上場企業の役員報酬が拡大している。2024年3月期に1億円以上の報酬を得た役員は811人と前の期から89人(12%)増え、過去最多となった。
欧米流の成果に見合った報酬体系が浸透するなか、好調な業績や株高が反映された。投資家からは株主目線の経営につながるとの声が多い。従業員の賃上げに波及するかが焦点となる。
6月末までに開示された上場企業の有価証券報告書を東京商工リサーチが集計した。報酬が10億円以上の役員は13人と前の期から6人増え、過去最多となった。
報酬1億円以上の役員がいる企業も332社と12社(4%)増えて最多だった。
背景にあるのは、ガバナンス改革の進展だ。15年に策定された「コーポレートガバナンス・コード」で、上場企業は持続的な成長のための動機づけとして、中長期の業績に連動した役員報酬を拡充するよう求められた。
東京証券取引所が23年3月に資本コストや株価を意識した経営を要請したことも後押しした。
デロイトトーマツグループが売上高1兆円以上の企業を対象に調べたところ、経営トップの役員報酬に占める変動部分の比率は23年に46%(平均値)と、15年から28ポイント上昇した。
株式を渡したり業績に応じて支給額が変わったりする報酬制度を拡充する企業が増えている。
24年3月期の役員報酬を個人別にみると、首位はソフトバンクグループ取締役で傘下の英半導体設計アームの最高経営責任者(CEO)を務めるレネ・ハース氏で、34億5800万円だった。
報酬のほぼすべてがアームから得たもので、中長期のインセンティブに連動する賞与や株式報酬が大半だった。
2位はソニーグループの吉田憲一郎会長兼CEOで23億3900万円だった。同社の報酬体系は業績連動報酬と株式報酬の合計比率がCEOで9割と、主要企業の平均よりも高い。
報酬の算定根拠とする24年3月期の連結調整後EBITDA(利払い・税引き・償却前利益)などが計画値から上振れした。全体の7割を株式報酬が占めた。
このほか上位には、制度改定で報酬が増えた例が目立つ。トヨタ自動車の豊田章男会長の役員報酬は16億2200万円と前の期から6割伸び、6位だった。
同社は24年3月期から、3年分の連結営業利益などに基づき中長期で評価する仕組みを導入した。
日立製作所も24年3月期から変動報酬の割合を拡大した。1億円以上の報酬を得た役員は34人と前の期から7割増え、上場企業で歴代最多となった。
投資家からは「企業価値が向上して成果が出ていれば、高額報酬でも特段問題ない」(三井住友DSアセットマネジメントの市川雅浩チーフマーケットストラテジスト)といった指摘が多い。
経営者からも「成果を報酬に反映することで業績拡大への励みになる」(オービックの橘昇一社長)との声が聞かれる。
日本企業の役員報酬は海外と比べると少ない。外資系コンサルティング会社のWTW(ウイリス・タワーズワトソン)の調査によると、22年度のCEOなど経営トップの報酬(中央値)は日本が2億7000万円。
これに対し、英国は7億8000万円と日本を上回る。米国は17億6000万円と突出している。経営人材の獲得競争がグローバルで激しくなっており、日本企業の役員報酬は今後も増える公算が大きい。
役員報酬の増加が従業員の賃上げにどこまで波及するかも焦点だ。デロイトが売上高1兆円以上の企業を対象に調べたところ、従業員と社長の平均報酬額の格差は23年に12.6倍と19年に比べて2ポイント強上昇した。
役員報酬には株式報酬が含まれ、株高を受けて膨らみやすい面がある。
厚生労働省の4月の毎月勤労統計調査(速報、従業員5人以上の事業所)によると、実質賃金は過去最長の25カ月連続マイナスだった。賃上げが物価の伸びに追いついておらず、個人消費には弱さがみられる。
「年功序列的な要素がまだ残っており、役員報酬が増えると従業員の給与も上がりやすくなる」(デロイトの今野靖秀執行役員)との指摘もある。持続的な賃上げの流れとなるかが課題となる。
(岡本孔佑)
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BNPパリバ証券 グローバルマーケット統括本部 副会長
トップがもらう報酬はそれ以下の社員の天井になりやすく、だからこそ、トップがたくさん報酬を受けたというニュースはいいニュースである。
働きに見合う報酬を可能にしてはじめて、雇用の流動化や生産性向上、リ・スキリングなど今流行りの政策が具体化できるのではないか、と考えると余計に日本の役員報酬の増加はよいこと、である。
一方、たくさん報酬をもらった人にはその人の責務もあろう。米国で、ベンチャーが育つのはベンチャーキャピタルがいるからだが、富裕層になった場合にはぜひその役割を果たしてもらいたいもの。
お金がうまく回る仕組みの一角に、ぜひ入り、日本のベンチャーを育ててもらいたい。
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UBS証券 シニアアナリスト/コンシューマー・セクター ジャパン・ヘッド
国税庁の調査によれば、所得階級別の納税者数で5,001万円以上の人数は、2012年度から2022年度で1.7倍となり、高額所得者が増加していることがみてとれます。
制度設計の変更で成果報酬の導入をしていけば、企業間、個人間での所得格差は拡大しますが、1億円以上の役員報酬を得た役員の人数が増加している現実をみると、成果に応じてフェアな評価が進んでおり、それは不可逆的な動きのように思います。
人口減の中で、高額所得者層は成長市場です。
小売り業界では、百貨店が富裕層を対象にしたいわゆる外商の強化を本格化させるなど、総需要の減少が避けられない国の中での成長市場への取り組みを強化しています。
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日本経済新聞社 編集委員/上級論説委員
日本企業の経営者報酬が高くなっている背景のひとつが「資本コストや株価を意識した経営」であるならば、PBR(株価純資産倍率)との関係も考えるべきではないでしょうか。
ランキング上位には、株主からの価値創造の要請に応えきれていない「PBR低迷企業」が混じっています。
例えば、野村ホールディングスのPBRは万年1倍割れで、大和証券グループ本社に長らく見劣りしています。
先般の野村の株主総会で選任賛成率が90%を下回る取締役の方がいらっしゃったのも、こうした株主の不満が反映されていると考えます。
米国に比べて高い、安いだけでなく、株主のために本当に働き、成果を出しているのかが問い直されるべきです。