ロスチャイルド財閥-349 アメリカの歴史-10 ヨーロッパのアメリカ熱
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ヨーロッパ人のアメリカ移住の背景
様々な理由から人々は移住した。 フランス二月革命の影響を受けた一八四八年三月にドイツ・オーストリアで起こった革命の混乱は、『フォーティエイターズ』(四八年の人々)と呼ばれるドイツ人、オーストリア人の亡命者を生んだ。
東欧のユダヤ人の渡米を促した重大な要因は、『ポグロム』と呼ばれるロシアによる暴力的迫害とそれによる経済的要因であった。
この因縁が今日も残り、ユダヤ(ロスチャイルド、ゴールドマンサックス、他)がバックにいる米民主党は、ウクライナ戦争を見ても、ロシアに厳しいのです。
資本主義の発展と近代化の波が人口を増加させ、農民層分解が本格化すると、先祖伝来の土地、職業、地位を継承できなくなった人々が移動を開始した。
十九世紀のヨーロッパは、さながら『移動する大陸』となった。 農村から都市へ、地方から地方への人々の流れは、やがて国境を越える移動となりさらに多くの人々が大西洋を渡った。
この動きは、世界資本主義の展開によるインパクトを最初に受けた地域、すなわち北西ヨーロッパから始動し、十九世紀後半になって南・東ヨーロッパに及ぶのである。
近代化の歴史は人口増加の歴史だった。 世界人口は一六五〇年に三億人だったのが、一七五〇年には七億人となり、一八五〇年には十一億人に、そしてニ〇二四年現在では八十一億一千九百万人となっている。
こうした人口爆発は、まずヨーロッパで起こった。 一八○○年から一九一〇年までの百年間に、ヨーロッパの人口は一億八千七百万人から四億語千万人へと増加した。 農村人口は過剰となり、人々は農村から都市へと向かった。
しかし、当時の都市工業は、人口増加をっ十分に吸収できなかった。 このように、人口の大移動は、まず世界資本主義の中心部からの流れとして起こった。
すなわち、資本主義の発展が最も進んでいた北西ヨーロッパから、人口も少なく、工業発展が未熟で、多く未開墾地を残す農業国家アメリカに人々は赴いた。
次いで十九世紀末からは、今や世界経済の中心に躍り出たアメリカに向けてヨーロッパの半周辺部分、つまり南・東ヨーロッパからの大移動が展開したのである。