失感が受け入れられないと「うつ状態」になってしまい、抜け出すことが非常に難しくなります。なんせ若返ることは不可能で「あるがままの自分」を受け入れることのみが唯一の解決法なのですから。

時には「うつ状態」にはならなくても病気恐怖症とか他の一見どうでもよいことに執拗にこだわってしまう神経症(ノイローゼ)状態になってしまう人もいるようです。私は精神科医ではないので正しい言葉遣いか解りませんが、初老期うつ病がそのような変質した形で出ている場合を「仮面初老期うつ病」と呼ぶ事にします。

私は軽い人も含めればけっこうこの「仮面初老期うつ病」の人は多いのではないかと普段思います。私ですか、私はごく軽い初老期うつ病にいつも罹っていると思っています。まあ今の世の中「いつもご機嫌」などという方が却って異常と言えるかもしれませんが。「まだまだやれる」と励ます自分と「まあこんなものか」と現状を受け入れる自分が交互にやってきます。

先日も食事を始めようとした所で大学時代の友人から電話がありました。彼は軽い糖尿病なのですがコントロールは極めて良く網膜症や腎障害などの心配はない(と自分でも医者の目から見れば解っているだろうに)にもかかわらず、私に細かな検査値の軽い異常についてどうすれば良いかとしつこく聞いてきます。「問題ない」と言えば「本当か」と信用せず、「それは大変」などと言おうものなら「どうすれば良いか」としつこく聞かれることが解っているので心理戦になります。度々長い電話がかかってくるので家族も「大変ね」みたいな感じで横で聞いているのですが、いろいろ細かいことを総合してまとめると「若い頃のようにうまく行かない」というのが根本的な彼の悩みのようで、「70まで今の収入で仕事を続ける自信がない」ということを言いたいようなのです。「おいおい、わたしゃ60まででも自分の体力では無理だろうと思っているのに」と言うのですが若い頃スポーツマンでならした彼には自分の状態が納得ゆかないようです。

老いの喪失感を受け入れるのは「共に語れる気の置けない友人」であったり「善き伴侶」であったり「飲み屋のママ」だったりするのでしょうが、自分なりにそういった相手を見つけておくことは人生においてかなり重要なことだろうと思います。現代は生の会話よりもメールや携帯での間接的なコミニュケーションが多くなってきて、また家族の連帯も希薄になってきています。若い人が老人と共に住み語る機会も少なくなってきており、これらの個の断片化とでも言う事態が中年を含めた世の中の「うつ傾向」に拍車をかけているように感じます。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ドイツで感じた事(1)

2010-07-14 23:31:50 | その他
6月の後半に1週間ほどドイツに学会出張してきました。今回はミュンヘンの腎臓関係の学会で発表したのですが、丁度ドイツはワールドカップでイングランドを下す快進撃の最中であり、街はサッカー熱で大いに盛り上がっていました。ドイツイングランド戦は因縁の対決らしく、新聞もブルドッグ(英)対シェパード(独)で犬がにらみ合っている写真を載せたり、「バイバイ・イングランド」と大書して喧嘩を売っているような見出しのものもありました。日韓戦でこのような見出しを出したらまた国際問題にされそうですが、本当の好敵手、対等な成熟したライバル関係というのはこのようなものであり、日本の態度にいちいち噛みつくというのは所詮韓国は日本と対等になりえない国だということなのでしょう。

ドイツでは日本・デンマーク戦も中継されていてパブリックビューイングも設置されていました。勿論隣国デンマークファンが一杯です。現地時間で夜10時頃試合終了だったのですが、街頭テレビでまわりがシーンとしている所で小さくガッツポーズしてしまいました。中継の解説はあの伝説のキーパー「オリバーカーン」でした。特に興奮するでもなく「日本、よく攻めましたねー」みたいなことを話してました。キャプテンの長谷部がテレビにドイツ語で普通にインタビューを受けていたのが印象的でした(ヴォルフスブルグにいるのね)。

数年前にパリに学会出張した時は帰りの飛行機の11時間があまりに長く、40代後半の身には辛かったので、50を過ぎたこともあり今回初めてビジネスクラスで海外に行きました。いや楽だったです。寝る時はフルフラットでうつ伏せ可能、ルフトハンザのフランケンワインを飲みながら往復とも快適な旅でした。写真はミュンヘン中心街にあるドイツ博物館に展示された名機メッサーシュミットBf109Eで戦後もスペインで使っていたGとかでなく初期タイプのEである所がファンとしては嬉しかったです。他にもユンカース52とかBf108とかフィゼラーシュトルヒ、Me163、第一次大戦のFokker三枚羽やローゼンジ模様の複葉機などもあり、同行した家内は嬉しくなかったでしょうが、飛行機ファンの小生は大満足でした。鉤十字はご法度なので消してありましたが、ドイツの優れた技術の一環として(他にも初期の印刷機とか詳しく見学すると半日以上かかる)当時の戦闘機が並べてあったのはドイツ人のさり気ない自信のようなものを感じました。

後日ミュンヘンの街並みやローゼンハイムの酪農家の友人を訪ねたことなど記します。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

