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新浪剛史・経済同友会代表幹事
にいなみ・たけし 1981年慶大経卒、三菱商事入社。米ハーバード大で経営学修士号(MBA)を取得し、2002年から社長を務めたローソンをコンビニ3強の一角に育てた。14年にサントリーホールディングス社長に転身。国際派の論客として知られる。
【この記事のポイント】
・選挙に勝つための政策づくりばかり優先されてきた
・デフレ期の経済は国の財政に頼り、経済界の発言力は落ちた
・経済界は来春の賃上げ率5%実現で、国民の信頼回復を
政治改革の機運が永田町から遠のいて久しい。4月に就任した経済同友会の新浪剛史代表幹事は日本の再生には、国会や選挙のあり方を抜本的に見直し、長期的な視点で政策を議論できる環境づくりが不可欠だと説く。経済界自身も地盤沈下が指摘されるなかで、社会や政治を変え得る影響力をどう取り戻すのか。その胸中を聞いた。
首相が4年はやり遂げられる政治体制を
――10年間政治を身近に見てきた視点から、現在の政治にどんな問題があると考えているか。
「日本は戦後、衆参両院で54回選挙をやっているが、例えばドイツの連邦議会選挙は20回ほどで日本は本当に選挙ばかりやっている。ここをいかに変えるかがすごく重要だと思う。毎年または2年に1回選挙があると、政権は先々の問題を後回しにして選挙に勝つための政策をつくる。この10年間それが続いてきた」
「結果的に(首相が)国家ビジョンを持っていてもそれを果たせぬまま、国債をたくさん発行して選挙を次から次へこなすことになる。当然、財政規律にも影響が及ぶ。日本が国内総生産(GDP)比で2倍以上の債務残高を抱えるのは、政治の中にそうさせる仕組みがあるということだ」
――選挙の頻度が多く、議員が近視眼的になることで改革が遅れていると思う分野はあるか。
「社会保障だ。国費のおよそ40兆円という巨額を投じているが、十分な検証がなされていない。過去の政策効果を検証し、EBPM(証拠に基づく政策立案)もとり入れて、長期視点でお金の有効な使い方を考えるべきだ。これは短期の政策の考え方ではできない」
――政治改革で必要な具体策は。
「首相が(衆院議員任期の)4年の任期をやり遂げ、一つの内閣で一つの政策課題を解決できる、そんな体制作りが重要だ。首相から衆院の解散権を奪うことはとんでもないが、何らかの形で『今すべきではない』とか(歯止めをかけるような)仕組みが考えられないか。国政の中に新たなガバナンスが必要だ」
「日本の首相は英国に比べ時間的に国会に5〜7倍張り付いている。首相や閣僚は外交や現場の声を聞く機会を増やすべきだ。そのうえで重要テーマについては党首討論の回数を増やす。(日程闘争を防ぐために)国会は通年で開会する。こうして議論の質を高めた方がよい政策につながる」
経済の不振、この10年間は忸怩(じくじ)たる思い
――経済界や学界でつくる「令和臨調」にも参加し政治改革を訴えているが、政治から提言が放置される懸念はないか。
「議員自らルールを変えるのは難しい。政権を攻撃する機会を減らす改革は野党は嫌がるが、与党も下野したときを考えて及び腰になる。政治の外からの訴えが大事だ」
「経済界や有識者、メディアが政治改革の機運を盛り上げて国民的議論を喚起することが重要だ。1990年代にも民間政治臨調が今の小選挙区比例代表並立制の下地をつくるなど成果はあったが、積み残しもある。政治改革は常に時代と共に取り組まねばならない」
――90年代に比べ政治改革を訴える経済界の発言力は落ちていないか。
「この10年間、政府の会議に参画しながら、非常に忸怩(じくじ)たる思いがあった。デフレ時代に経済を回し、需要不足を埋めてくれた主体は国家財政であり、企業は助けられてきた。我々経済人が政府にものを申す力が落ちたのは確かだ」
「日本経済がデフレから緩やかなインフレに転換すると、経済の中心は民間に変わる。賃上げが定着すれば社会での経済人のありようも変わる。経済界が政治改革や規制改革を訴えやすくなってきた、今はそんなタイミングだと思う」
24年も大幅な賃上げが続くかは日本経済の行方を左右する。新浪氏が社長を務めるサントリーホールディングスは10月下旬にいち早く7%の賃上げ方針を表明した。
来春の賃上げ率、「5%」を目指すべき
――岸田政権は経済界に継続的な賃上げを求めている。24年に経済界がめざすべき水準は。
「(定期昇給とベースアップを合わせて)4%以上、できれば5%だ。最低でも23年の水準を超えるのが目標だ。4%あれば消費者物価指数(CPI)の上昇を超え、実質賃金はプラスになる」
