スペースデブリ(宇宙ごみ、以下デブリ)除去など軌道上サービスに取り組むアストロスケールホールディングス傘下のアストロスケールが、宇宙航空研究開発機構(JAXA)と2024年8月に結んだ契約が、宇宙業界関係者から大きな注目を集めている。
「商業デブリ除去実証(Commercial Removal of Debris Demonstration: CRD2)フェーズII」、契約額は約132億円(税込み)である。
この実証は、高度約600kmの地球低軌道(LEO:Low Earth Orbit)を周回する大型デブリを捕獲・除去することを目指す。打ち上げの予定は2026年度以降で、成功すれば、民間企業として世界初の大型デブリ除去となる。
そのデブリとは、日本が2009年に打ち上げたロケット「H-IIA」の上段で、全長約11m、直径約4m、重量約3トンと大型バス程度の大きさがある(図1)。これまでデブリ除去は、軍事ミッションとしては複数の実証例があるが、詳しい情報は公開されていない。
図1 大型デブリの除去に挑戦
写真は2024年5月に、距離50mまで接近して相対静止した際に撮影したもの
(写真:アストロスケールホールディングス)
この実証に物体の大きさ以外に注目が集まる理由はもう1つある。
捕獲対象とするロケットの上段が「非協力物体」であることだ。非協力物体とはロケットの一部や運用が終了した衛星など、接近・捕獲に必要な位置データの提供や姿勢制御といった協力が得られない(居場所を教えてくれない、信号を送ってくれない、姿勢も不安定な)物体を指す。このため、難易度が非常に高い。
軌道上サービスの実現には、安全に対象物へ接近し、捕獲する「RPO(Rendezvous and Proximity Operations)」と呼ばれる技術の確立が不可欠となる。
デブリはLEOの場合、秒速7~8kmという超高速で、様々な方向に飛んでいるため、RPOは難しい技術である。
アストロスケールの調べによれば、既に世界で100社以上が軌道上サービスへの参入を表明しているが、これまで宇宙空間でRPO技術を実証できたのは、アストロスケールと米SpaceLogistics(スペース・ロジスティクス)の2社だけだという。
ただし、SpaceLogisticsが実証したのは、姿勢が安定しており、居場所が特定できる稼働中の衛星、つまり協力物体の接近観測である。一方、アストロスケールは2024年2月に開始した、CRD2フェーズⅠの実証において、非協力物体であるH-IIA上段から約50mの距離まで接近、相対静止をして映像を撮影した。さらに、デブリの周囲を飛行して観測する運用にも世界で初めて成功した(図2)。
周回観測の運用では、位置や姿勢の制御に、同社が開発・運用する衛星「ADRAS-J(Active Debris Removal by Astroscale-Japan)」に搭載したLiDAR(レーザーレーダー)とアルゴリズムを活用した(図3)。
観測対象のデブリの周囲を約50mの距離を維持して飛行しながらその画像を連続して撮影した。
図3 アストロスケールの商業デブリ除去実証衛星
CRD2フェーズⅠの実証に使用した、商業デブリ除去実証衛星「ADRAS-J(Active Debris Removal by Astroscale-Japan )」(写真:アストロスケールホールディングス)
CRD2フェーズⅠの接近・周回観測に成功したことで、フェーズIIでの捕獲・除去に向けて「非常に重要な情報を得た」とJAXA研究開発部門CRD2フェーズIIプロジェクトチームプロジェクトマネージャの山元透氏は言う。
同氏によればロケットの上段は、地球の中心方向に向けて直立しており、ほとんど動いていない。衛星を軌道投入した直後は回転していたという。
しかも、「表面が損傷したり、変形したりしていると捕獲できない可能性があるが、実際につかもうとしているパフ(衛星を固定する台座)部分がきれいな状態で残っているのは朗報」(同氏)としている。
ロボットアームでつかんで下ろす
CRD2フェーズIIでは、フェーズⅠと同様にデブリへ接近してさらなる画像データを取得するとともに、ロボットアームを搭載する次期衛星「ADRAS-J2(Active Debris Removal by Astroscale-Japan2 )」でそれを捕獲して、軌道を離脱させる。
JAXAによれば、周回している高度約600kmから高度400km程度までデブリを下ろし、そこで離してミッションは終了となる。
地球周囲の宇宙空間には微小な大気があるため、周回する物体の高度は摩擦によって徐々に下がっていく。
高度600kmにある物体は自然に大気圏に再突入するまでに25年以上かかるが、高度400kmだとそれが数年から10年以下へと短くなるという。
今後、アストロスケールが捕獲機構であるロボットアームを含め、フェーズIIで運用するADRAS-J2を開発する。
一方、JAXAは宇宙で物体をつかむミッションを地上で模擬的に検証できる設備を造るなど、技術を支援する(図5)。
図5 デブリ捕獲の地上模擬設備
JAXAが開発した「動ターゲット捕獲検証プラットフォーム(SATDyn)」。デブリへのランデブーや捕獲ダイナミクスの検証ができる(写真:JAXA)
一方で、ロボットアームによる捕獲はより難度が高い。アストロスケールホールディングスの岡田氏は「ドッキングプレートが付いているとデブリに近づき、捕まえやすくなるので比較的安くサービスを提供できる。
しかし、駆動系を持つロボットアームは開発が難しく、衛星の姿勢制御に対する要求も厳しくなる」と語る。
JAXAの山元氏は「対象のデブリがあまり動いていないのは朗報だが、少し触っただけでも突き飛ばしてしまうため、逃さずに捕獲しなければならない。また相手は3トンと重いため、軌道変更に相当大きな運動量が発生する。それを小型衛星で実現できないと除去コストが高くなってしまう。
さらに、曳航(えいこう)はロボットアームでつかんで運ぶが、制御を成立させるのが難しい」と技術的な課題を挙げる。
標的は800~1000kmにある大型デブリ
いよいよ2020年代後半に始まる商業デブリ除去サービスだが、近年の衛星コンステレーションに向けた打ち上げ数の急増によって、宇宙の混雑度は急速に悪化しており、それがデブリのリスクを高めている(図6)。
岡田氏は「宇宙の持続利用を可能にするためのデブリ対策注)の取り組みはこの2年でかなり進展したが、宇宙利用が加速するペースに追いついていない」と危機感を示す。