TfalやDretecなどのプラスチック製湯沸かしの異臭問題は水の塩素の問題か

2009-11-17 18:50:32 | その他
Tfalがコップ1杯の水を経済的に短時間で沸かして直ぐ使える湯沸かしポットを発売して好評です。それに続いて他のメーカーも同様な仕様の湯沸かしポットを発売しています。私も自宅と病院でそれぞれ使っているのですが、自宅で使っているものは何の問題もないのに、病院の自室で使っているものは沸かした湯が消毒薬ともプラスチックとも何とも言えない否な匂いが付き、また味も変でありとても飲めたものではない状態になりました。

使っているうちに無くなるかと思ったのですが、異臭異味はひどくなる一方で、病院では使わないことに決めました。これは単なる不良品であったのかと思いインターネットで調べた所、プラスチックのポットは使用者によってこのプラスチック(ポリプロピレン?)臭がどの製品にもあることが解りました。しかし製品の個体ごとに異臭が出たり出なかったりというのは同一規格の大量生産品ではありえないことです。

病院で異臭が出るポットも、病院の水でなく試しに購入したミネラルウオーターだとあまり臭いがないことが解りました。我病院の水は非常に消毒の塩素(カルキ)がきつく、換気扇を付けないでシャワーを浴びていると目がちかちかするほどです。正しく実験したわけではありませんが、どうもプラスチック製の湯沸かしの異臭異味は沸かす水の塩素の度合い、pHによって変わるのではないかと思われます。家の水はカルキ臭くないですし、インターネットで異臭が気にならない派ととても酷い派に別れるのは、どうも使っている水道水の塩素が濃い地域とそうでない地域の違いではないかと思われます。

異臭が強い地域(水?)の場合はガラス製やアルミ製の湯沸かしの方が良いかもしれません。病院では従来からある電気ポットを使っていましたが、異臭や異味が出た事はありませんでした。この異臭が身体に毒かどうかは解りませんが、少なくとも不味いと解っているものを飲む必要はないですね。メーカーさんの改善に期待します。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

テレビ評NHKヒューマンドキュメント「ふたりの14歳」

2009-11-06 19:10:24 | その他
テレビ評NHKヒューマンドキュメント「ふたりの14歳」

[S][文]ふたりの14歳病気の進行との闘い…障害者の競技ボッチャ友情、葛藤、成長するふたりと親子の物語
チャンネル: 3ch : NHK総合_放送日時: 11月5日(木) 22:00-22:45_Gコード: 29211

[詳細] ふたりの14歳_障害者のために考案された競技「ボッチャ」を通し、互いに成長していく親子の日々を伝える。愛知県在住の中学2年生、松永楓さんの親子と、高阪大喜君の親子は、ボッチャと出合い人生が変わった。松永さんは脳性まひ、高阪君は筋ジストロフィーという病で、日常生活のほとんどに親の介助が必要。親が子を助け、子は親を頼ることが当たり前の親子関係に変化をもたらしたのがボッチャだった。ボッチャとは、目標となるボールにどれだけ近づけたかを競うカーリングに似たスポーツ。試合となれば子供は自らの判断で戦い、親は手が出せない。親子で意見が食い違い、けんかになることもある。やがて子供たちは日常でも自己主張を始める。親は子供の成長を目の当たりにすると同時に、自分の手から離れていく寂しさを感じるという。(http://tv.starcat.co.jp/channel/tvprogram/0432200911052200.html)

<感想>

良いテレビ番組に出会うことは現在では難しい世の中になりました。見ていると明らかにバカになってゆくなあ、と感ずる退屈なバラエティばかりの中で、9時のニュースのあとそのままテレビをつけていたら始まった番組でした。筋ジスと脳性まひの子供が打ち込むスポーツ、ということで敢えて身体が不自由(しかもかなり重度に)な人がスポーツに挑むということがどのように描かれるか、見ているうちにどんどん引き込まれて遂に最後まで見てしまいました。

どちらの病気も知能には障害がありません、だから知能を競う競技ならばハンディを克服して・・と安易に考えるのはやはり自分が部外者だからだなと感じました。一番ハンディのある身体能力をぎりぎりまで使って競技をすることに重度の障害を持つ二人の中学生が、単に10メートルばかり先に玉を転がすだけの競技ではあるけれど、その勝敗で号泣するほど真剣に取り組んでいることに、何か大切なことを気づかされた気持ちがしました。

立ち上がる事もできない子供が、一般社会に対して自分の思いを表現することは、「知能に異常がないのだからできるだろう」などと言えるほど簡単なことではないのです。自分は立ち上がることもできないけれど、自分の身体能力を全力で使って競技という形だけれど社会に初めて自己表現ができた、ということが自分に対する自信につながって社会への「自立」に少しずつつながってゆくのだな、ということが解りました。