「かつてのように生産性を上げてから賃金を上げるのではない。『賃上げするから、みんな頑張ろうよ』と呼びかけて社員のモチベーションを上げ、生産性も上げる。こうしたことが続く社会になると、国の巨額の経済対策も必要性が薄れる。今回の政府の所得減税を一時的なものにするためにも、各企業が賃上げの数字を早期に公表し、社員や社会に予見性を持ってもらうことが重要だ」
――日本経済の大半を占める中小企業の多くは賃上げ余力が乏しい。4〜5%の賃上げは中小も可能だと思うか。
「中小企業にも2つある。大企業のもとで下請けをしている企業と、サービス産業の企業だ。後者は人手不足がより深刻で、23年実績で2桁上げているケースもある。ホテル代など料金に転嫁する余地も大きい」
「下請け企業に関しては公正取引委員会が監視を強め、価格転嫁を大企業に求める環境は整いつつある。少なくとも3%強を目指すことは可能だと思う」
――かつて日本企業は利益を内部留保に回し、生産性を高めてから人に投資してきた。それは変わったのか。
「団塊の世代の退職で労働力が減るなか、人材争奪合戦は国内外で激化する。人に関して見える風景は変わった。各企業が賃金だけでなくリスキリング(学び直し)なども含めた人的投資戦略を考え直さねばならない」
――人材確保では外国人の受け入れも焦点だ。移民に関してはどう考えるか。
「『移民』という言葉は負のイメージも強い。現行の就労ビザでの受け入れの充実が大事だ。その人たちが働いた結果、日本に住みたいと思った方は歓迎すべきだと思う。その間にしっかり議論し、国民的コンセンサスを得ることが重要だ」
――社会保障や少子化対策のための消費増税の必要性をどう考えるか。
「今年大幅な賃上げが実現して、さあ来年も、というときに逆進性のある消費税の議論はふさわしくない。いろんな手段を検討し『失われた30年なんて言葉もあったよね』といった状況まで経済が好転したときに議論をすべきだと思う」
新浪氏は「経済界が国民の意識から乖離(かいり)した」と自省する。その危機意識から、同友会では企業が社会課題の解決に関わる「共助資本主義」の実現を掲げる。
――経済団体に対し、国民が存在意義を強く感じているとは言い難い。
「経済界が長い間、給料を上げてこなかった。そこに対しての国民の不信感は相当大きいと思う。だから経済界への信頼回復のためにも、各企業の経営者が自らの会社を良くし、賃金を継続的に上げることはすごく重要だと思っている」
「経営者は自社を良くするとともに、世の中から評価されることが何かも考えるべきだ。経済人だけでなく社会的企業やNPO法人の方々とも連携し、社会課題の解決に関わる。同友会ではこれを『共助』と呼んでいる。企業が社会課題の解決を支援し、社会から信頼されれば企業価値を高めることにもつながる。これは資本主義であり、日本がめざす共に助け合う社会だと考えている」
「怒り」から出た旧ジャニーズ事務所への批判発言
――「45歳定年制」や旧ジャニーズ事務所の性加害問題など、新浪氏の発言は時々物議を醸す。
「(21年の)45歳定年制に関する発言は私の説明不足で『ああ。やってしまった』と思った。ただ、その後、中高年のキャリアに関する活発な議論が起きたことは良かったと思っている。ジャニーズ問題(で同事務所に批判的な発言をしたの)は『怒り』だ。日本は児童への性的虐待を許す社会では絶対にあってはならない。それを止めなければという思いだった」
「次世代に恥ずかしくない国を引き継ぐため、言うべきことは言う。それが経済界や経営トップのあるべき姿だと思う」
にいなみ・たけし 1981年慶大経卒、三菱商事入社。米ハーバード大で経営学修士号(MBA)を取得し、2002年から社長を務めたローソンをコンビニ3強の一角に育てた。14年にサントリーホールディングス社長に転身。国際派の論客として知られる。
有言実行が説得力呼ぶ(インタビュアーから)
政治家に長期ビジョンを練る時間を与えるべきだとの新浪氏の主張は、経済界全体からもよく聞かれる。その実現には国民の賛同も含めた政治改革を求める社会のうねりが必要だ。
だが行革の鬼と呼ばれた土光敏夫氏や橋本龍太郎政権の6大改革を支えた豊田章一郎氏らの時代と比べれば、経済界の影響力は陰る。新浪氏が参画する令和臨調や経済団体が訴える財政再建などの提言には、国民から反発の声すらあがる。
それは「自らの利益を優先し、我々を顧みていない」という国民の中にある経済界への印象が一因だ。新浪氏はまずは継続的な賃上げで国民の信頼回復を図ると語る。経営者が有言実行で賃上げと人的投資を続け、それが民間主導の経済成長につながれば、経済界の提言も説得力を取り戻す。(中島裕介、河野祥平)
写真 宮口穣、映像 碓井 寛明 福井 啓友
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日経記事 2023.12.02より引用