立ち上がる事ができない我が子を立たせたい、というのは親心として良くわかります。しかしそれでは現在の自分の姿を親が認めたくないのだ、と子供が感じていることに気づいて、あるがままの「立ち上がる事ができない我が子」をそのまま受け入れようと考え直した、というご両親の言葉にも非常に深いものを感じました。子供が病気を持つと親が成長するというのは私自身にも経験があるのですが全くその通りです。親が子の理想像を作ってしまい、子供をそこにはめ込む、ということはどの親でも犯してしまいがちな誤りでしょう。子供のあるがままの姿を一度認めてから、そこから何ができるかを一緒に考えてゆくというのが大切だと思いました。

この子供目線という視点ですが、この番組のカメラワークが常に二人の障害を持つローアングルの目線で作られていて秀逸です。病気の進行で右手で投げられなくなったので左手で投げるようにした、という高阪君を見て自分も彼と同じくらい自分の能力を引き出すぎりぎりの努力を普段しているか、という点で恥ずかしい気持ちになりました。丹波哲郎氏ではありませんが、「人間はこの世に修業のために産まれてきているのだ」と考えると小さな事に不平不満ばかりを唱えて最善の努力を怠っているようではまだまだ修業が足りないなと感ぜざるを得ません。それに比べて「ふたりの14歳」は大いに修業をしていると思いました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

前提がおかしい

2009-10-02 22:30:03 | その他
世の中には冷静に考えれば「いんちき」や虚像であることが明確であるのに真剣に信用してしまい取り返しの付かない大きな誤りをしてしまうことがあります。占いを信じてつまらない物を買ってしまう程度ならば可愛いものですが、高価な壺やら現世利益を求めて高額な喜捨をしたり、カルト宗教に心酔したり傍目から見て何故いんちきに気づかないのだろうと不思議に思う事も多々あります。

医学においても明らかにいんちきな健康食品やエセ医療に高額な金をかける人達が後を絶たないのが現実です。西洋医学は自然科学の一分野であり、分析の科学です。個体は臓器からなり、臓器は組織からなり、組織は細胞からなるので、病気の治療は細胞にまで遡って考えられます。西洋医学がともすれば体の部分に対する対症療法と批判される原因もそこにありますが、西洋医学の信頼性はその科学的分析にあるといえるでしょう。

西洋医学が唯一絶対正しいものだとは言いません。個体を臓器に腑分けした時点でもとの個体とは違うものになってしまうのですから、その個体そのものの病気を見ているのとは違うことになってしまう。その点個体を個体のまま観察して診断を下す東洋医学の方がより病気の実体に近い場合もあります。しかし世の中にはこの西洋医学の衣をかぶった怪しげなものがたくさんあって、西洋医学の手法によって付けられるべき病名をそのまま用いてその分析手法と全く関係のない方法で診断したり治療したりするものもあるので素人は簡単にだまされてしまうのです。

東洋医学の話題が出ましたが、東洋医学は西洋医学とは全く異なる理論(前提)の上に診断、治療を行うもので、いたずらに西洋医学の理論をくっつけて補充しようという考えはありません。東洋医学を西洋医学的に解明することはかなり行われていますが、これはあくまで西洋医学的手法を用いているもので、西洋医学の一部です。よく患者さんに「漢方薬も効果がありますか。」と聞かれる事がありますが、正しい答えは「東洋医学に基づく疾患概念には効きます。」というものです。しかし東洋医学も同じ人間を扱う医療であり、疾患概念にはオーバーラップしているものもあるのでけっこうそのまま効いてしまう漢方薬もあるため「漢方がとても良く効く場合もあります。」と答えることにしています。

科学とはある前提となる「定理」があって、そこから合理的な論理の展開によって「結論」が導かれます。しかしこの「前提」がおかしいと途中経過の論理展開がいかに正しくても導かれる結論がおかしなものになってしまいます。オウム心理教のように「ハルマゲドンが来る」ことが前提ならば「ポアされてよかった」という結論になります。「資本主義が絶対悪」であれば歴史の必然は「原始共産制」に向かって突き進むことになります。世の中で、理論がしっかりしているようだけれど、結論がおかしいと思われるもの、何か怪しげなものを突き詰めてゆくと、「前提がおかしい」ことに気付きます。その怪しげな前提を納得させるために、世の中に既にある「権威」が利用されたり、超常現象を用いたり、人々の不安が利用されたりします。ねずみ講の場合は「儲けたい」という下心が利用されますね。

「自然科学が本当に正しいか」というのも実は怪しいものです。これは副島隆彦氏がよく理系人間を戒める時に言うことですが、自然科学もその前提となる定理が正しいとする範囲において、正しい論理展開によって導かれる結論が正しいということにすぎないのであって、日常生活上その定理があてはまる範囲がかなり広いから一般論として「自然科学は正しい」としているにすぎないのです。これが社会科学になると前提自体が沢山立てられるので正しい論理展開によって導かれる結論も「正しい結論」が沢山あることになります。経済学なども社会科学と自然科学の中間みたいなもので、様々な正しい結論が出されるようですがなかなか現実と一致しませんね。米国の金融工学という経済学などやはり金融で国家が成り立つという前提が100%間違っていたということでしょう。

我々は「合理的な論理の展開」には弱いものです。途中経過が正しそうだと間違っている結論を真実と思ってしまうことがあります。人間の健康を扱う医学においてはせめてこのような手法は使わないでいただきたいものです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする